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.第1章 高校2年、前期
22 文化祭(3)
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「……で、どういうつもりなの?」
私は廊下を歩きながら健人兄の横顔を見上げた。
兄は「先生たちに挨拶に行く」と職員室やら何やらへ私を連れ回している。その間にも、「橘先輩だ!」「お久しぶりです!!」なんて反応に鷹揚に手を振り返していた。
あんたはどっかの議員先生か、と突っ込みたくなるけど、いちいち突っ込んでいてはらちもあかない。
悠人兄は悠人兄で、「結構古い建物なんだね」「なんか建物変な形。あ、増築したのか」と、“馴染みのない公立高校“を満喫している。外を見ながら「あ、焼却炉」なんて呟かれたときには、「何それ?」と思わず身を乗り出してしまった。指差す先には確かに煙突がついた焼却炉らしいものがある。1年経ってもまだ発見があるもんだ。
「どういうつもりも何も、妹の文化祭に兄が来て何が悪い。しかも自分の母校だぞ」
健人兄はそう言って、またすれ違う生徒に声をかけられ挨拶を返した。あまりにそれが頻繁なので、悠人兄も「お前、ほんとに目立ってたんだな」と半ば呆れ、半ば感心している。
これで少しは私の苦労も分かってもらえることだろう。
「健人は父さんそっくりだよな。そういうとこ」
「嘘だろ。一番似てるのは栄太兄だと思うな」
「あー、なるほど。それも言えてる」
会話に出てきた従兄の名前に、私は「えー」と口を歪める。
「栄太兄、チャラいじゃん。お父さんとぜんっぜん違うよ」
「チャラい……?」
二人が目を丸くして私を見下ろす。
個別に見ると印象が違うのに、そういう目をするとよく似て見えるから不思議だ。
「だって、大学時代だって、彼女すぐ変わってたし」
「変わってたっけ?」
「まあ2人くらいはいたかもしれないけど」
栄太兄が大学生のとき、私はまだ小学生。
少女マンガに憧れ、恋に恋していた私にとって、1年も経たずに次の女に乗り換えるなんてチャラい以外の何物でもなかった。
「高校のときも、女子と肩組んで写真撮ってたよ」
「まあ、友達と写真撮ったりはするよな」
「体育祭とか卒業式とかだと、そういうこともあるかもね」
あれ……? なんか、二人の兄と感じ方が違う。
私はさらに眉を寄せた。
「……色っぽいOLに逆ナンされたって、喜んでたこともあったよ」
「あったかもね。でも、自分がナンパしてるって話は聞いたことないけど?」
悠人兄は不思議そうな顔で私を見下ろしている。健人兄はどことなく、ニヤニヤしていた。
健人兄に茶化されそうな気配を察し、その前に二人が納得する材料を探そうと思い出を探る。
「あとは……あとは……」と目を泳がせていたら、健人兄より先に悠人兄が何か思いついたように目を輝かせた。
「もしかして、礼奈。それ、ヤキモチ?」
ぼ、と顔に火がついたかと思った。
や、ヤキ……!?
思考より先に身体が反応した。駆け足になる心臓の鼓動のせいで、頭がうまく回らない。
金魚のように口をぱくぱくしている私を見て、耐えかねたように噴き出したのは健人兄だ。ニヤニヤ顔を完全に破顔し、口と腹を押さえて笑い始める。
「なん、礼、無自覚か」
けらけら笑う健人兄を、赤い顔のまま睨みつける。
「な、なに言ってんの。別に、ヤキモチなんかじゃ」
言いながら、典型的なツンデレの台詞だと気づいて、最後まで続けるのをためらった。健人兄が笑い続ける横で、悠人兄が穏やかに笑う。
「栄太兄、喜ぶよ。礼奈に嫌われてると思ってるから。今度会ったら、伝えておくね」
「い、いい! そんなん言わなくてもいいからっ!!」
ていうか、ヤキモチじゃない! ヤキモチなんかじゃ……!
……ないんだったら、何でこんなに顔真っ赤にしてるんだろう。
私は下唇を噛み締め、頬に手を添えて熱を逃がす。健人兄はけらけら笑い、悠人兄は微笑ましそうに笑っている。
気恥ずかしくて悔しかった。同時に、胸の奥にもやっとした何かがあった。けど、そのモヤモヤを直視してはいけないような気がして首を振る。
「どちらにしろ、栄太兄はお父さんとは違う! 似てない!!」
「あー、はいはい。分かったって。そういうことにしておこう」
健人兄はそう言って笑った。そのとき、校内放送が流れる。
『本日の文化祭は、そろそろ終了となります。お客様はお忘れもののないよう、気をつけてお帰りください。なお、チケットの返金については、来客用玄関前で受け付けております……』
悠人兄と健人兄は耳を澄ませて放送を聞き、終わると目を見合わせて頷いた。
「そろそろ帰るわ」
「そうしよう」
私はほっと息をつく。そのとき、悠人兄が「健人、大事なこと忘れてない?」と健人兄を促した。「そうだった」と頷いて、健人兄が私を見やる。
「礼奈さ、栄太兄の好きな色、知ってる?」
「……は?」
私は困惑して眉を寄せた。
「栄太兄の好きな……色?」
二人の兄が頷く。私は眉を寄せて首を傾げた。
「……黄色、か青じゃないのかな」
「なんで」
「服とか、持ち物に多かったから。黄色って言っても、山吹色ね。暖かい感じの黄色……青は群青みたいな感じかな」
兄二人は感心したように顔を見合わせた。
「参考になったわ。さんきゅ」
「ありがと。じゃあ、お友達によろしくね」
健人兄と悠人兄はそれぞれ言って、ひらりと手を振り去っていく。
……一体、何だったの……?
