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.第5章 春休み
129 花見(2)
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「--さて。それで、相手は誰なのかな?」
ずばり問われて、私は目を泳がせた。アキちゃんは私の肩を抱いて続ける。
「素直に話しな。黙っていてもろくなことはないよ」
「アキちゃん、それ相談会やなくて自白を迫る刑事の台詞やわ」
ヨーコさんが笑いをかみ殺しながら言う。咲也さんも隣でくすくす笑っていた。私は肩をすくめる。
「あの、別にほんと、そんな相談するようなことは……」
「じゃあ吐きな」
「アキちゃん、ヤンキー座りやめなよ。脅迫っぽい」
アキちゃんって福岡出身て聞いたけど、もしかしてアッチの人だった? --なんて思うほど胴に入った振る舞いに苦笑していると、アキちゃんは唇を尖らせた。
「ねーねー、教えてよー」
「一気に可愛い聞き方やね」
ヨーコさんが笑い、私も思わず噴き出す。
アキちゃんが「だってー」とあぐらをかいてコップを咥えた。
「学生の恋バナなんて聞く機会滅多にないじゃないですかー。つか恋バナ自体もうご無沙汰ですよ。聞く話っつったら砂吐きべた甘夫婦生活かドロドロ浮気模様くらいで」
「砂吐き……?」
目を丸くしてまばたきするヨーコさんに、アキちゃんが半眼を向ける。
「言っときますけど安田家はその類ですからね。あえて話聞かなくても見てりゃ分かります。二人が並んでることが既にノロケ。神崎さんと彩乃さんも然り」
「まあそれは分かる」
咲也さんがくすくす笑って、私も苦笑しながら同意した。
「大人の話は濃度が高いんすよ。高すぎるの。私はたまにはね、もっとこう、爽やかむずキュンな、指先が触れ合っただけで『あっ……』みたいな、『ああもうじれったいな、いいぞもっとやれ!』みたいなやつが欲しいの! 分かる? 分かるでしょ!? てことでカモン礼奈ちゃん!」
いや、分からなくはないけれど、私をネタにするっていうのは、ちょっとほんと勘弁してほしい。
確かに大人の話みたいな濃度はないだろうけど、でも結構ややこしい事情がーー
「あ、アキちゃんがお望みのような話じゃないかも……」
「いいから吐きな、お嬢さん」
「だからアキちゃん、ガラ悪いって」
咲也さんがまたたしなめる。アキちゃんはよしと気合を入れなおしたように私に向き合った。
「では、これから私たちが順に一つずつ質問していきます。礼奈ちゃんはそれに答えてください。まず私から。ーー今、気になっている人がいますか?」
私は一瞬目をさまよわせた。
迷った挙句、こくりと頷く。アキちゃんは満足げに頷き、ヨーコさんを見た。
「それは男性ですか?」
ヨーコさんが問う。私は頷く。
アキちゃんは次いで、咲也さんにあごで順番をしめす。
「えぇっと……その人は、最近出会った人ですか?」
私は首を横に振る。アキちゃんがまた問う。
「その人は、あなたより年上ですか?」
イエス。
「出会ったのは学校ですか?」
ノー。
「家族が知っている人ですか?」
咲也さんの問いに、一瞬恨めし気な視線を送る。
……イエス。
アキちゃんがにやりとした。
「家族の中で、想いに気づいている人はいますか?」
イエス。ってアキちゃん、絶対さっきの健人兄とのやりとり見てたでしょ。
「近所に住んではる人?」
ヨーコさんの問いにはノー。
咲也さんが首を傾げる。
「……イトコとか?」
どぅえっ。
あまりに直球の正解に、私は思わず動揺した。その反応を見て取って、アキちゃんが膝を叩く。
「ビンゴ! よくやった咲也、あんたのその、ときどき炸裂する天然パワーに期待してたのよ!」
「て、天然パワー?」
「……もしかして、そういう人選やった?」
咲也さんとヨーコさんが顔を見合わせているのを見ながら、私はひとりであわあわする。
ま、まずい。これはまずい……!
「イトコ、イトコ……イトコっていえば、あの子もそうやないの? ほら、マーシーの結婚式んとき、リングボーイしてはった」
「あー、小学生くらいだった子いましたね。お姉さんの息子さんって言ってましたっけ。将来有望そうな面差しだったなぁ。どうなの? イケメンになった?」
やーーーめーーーてーーー!!
「あああああああのもうこの話は、おしまいにし、しましょ、しましょうよ!」
「噛みすぎ噛みすぎ。え、もしかしてその子? 何でしたっけ名前」
「割と古風な名前やった気がするな。タロウ……イチロウ……あかん、覚えてへんわ」
ヨーコさんが膝を立て、障子を開けると、すぐにジョーさんと健人兄が振り向いた。
「何ですか? ヨーコさん」
「ああ、用があるのあんたやないわ。健ちゃん、ちょっと教えてぇな」
「はい」
にこにこーーもとい、にやにやしながら健人兄が近づいてくる。私は頭を抱えて絶望した。
駄目だ。もう駄目だ。これは駄目だ。
「あのな、マーシーのお姉さんとこの息子さん、名前何やったっけ?」
「栄太郎です」
言うや、アキちゃんがぽんと手を打つ。
「あ、そーだそれだ!」
「栄太郎くんーーうん、確かにそやったな」
「栄太郎がどうかしたのか?」
首を傾げる父の声。
あああああああもうやめてぇえええええ!!
