初恋旅行に出かけます

松丹子

文字の大きさ
25 / 56
第二部

12 甘え下手

しおりを挟む
 私がシンプルなものを好むことは、神崎さんも分かっていたらしい。
 近くにいい店がある、と連れて来られたセレクトショップは、革素材を中心にした輸入ものが並んでいた。一部には日本の工芸品のコーナーもある。
 おじいちゃんが工芸品を作っているからか、私もつい、そういうものに興味が向く。
「ここ、学生時代からあったんだよ。なかなか買えなかったけど、よく来たもんだ」
 神崎さんは言いながら、自分も楽しげに品物を見ている。
「でもお前、山口さんとこの製品にも、あるんじゃないの。定期入れ」
「あるけど……あれは、売り物だから」
 おじいちゃんが作っているのは織物だ。神崎さんの言う通り、定期入れもあった。けれど、それを欲しいというのは、照れもあったし、申し訳なさもあった。
 神崎さんは私の気持ちを察したように笑う。
「素直に甘えてみりゃいいのに」
 言いながら手にしたのは、まさに九州の方で作られている素材の製品だ。織物の柄が特有だからすぐに分かる。
「可愛がってる孫に甘えられたら、嬉しいもんだよ。特にお前みたいに、本心しか言えないたちの奴だったら尚更」
 私はその横顔を見上げて、目を反らした。自分の不器用さは自分でも知っている。
「……本心しか言えないけど、本心も言えない」
「そうだな。……なんだ、よく分かってんじゃねぇか」
 私の頭を撫でる大きな手が、温かくて気持ちいい。
 そうだった、この人、お父さんになったんだ。急にそう思い出して、まっすぐに見上げた。
 父性をたたえた穏やかな目。
 そのとき、不意に気づく。
 さっき神崎さんがご機嫌になったのって、もしかして私が甘えたから?
 そうかもしれない。
 確信に似た思いに、笑う。
 だったら、遠慮なく選ぼう。
 私は品物の値段を見ないようにしながら、気に入ったものを選んだ。
 ついつい黒や紺を選んでしまいがちだけれど、思いきってオレンジ色を選んでみる。
 ピンクはまだ持つのに勇気がいるけど、これくらいなら。
 手にして神崎さんを見上げると、微笑んで頷き、手を差し出した。私はその手にオレンジ色の定期入れを置く。神崎さんはレジに向かって、包装まで頼んでくれた。手持ちぶさたな私はその間も店内を見る。
「ヒカル」
 呼ばれて振り返ると、紙袋を持った神崎さんがいた。
「入学、おめでとう」
 差し出された紙袋を受け取り、笑う。
「ありがとう」
 無意識に、紙袋を胸元に抱き込んだ。
 大切な大切なものを抱えるように。
 神崎さんは微笑んで、また私の頭に手を触れた。
 娘になったような、妹になったような、
 そして少しだけ、恋人になったような、
 そんな幸せな一日だった。

 帰り際、神崎さんは小さく、「もう五年か」と言った。
 私は何だろうと思って首をひねり、神崎さんを見上げた。
 微笑んだ神崎さんは、苦笑を浮かべて答える。
「知らなかったよ。いつの間に“僕“から“私“になったんだか」
 私は思わず口を押さえた。それから、気まずい気分で目をそらす。
「そりゃ……この歳まで“僕“じゃ、彼氏もできないでしょ」
「そんなこともないだろうけど。……なんだ、彼氏いんの?」
 私は思わず赤くなった。
「い、いるわけないでしょ」
「ああ、そう。ならよかった」
 あっさり返されて、一瞬どきりとする。
「ヤキモチ妬きな彼氏でもいたら、こんなのご法度だろ」
 言いながら笑った。
 私はますます顔を赤くなるのを感じながら、神崎さんに半眼を向ける。
「奥さんは、ヤキモチ妬かないの?」
 どうせ、ラブラブでそんな余地もないんだろう。
 思ったけど、返事は意外だった。
「妬くよ」
 それを聞いて私は慌てる。私が離婚の原因だなんてごめんだ。と、共同生活をしなくなった両親を持つ私は思わず思ってしまう。けど、私が何か言うより先に、神崎さんはいたずらっぽく笑った。
「でも、俺の優先順位は、あいつも分かってるから。妬くけど見送ってくれる」
 私に向けられた微笑みなのに、そこには間違いなく、妻への想いがこもっていてーー
「……なんだ、惚気じゃん」
「ははははは」
 こういうの、あてられた、っていうのかな。
 つい、気恥ずかしさに目をそらした私に、神崎さんは楽しげに笑った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

工場夜景

藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。

処理中です...