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第二部
12 甘え下手
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私がシンプルなものを好むことは、神崎さんも分かっていたらしい。
近くにいい店がある、と連れて来られたセレクトショップは、革素材を中心にした輸入ものが並んでいた。一部には日本の工芸品のコーナーもある。
おじいちゃんが工芸品を作っているからか、私もつい、そういうものに興味が向く。
「ここ、学生時代からあったんだよ。なかなか買えなかったけど、よく来たもんだ」
神崎さんは言いながら、自分も楽しげに品物を見ている。
「でもお前、山口さんとこの製品にも、あるんじゃないの。定期入れ」
「あるけど……あれは、売り物だから」
おじいちゃんが作っているのは織物だ。神崎さんの言う通り、定期入れもあった。けれど、それを欲しいというのは、照れもあったし、申し訳なさもあった。
神崎さんは私の気持ちを察したように笑う。
「素直に甘えてみりゃいいのに」
言いながら手にしたのは、まさに九州の方で作られている素材の製品だ。織物の柄が特有だからすぐに分かる。
「可愛がってる孫に甘えられたら、嬉しいもんだよ。特にお前みたいに、本心しか言えないたちの奴だったら尚更」
私はその横顔を見上げて、目を反らした。自分の不器用さは自分でも知っている。
「……本心しか言えないけど、本心も言えない」
「そうだな。……なんだ、よく分かってんじゃねぇか」
私の頭を撫でる大きな手が、温かくて気持ちいい。
そうだった、この人、お父さんになったんだ。急にそう思い出して、まっすぐに見上げた。
父性をたたえた穏やかな目。
そのとき、不意に気づく。
さっき神崎さんがご機嫌になったのって、もしかして私が甘えたから?
そうかもしれない。
確信に似た思いに、笑う。
だったら、遠慮なく選ぼう。
私は品物の値段を見ないようにしながら、気に入ったものを選んだ。
ついつい黒や紺を選んでしまいがちだけれど、思いきってオレンジ色を選んでみる。
ピンクはまだ持つのに勇気がいるけど、これくらいなら。
手にして神崎さんを見上げると、微笑んで頷き、手を差し出した。私はその手にオレンジ色の定期入れを置く。神崎さんはレジに向かって、包装まで頼んでくれた。手持ちぶさたな私はその間も店内を見る。
「ヒカル」
呼ばれて振り返ると、紙袋を持った神崎さんがいた。
「入学、おめでとう」
差し出された紙袋を受け取り、笑う。
「ありがとう」
無意識に、紙袋を胸元に抱き込んだ。
大切な大切なものを抱えるように。
神崎さんは微笑んで、また私の頭に手を触れた。
娘になったような、妹になったような、
そして少しだけ、恋人になったような、
そんな幸せな一日だった。
帰り際、神崎さんは小さく、「もう五年か」と言った。
私は何だろうと思って首をひねり、神崎さんを見上げた。
微笑んだ神崎さんは、苦笑を浮かべて答える。
「知らなかったよ。いつの間に“僕“から“私“になったんだか」
私は思わず口を押さえた。それから、気まずい気分で目をそらす。
「そりゃ……この歳まで“僕“じゃ、彼氏もできないでしょ」
「そんなこともないだろうけど。……なんだ、彼氏いんの?」
私は思わず赤くなった。
「い、いるわけないでしょ」
「ああ、そう。ならよかった」
あっさり返されて、一瞬どきりとする。
「ヤキモチ妬きな彼氏でもいたら、こんなのご法度だろ」
言いながら笑った。
私はますます顔を赤くなるのを感じながら、神崎さんに半眼を向ける。
「奥さんは、ヤキモチ妬かないの?」
どうせ、ラブラブでそんな余地もないんだろう。
思ったけど、返事は意外だった。
「妬くよ」
それを聞いて私は慌てる。私が離婚の原因だなんてごめんだ。と、共同生活をしなくなった両親を持つ私は思わず思ってしまう。けど、私が何か言うより先に、神崎さんはいたずらっぽく笑った。