小さくなってうずくまる私を差し置き、ヨーコさんがおっとりと微笑む。
「何でもないねん、おおきに」
「健ちゃーん、イトコの写真持ってたりするぅ? 今、神崎さんの結婚式のこと話しててー。そういえばあのときの男の子、今はもう大人だよなって思ったんだよねぇ」
「ありますよ」
健人兄が和室に入って障子を閉める。
あああああああ! またしても密閉空間に狩人が増えた! 逃げ場がない! 酸素が足りない……!!
「栄太兄ですよね。……これです」
差し出したスマホには、栄太兄のエプロン姿。
えええええやめてよなんでいきなり貴重シーンの写真なわけ私エプロン姿とか数えるほどしか見てないんだけど!?
「わ、やっぱイケメンに育ってんじゃーん」
「アキちゃん狙ってみる?」
「あはははは、あと十年早ければ狙ったかも。でも今はもういいでーす」
アキちゃんは笑いながらスマホを借り受け、印籠のごとく私につきつけた。
「この写真が目に入らぬかー!」
「もーやめてくださいぃいいい……!!」
「アキちゃん……そろそろ可愛そうだよ……」
咲也さんが苦笑して、私はその背中に隠れる。
ほとんど泣きながら呻いた。
「咲也さんが言い当てるから……」
「えっごめん、いやでもそんな、当たると思ってなくて」
「素直に答える礼奈ちゃんがかわええなぁ」
「バレバレですもんね。これ神崎さん気づいてんじゃないの?」
「たぶん気づいてると思いますよ。聞いてみます?」
聞いたら! バレるでしょうが!!
腰を上げかけた健人兄に抱き着いて追いすがる。
「馬鹿! 健人兄馬鹿! ほんと馬鹿!!」
「はいはい、必死ね。分かった分かった、聞かないよ」
ぽんぽんと頭を叩かれる。私は健人兄から離れ、がっくりとうなだれた。
すごく……疲れた……。
一気に疲労感を抱いたとき、健人兄ががらりと障子を開く。
「父さーん。ちょっと来てー」
この悪魔ぁあああああ!!
私は思わず健人兄に拳を握った。
奈良のときのこと、ぜんっぜん、反省してないなこいつ!!
ずばり問われて、私は目を泳がせた。アキちゃんは私の肩を抱いて続ける。
「素直に話しな。黙っていてもろくなことはないよ」
「アキちゃん、それ相談会やなくて自白を迫る刑事の台詞やわ」
ヨーコさんが笑いをかみ殺しながら言う。咲也さんも隣でくすくす笑っていた。私は肩をすくめる。
「あの、別にほんと、そんな相談するようなことは……」
「じゃあ吐きな」
「アキちゃん、ヤンキー座りやめなよ。脅迫っぽい」
アキちゃんって福岡出身て聞いたけど、もしかしてアッチの人だった? --なんて思うほど胴に入った振る舞いに苦笑していると、アキちゃんは唇を尖らせた。
「ねーねー、教えてよー」
「一気に可愛い聞き方やね」
ヨーコさんが笑い、私も思わず噴き出す。
アキちゃんが「だってー」とあぐらをかいてコップを咥えた。
「学生の恋バナなんて聞く機会滅多にないじゃないですかー。つか恋バナ自体もうご無沙汰ですよ。聞く話っつったら砂吐きべた甘夫婦生活かドロドロ浮気模様くらいで」
「砂吐き……?」
目を丸くしてまばたきするヨーコさんに、アキちゃんが半眼を向ける。
「言っときますけど安田家はその類ですからね。あえて話聞かなくても見てりゃ分かります。二人が並んでることが既にノロケ。神崎さんと彩乃さんも然り」
「まあそれは分かる」
咲也さんがくすくす笑って、私も苦笑しながら同意した。
「大人の話は濃度が高いんすよ。高すぎるの。私はたまにはね、もっとこう、爽やかむずキュンな、指先が触れ合っただけで『あっ……』みたいな、『ああもうじれったいな、いいぞもっとやれ!』みたいなやつが欲しいの! 分かる? 分かるでしょ!? てことでカモン礼奈ちゃん!」
いや、分からなくはないけれど、私をネタにするっていうのは、ちょっとほんと勘弁してほしい。
確かに大人の話みたいな濃度はないだろうけど、でも結構ややこしい事情がーー
「あ、アキちゃんがお望みのような話じゃないかも……」
「いいから吐きな、お嬢さん」
「だからアキちゃん、ガラ悪いって」
咲也さんがまたたしなめる。アキちゃんはよしと気合を入れなおしたように私に向き合った。
「では、これから私たちが順に一つずつ質問していきます。礼奈ちゃんはそれに答えてください。まず私から。ーー今、気になっている人がいますか?」
私は一瞬目をさまよわせた。
迷った挙句、こくりと頷く。アキちゃんは満足げに頷き、ヨーコさんを見た。
