明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子

文字の大きさ
137 / 368
.第6章 大学1年、前期

134 サークル勧誘(2)

しおりを挟む
「あの……今週の水曜、夜ご飯要らないから」

 日曜日の夜、私が言うと、父と母は顔を見合わせた。
 何も言わなくても、だいたい察してくれたらしい。

「一次会までで帰ってこいよ」
「まだあんたは未成年なんだからね。お酒、すすめられても飲んじゃだめよ」

 口々に言われて、つい苦笑した。

「大丈夫だよ、心配性だなぁ」

 私は自分の不安も棚にあげてそう答える。
 両親に言われると、いつまでも子ども扱いなんだから、と内心呆れてしまう。
 実際には、まだ参加すべきなのか迷っていたし、心配でもあったけど。
 でも、たぶん、大学生ならみんな経験することなのだろう。
 きっと、栄太兄も、経験したのだろう。
 ーーだったら、飛び込んでみるのも、いいんじゃないか。

「場所は?」
「大学の近く」
「なら、近いな。健人か悠人、駅まで迎えに行かせるから」
「え、いいよそんな」

 手を振りかけた私に、父の静かな目が向けられる。

「よくない。開始時間は訊いてるのか?」
「え、えっと、六時だって……」
「分かった。なら、九時頃には駅に着くかな。会場出るとき連絡しろよ」

 珍しく厳しい父の言い方に驚いていると、母が苦笑した。

「女の子はやっぱりいろいろ心配だから、最初のうちはね。二次会に行こうとか、誘われるかもしれないけど、断っておいで。迎えが来るから、とか、気分が悪いから、とか、言えばいいわ」
「う、うん……」

 そんなにしつこく誘われるもんなのかな。なんか、こう、断るスキルとか必要なんだろうか。
 思わず緊張する私の肩を、母がぽんと叩いた。

「まあ、せっかく大学生になったんだし、楽しみなさい。でも、守ることは守って。私もお父さんも、遅くなればなるほど、心配するからね。了解?」
「は、はい……」

 うなずいた私を見ながら、父も苦笑した。

「まあ、確かに、今経験しとかないと、社会に出ても戸惑うだろうしな。彩乃みたいに流されっぱなしでも困る」
「あら、失礼な。私はちゃんと、断るべきときは断るわよ」
「そうかぁ? だってお前、俺と飲んだときーー」
「あーあーあーあー!! ちょっと! 子どもの前でナニ話すつもりなのよ!!」

 ナニって何だろう。
 私がまばたきしていると、母が急に顔を真っ赤にして、ばたばた父の前で手を振る。
 父は柔らかく笑ってそれを受け止め、私の方に微笑みを向けた。

「まあそれは冗談としても、自分の守り方は知っておいた方がいいからな。何かあったら連絡しなさい。すぐ店まで迎えに行くから」
「……ありがと」

 えー、気になる。
 お父さん、何言いかけたんだろ。それって、お母さんと初めて二人で飲んだ日のことかな?
 男女がどうやって仲良くなって、夫婦にまでなるのか、純粋に興味がある。
 ……いや、もちろん、別にそれに栄太兄と自分を当てはめようなんか、思ってないけど。
 でも、そろそろ、知っといてもいいんじゃないかなー、なんて思うわけで。
 後学のために、ってやつ。

「お父さん」
「何だ?」
「さっきの話、何だったの?」
「さっきの?」
「お母さんと飲みに行って……」
「ああっ! ちょっ……」

 慌てる母の口を、父の手がやんわりと塞ぐ。父は笑いながら、もう片方の手で私の頭を撫でた。

「帰りがけ、もう少し一緒にいたいって言われただけだよ」
「ぐっ……!」

 父に口を塞がれた母が、真っ赤になっている。父が「そうだったろ?」と意味ありげな視線を送ると、母は「ま、まあね……」と顔を逸らした。
 ……うーん?

「なんかごまかしてない?」
「ごまかしてない! ない! ないってば、ない!」
「ははははは。まあ、結婚したらもう一度訊いてみるんだな」
「あ、やっぱりなんかごまかしてる!」
「ま、政人ぉー!!」

 母が顔を真っ赤にして父を睨んでいるけれど、父は平気な顔で笑ってた。
 なんだろ。オトナの話なのかな。
 思いながら、私は首を傾げていた。
 飲み会って、そんなに、あれこれ予想外のことが起こるもんなんだろうか。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

サクラブストーリー

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。  しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。  桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。  ※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

処理中です...