「でも、俺の優先順位は、あいつも分かってるから。妬くけど見送ってくれる」
私に向けられた微笑みなのに、そこには間違いなく、妻への想いがこもっていてーー
「……なんだ、惚気じゃん」
「ははははは」
こういうの、あてられた、っていうのかな。
つい、気恥ずかしさに目をそらした私に、神崎さんは楽しげに笑った。
近くにいい店がある、と連れて来られたセレクトショップは、革素材を中心にした輸入ものが並んでいた。一部には日本の工芸品のコーナーもある。
おじいちゃんが工芸品を作っているからか、私もつい、そういうものに興味が向く。
「ここ、学生時代からあったんだよ。なかなか買えなかったけど、よく来たもんだ」
神崎さんは言いながら、自分も楽しげに品物を見ている。
「でもお前、山口さんとこの製品にも、あるんじゃないの。定期入れ」
「あるけど……あれは、売り物だから」
おじいちゃんが作っているのは織物だ。神崎さんの言う通り、定期入れもあった。けれど、それを欲しいというのは、照れもあったし、申し訳なさもあった。
神崎さんは私の気持ちを察したように笑う。
「素直に甘えてみりゃいいのに」
言いながら手にしたのは、まさに九州の方で作られている素材の製品だ。織物の柄が特有だからすぐに分かる。
「可愛がってる孫に甘えられたら、嬉しいもんだよ。特にお前みたいに、本心しか言えないたちの奴だったら尚更」
私はその横顔を見上げて、目を反らした。自分の不器用さは自分でも知っている。
「……本心しか言えないけど、本心も言えない」
「そうだな。……なんだ、よく分かってんじゃねぇか」
私の頭を撫でる大きな手が、温かくて気持ちいい。
そうだった、この人、お父さんになったんだ。急にそう思い出して、まっすぐに見上げた。
父性をたたえた穏やかな目。
そのとき、不意に気づく。
さっき神崎さんがご機嫌になったのって、もしかして私が甘えたから?
そうかもしれない。
確信に似た思いに、笑う。
だったら、遠慮なく選ぼう。
私は品物の値段を見ないようにしながら、気に入ったものを選んだ。
ついつい黒や紺を選んでしまいがちだけれど、思いきってオレンジ色を選んでみる。
ピンクはまだ持つのに勇気がいるけど、これくらいなら。
手にして神崎さんを見上げると、微笑んで頷き、手を差し出した。私はその手にオレンジ色の定期入れを置く。神崎さんはレジに向かって、包装まで頼んでくれた。手持ちぶさたな私はその間も店内を見る。
「ヒカル」
呼ばれて振り返ると、紙袋を持った神崎さんがいた。
「入学、おめでとう」
差し出された紙袋を受け取り、笑う。
「ありがとう」
無意識に、紙袋を胸元に抱き込んだ。
大切な大切なものを抱えるように。
神崎さんは微笑んで、また私の頭に手を触れた。
娘になったような、妹になったような、
そして少しだけ、恋人になったような、
そんな幸せな一日だった。
帰り際、神崎さんは小さく、「もう五年か」と言った。
私は何だろうと思って首をひねり、神崎さんを見上げた。
微笑んだ神崎さんは、苦笑を浮かべて答える。
「知らなかったよ。いつの間に“僕“から“私“になったんだか」
私は思わず口を押さえた。それから、気まずい気分で目をそらす。
「そりゃ……この歳まで“僕“じゃ、彼氏もできないでしょ」
「そんなこともないだろうけど。……なんだ、彼氏いんの?」
私は思わず赤くなった。
「い、いるわけないでしょ」
「ああ、そう。ならよかった」
あっさり返されて、一瞬どきりとする。
「ヤキモチ妬きな彼氏でもいたら、こんなのご法度だろ」
言いながら笑った。
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「奥さんは、ヤキモチ妬かないの?」
どうせ、ラブラブでそんな余地もないんだろう。
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「妬くよ」
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