「それは男性ですか?」
ヨーコさんが問う。私は頷く。
アキちゃんは次いで、咲也さんにあごで順番をしめす。
「えぇっと……その人は、最近出会った人ですか?」
私は首を横に振る。アキちゃんがまた問う。
「その人は、あなたより年上ですか?」
イエス。
「出会ったのは学校ですか?」
ノー。
「家族が知っている人ですか?」
咲也さんの問いに、一瞬恨めし気な視線を送る。
……イエス。
アキちゃんがにやりとした。
「家族の中で、想いに気づいている人はいますか?」
イエス。ってアキちゃん、絶対さっきの健人兄とのやりとり見てたでしょ。
「近所に住んではる人?」
ヨーコさんの問いにはノー。
咲也さんが首を傾げる。
「……イトコとか?」
どぅえっ。
あまりに直球の正解に、私は思わず動揺した。その反応を見て取って、アキちゃんが膝を叩く。
「ビンゴ! よくやった咲也、あんたのその、ときどき炸裂する天然パワーに期待してたのよ!」
「て、天然パワー?」
「……もしかして、そういう人選やった?」
咲也さんとヨーコさんが顔を見合わせているのを見ながら、私はひとりであわあわする。
ま、まずい。これはまずい……!
「イトコ、イトコ……イトコっていえば、あの子もそうやないの? ほら、マーシーの結婚式んとき、リングボーイしてはった」
「あー、小学生くらいだった子いましたね。お姉さんの息子さんって言ってましたっけ。将来有望そうな面差しだったなぁ。どうなの? イケメンになった?」
やーーーめーーーてーーー!!
「あああああああのもうこの話は、おしまいにし、しましょ、しましょうよ!」
「噛みすぎ噛みすぎ。え、もしかしてその子? 何でしたっけ名前」
「割と古風な名前やった気がするな。タロウ……イチロウ……あかん、覚えてへんわ」
ヨーコさんが膝を立て、障子を開けると、すぐにジョーさんと健人兄が振り向いた。
「何ですか? ヨーコさん」
「ああ、用があるのあんたやないわ。健ちゃん、ちょっと教えてぇな」
「はい」
にこにこーーもとい、にやにやしながら健人兄が近づいてくる。私は頭を抱えて絶望した。
駄目だ。もう駄目だ。これは駄目だ。
「あのな、マーシーのお姉さんとこの息子さん、名前何やったっけ?」
「栄太郎です」
言うや、アキちゃんがぽんと手を打つ。
「あ、そーだそれだ!」
「栄太郎くんーーうん、確かにそやったな」
「栄太郎がどうかしたのか?」
首を傾げる父の声。
あああああああもうやめてぇえええええ!!
小さくなってうずくまる私を差し置き、ヨーコさんがおっとりと微笑む。
「何でもないねん、おおきに」
「健ちゃーん、イトコの写真持ってたりするぅ? 今、神崎さんの結婚式のこと話しててー。そういえばあのときの男の子、今はもう大人だよなって思ったんだよねぇ」
「ありますよ」
健人兄が和室に入って障子を閉める。
あああああああ! またしても密閉空間に狩人が増えた! 逃げ場がない! 酸素が足りない……!!
「栄太兄ですよね。……これです」
差し出したスマホには、栄太兄のエプロン姿。
えええええやめてよなんでいきなり貴重シーンの写真なわけ私エプロン姿とか数えるほどしか見てないんだけど!?
「わ、やっぱイケメンに育ってんじゃーん」
「アキちゃん狙ってみる?」
「あはははは、あと十年早ければ狙ったかも。でも今はもういいでーす」
アキちゃんは笑いながらスマホを借り受け、印籠のごとく私につきつけた。
「この写真が目に入らぬかー!」
「もーやめてくださいぃいいい……!!」
「アキちゃん……そろそろ可愛そうだよ……」
咲也さんが苦笑して、私はその背中に隠れる。
ほとんど泣きながら呻いた。
「咲也さんが言い当てるから……」
「えっごめん、いやでもそんな、当たると思ってなくて」
「素直に答える礼奈ちゃんがかわええなぁ」
「バレバレですもんね。これ神崎さん気づいてんじゃないの?」
「たぶん気づいてると思いますよ。聞いてみます?」
聞いたら! バレるでしょうが!!
腰を上げかけた健人兄に抱き着いて追いすがる。
「馬鹿! 健人兄馬鹿! ほんと馬鹿!!」
「はいはい、必死ね。分かった分かった、聞かないよ」
ぽんぽんと頭を叩かれる。私は健人兄から離れ、がっくりとうなだれた。
すごく……疲れた……。
一気に疲労感を抱いたとき、健人兄ががらりと障子を開く。
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