二人の背を見送って、私はどっと疲れを感じた。
私は廊下を歩きながら健人兄の横顔を見上げた。
兄は「先生たちに挨拶に行く」と職員室やら何やらへ私を連れ回している。その間にも、「橘先輩だ!」「お久しぶりです!!」なんて反応に鷹揚に手を振り返していた。
あんたはどっかの議員先生か、と突っ込みたくなるけど、いちいち突っ込んでいてはらちもあかない。
悠人兄は悠人兄で、「結構古い建物なんだね」「なんか建物変な形。あ、増築したのか」と、“馴染みのない公立高校“を満喫している。外を見ながら「あ、焼却炉」なんて呟かれたときには、「何それ?」と思わず身を乗り出してしまった。指差す先には確かに煙突がついた焼却炉らしいものがある。1年経ってもまだ発見があるもんだ。
「どういうつもりも何も、妹の文化祭に兄が来て何が悪い。しかも自分の母校だぞ」
健人兄はそう言って、またすれ違う生徒に声をかけられ挨拶を返した。あまりにそれが頻繁なので、悠人兄も「お前、ほんとに目立ってたんだな」と半ば呆れ、半ば感心している。
これで少しは私の苦労も分かってもらえることだろう。
「健人は父さんそっくりだよな。そういうとこ」
「嘘だろ。一番似てるのは栄太兄だと思うな」
「あー、なるほど。それも言えてる」
会話に出てきた従兄の名前に、私は「えー」と口を歪める。
「栄太兄、チャラいじゃん。お父さんとぜんっぜん違うよ」
「チャラい……?」
二人が目を丸くして私を見下ろす。
個別に見ると印象が違うのに、そういう目をするとよく似て見えるから不思議だ。
「だって、大学時代だって、彼女すぐ変わってたし」
「変わってたっけ?」
「まあ2人くらいはいたかもしれないけど」
栄太兄が大学生のとき、私はまだ小学生。
少女マンガに憧れ、恋に恋していた私にとって、1年も経たずに次の女に乗り換えるなんてチャラい以外の何物でもなかった。
「高校のときも、女子と肩組んで写真撮ってたよ」
「まあ、友達と写真撮ったりはするよな」
「体育祭とか卒業式とかだと、そういうこともあるかもね」
あれ……? なんか、二人の兄と感じ方が違う。
私はさらに眉を寄せた。
「……色っぽいOLに逆ナンされたって、喜んでたこともあったよ」
「あったかもね。でも、自分がナンパしてるって話は聞いたことないけど?」
悠人兄は不思議そうな顔で私を見下ろしている。健人兄はどことなく、ニヤニヤしていた。
健人兄に茶化されそうな気配を察し、その前に二人が納得する材料を探そうと思い出を探る。
「あとは……あとは……」と目を泳がせていたら、健人兄より先に悠人兄が何か思いついたように目を輝かせた。
「もしかして、礼奈。それ、ヤキモチ?」
ぼ、と顔に火がついたかと思った。
や、ヤキ……!?
思考より先に身体が反応した。駆け足になる心臓の鼓動のせいで、頭がうまく回らない。
金魚のように口をぱくぱくしている私を見て、耐えかねたように噴き出したのは健人兄だ。ニヤニヤ顔を完全に破顔し、口と腹を押さえて笑い始める。
「なん、礼、無自覚か」
けらけら笑う健人兄を、赤い顔のまま睨みつける。
「な、なに言ってんの。別に、ヤキモチなんかじゃ」
言いながら、典型的なツンデレの台詞だと気づいて、最後まで続けるのをためらった。健人兄が笑い続ける横で、悠人兄が穏やかに笑う。
「栄太兄、喜ぶよ。礼奈に嫌われてると思ってるから。今度会ったら、伝えておくね」
「い、いい! そんなん言わなくてもいいからっ!!」
ていうか、ヤキモチじゃない! ヤキモチなんかじゃ……!
……ないんだったら、何でこんなに顔真っ赤にしてるんだろう。
私は下唇を噛み締め、頬に手を添えて熱を逃がす。健人兄はけらけら笑い、悠人兄は微笑ましそうに笑っている。
気恥ずかしくて悔しかった。同時に、胸の奥にもやっとした何かがあった。けど、そのモヤモヤを直視してはいけないような気がして首を振る。
「どちらにしろ、栄太兄はお父さんとは違う! 似てない!!」
「あー、はいはい。分かったって。そういうことにしておこう」
健人兄はそう言って笑った。そのとき、校内放送が流れる。
『本日の文化祭は、そろそろ終了となります。お客様はお忘れもののないよう、気をつけてお帰りください。なお、チケットの返金については、来客用玄関前で受け付けております……』
悠人兄と健人兄は耳を澄ませて放送を聞き、終わると目を見合わせて頷いた。
「そろそろ帰るわ」
「そうしよう」
私はほっと息をつく。そのとき、悠人兄が「健人、大事なこと忘れてない?」と健人兄を促した。「そうだった」と頷いて、健人兄が私を見やる。
「礼奈さ、栄太兄の好きな色、知ってる?」
「……は?」
私は困惑して眉を寄せた。
「栄太兄の好きな……色?」
二人の兄が頷く。私は眉を寄せて首を傾げた。
「……黄色、か青じゃないのかな」
「なんで」
「服とか、持ち物に多かったから。黄色って言っても、山吹色ね。暖かい感じの黄色……青は群青みたいな感じかな」
兄二人は感心したように顔を見合わせた。
「参考になったわ。さんきゅ」
「ありがと。じゃあ、お友達によろしくね」
健人兄と悠人兄はそれぞれ言って、ひらりと手を振り去っていく。
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