明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子

文字の大きさ
132 / 368
.第5章 春休み

129 花見(2)

しおりを挟む
「--さて。それで、相手は誰なのかな?」

 ずばり問われて、私は目を泳がせた。アキちゃんは私の肩を抱いて続ける。

「素直に話しな。黙っていてもろくなことはないよ」
「アキちゃん、それ相談会やなくて自白を迫る刑事の台詞やわ」

 ヨーコさんが笑いをかみ殺しながら言う。咲也さんも隣でくすくす笑っていた。私は肩をすくめる。

「あの、別にほんと、そんな相談するようなことは……」
「じゃあ吐きな」
「アキちゃん、ヤンキー座りやめなよ。脅迫っぽい」

 アキちゃんって福岡出身て聞いたけど、もしかしてアッチの人だった? --なんて思うほど胴に入った振る舞いに苦笑していると、アキちゃんは唇を尖らせた。

「ねーねー、教えてよー」
「一気に可愛い聞き方やね」

 ヨーコさんが笑い、私も思わず噴き出す。
 アキちゃんが「だってー」とあぐらをかいてコップを咥えた。

「学生の恋バナなんて聞く機会滅多にないじゃないですかー。つか恋バナ自体もうご無沙汰ですよ。聞く話っつったら砂吐きべた甘夫婦生活かドロドロ浮気模様くらいで」
「砂吐き……?」

 目を丸くしてまばたきするヨーコさんに、アキちゃんが半眼を向ける。

「言っときますけど安田家はその類ですからね。あえて話聞かなくても見てりゃ分かります。二人が並んでることが既にノロケ。神崎さんと彩乃さんも然り」
「まあそれは分かる」

 咲也さんがくすくす笑って、私も苦笑しながら同意した。

「大人の話は濃度が高いんすよ。高すぎるの。私はたまにはね、もっとこう、爽やかむずキュンな、指先が触れ合っただけで『あっ……』みたいな、『ああもうじれったいな、いいぞもっとやれ!』みたいなやつが欲しいの! 分かる? 分かるでしょ!? てことでカモン礼奈ちゃん!」

 いや、分からなくはないけれど、私をネタにするっていうのは、ちょっとほんと勘弁してほしい。
 確かに大人の話みたいな濃度はないだろうけど、でも結構ややこしい事情がーー

「あ、アキちゃんがお望みのような話じゃないかも……」
「いいから吐きな、お嬢さん」
「だからアキちゃん、ガラ悪いって」

 咲也さんがまたたしなめる。アキちゃんはよしと気合を入れなおしたように私に向き合った。

「では、これから私たちが順に一つずつ質問していきます。礼奈ちゃんはそれに答えてください。まず私から。ーー今、気になっている人がいますか?」

 私は一瞬目をさまよわせた。
 迷った挙句、こくりと頷く。アキちゃんは満足げに頷き、ヨーコさんを見た。

「それは男性ですか?」

 ヨーコさんが問う。私は頷く。
 アキちゃんは次いで、咲也さんにあごで順番をしめす。

「えぇっと……その人は、最近出会った人ですか?」

 私は首を横に振る。アキちゃんがまた問う。

「その人は、あなたより年上ですか?」

 イエス。

「出会ったのは学校ですか?」

 ノー。

「家族が知っている人ですか?」

 咲也さんの問いに、一瞬恨めし気な視線を送る。
 ……イエス。
 アキちゃんがにやりとした。

「家族の中で、想いに気づいている人はいますか?」

 イエス。ってアキちゃん、絶対さっきの健人兄とのやりとり見てたでしょ。

「近所に住んではる人?」

 ヨーコさんの問いにはノー。
 咲也さんが首を傾げる。

「……イトコとか?」

 どぅえっ。

 あまりに直球の正解に、私は思わず動揺した。その反応を見て取って、アキちゃんが膝を叩く。

「ビンゴ! よくやった咲也、あんたのその、ときどき炸裂する天然パワーに期待してたのよ!」
「て、天然パワー?」
「……もしかして、そういう人選やった?」

 咲也さんとヨーコさんが顔を見合わせているのを見ながら、私はひとりであわあわする。
 ま、まずい。これはまずい……!

「イトコ、イトコ……イトコっていえば、あの子もそうやないの? ほら、マーシーの結婚式んとき、リングボーイしてはった」
「あー、小学生くらいだった子いましたね。お姉さんの息子さんって言ってましたっけ。将来有望そうな面差しだったなぁ。どうなの? イケメンになった?」

 やーーーめーーーてーーー!!

「あああああああのもうこの話は、おしまいにし、しましょ、しましょうよ!」
「噛みすぎ噛みすぎ。え、もしかしてその子? 何でしたっけ名前」
「割と古風な名前やった気がするな。タロウ……イチロウ……あかん、覚えてへんわ」

 ヨーコさんが膝を立て、障子を開けると、すぐにジョーさんと健人兄が振り向いた。

「何ですか? ヨーコさん」
「ああ、用があるのあんたやないわ。健ちゃん、ちょっと教えてぇな」
「はい」

 にこにこーーもとい、にやにやしながら健人兄が近づいてくる。私は頭を抱えて絶望した。
 駄目だ。もう駄目だ。これは駄目だ。

「あのな、マーシーのお姉さんとこの息子さん、名前何やったっけ?」
「栄太郎です」

 言うや、アキちゃんがぽんと手を打つ。

「あ、そーだそれだ!」
「栄太郎くんーーうん、確かにそやったな」
「栄太郎がどうかしたのか?」

 首を傾げる父の声。
 あああああああもうやめてぇえええええ!!
 小さくなってうずくまる私を差し置き、ヨーコさんがおっとりと微笑む。

「何でもないねん、おおきに」
「健ちゃーん、イトコの写真持ってたりするぅ? 今、神崎さんの結婚式のこと話しててー。そういえばあのときの男の子、今はもう大人だよなって思ったんだよねぇ」
「ありますよ」

 健人兄が和室に入って障子を閉める。

 あああああああ! またしても密閉空間に狩人が増えた! 逃げ場がない! 酸素が足りない……!!

「栄太兄ですよね。……これです」

 差し出したスマホには、栄太兄のエプロン姿。

 えええええやめてよなんでいきなり貴重シーンの写真なわけ私エプロン姿とか数えるほどしか見てないんだけど!?

「わ、やっぱイケメンに育ってんじゃーん」
「アキちゃん狙ってみる?」
「あはははは、あと十年早ければ狙ったかも。でも今はもういいでーす」

 アキちゃんは笑いながらスマホを借り受け、印籠のごとく私につきつけた。

「この写真が目に入らぬかー!」
「もーやめてくださいぃいいい……!!」
「アキちゃん……そろそろ可愛そうだよ……」

 咲也さんが苦笑して、私はその背中に隠れる。
 ほとんど泣きながら呻いた。

「咲也さんが言い当てるから……」
「えっごめん、いやでもそんな、当たると思ってなくて」
「素直に答える礼奈ちゃんがかわええなぁ」
「バレバレですもんね。これ神崎さん気づいてんじゃないの?」
「たぶん気づいてると思いますよ。聞いてみます?」

 聞いたら! バレるでしょうが!!

 腰を上げかけた健人兄に抱き着いて追いすがる。

「馬鹿! 健人兄馬鹿! ほんと馬鹿!!」
「はいはい、必死ね。分かった分かった、聞かないよ」

 ぽんぽんと頭を叩かれる。私は健人兄から離れ、がっくりとうなだれた。
 すごく……疲れた……。
 一気に疲労感を抱いたとき、健人兄ががらりと障子を開く。

「父さーん。ちょっと来てー」

 この悪魔ぁあああああ!!

 私は思わず健人兄に拳を握った。

 奈良のときのこと、ぜんっぜん、反省してないなこいつ!!
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

義妹のミルク

笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。 母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。 普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。 本番はありません。両片想い設定です。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...