明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子

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.第9章 穏やかな日々

225 初めてのゼミ(1)

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 翌週には、3年の講義が始まった。
 キャンパスはそれまでと変わって、今までより少し遠くなる。と言っても電車で一本だから、不便はない。
 3年になると講義も一般教養はほとんどなくて、学部ごとの講義ばかりになる。必然的に、会う人も文学部に限られていく。
 そんな中、選択したゼミの先輩の中に、小谷さんを見つけて驚いた。
 美穂ちゃんが気に入っていた、例のサークルの人だ。私が「ご無沙汰してます」と挨拶をすると、小谷さんは「やあ」と例のごとく嘘くさい笑顔を浮かべた。

「礼奈ちゃんもこのゼミ取ってるんだね。どう、最近」

 ざっくりすぎる聞き方に、いまいち何をどう答えればいいのか分からない。苦笑を浮かべて「まあまあです」と適当な答えを返すと、周りの先輩が笑った。

「小谷くん、その聞き方はないわ」
「どう答えればいいか分かんないよね」

 そんなやりとりが聞こえて肩を竦める。小谷さんも笑った。

「ごめんごめん。サークルのノリで話しちゃった。春休みとか何してたの?」

 それはそれで、いきなりプライベートの話を振られて内心戸惑う。けれど、「バイト三昧です。小谷さんは?」と問うと、途端にぺらぺらと話し始めた。

「俺、インターン3件行ってさ。バイト代全部交通費で消えちゃった感じ。これから就活始まるし、ほんと憂鬱だよ。そういえば最近立川と会った? あいつもサークルで彼氏できてさ。礼奈ちゃんも彼氏いたよね、背の高いイケメン。今どうしてるの、まだ続いてる?」

 えーっと。これはどこにどう答えればよいものやら。
 私はただ愛想笑いをしながら、「そうですねぇ」なんて曖昧にごまかした。わざわざここで話すようなことではないから、話題を戻すことにする。

「就活、大変ですね。私も今年はインターンした方がいいのかなーとか、いろいろ気になってて。また、何かのときには相談させてください」
「もちろん、いいよ。でも、俺もこれから忙しくなるから……あっ、そうだ、連絡先交換しようよ。そういえば、まだ交換してなかったし」

 うげっ。藪蛇っ。
 ど、どうしよう。ゼミの先輩の中でも、もちろん落ち着いた感じの、仲良くなれそうな人もいる。けど小谷さんはそれとは違った。
 だってそもそも、ゼミの説明会のときには見かけなかったのだ。そう思い出してまた話を変える。

「で、でも、小谷さん、このゼミだって知りませんでした。説明会のとき、いませんでしたよね? 何か、ご用事でもあったんですか?」
「あー、あの日ね」

 小谷さんは周りを見渡し、声のトーンを落として私に顔を近づけた。
 その距離に若干怯んだものの、仕方なくじっと耳を澄ませる。

「実はサークル仲間と飲んだ翌日でさ、二日酔いだったからパスしちゃった。みんなには内緒ね。体調不良で休んだことになってるから」

 ――うわぁ。チャラい。

 私は思わず引きつった笑顔を浮かべながら、「あ、そうなんですかー」と棒読み状態で答える。やっぱりこの人とはほどほどに接することにしよ。そう思うと同時に、連絡先を訊かれてもごまかすことに決めた。

 ゼミでは初めに簡単な自己紹介をして、一年の流れの説明があった。毎回、2、3人が発表するのだけど、まずは先輩たちの卒論の途中経過から始まるらしい。3年はまだテーマが決まっていないことが多いので、先生から課題が出されて、そのテーマの中から選んで決める。
 そんな話が一通りあった後で、院生らしい先輩が言った。

「――で、後は、発表の順番決めなんですが、その前に歓迎会のお知らせです。来週のゼミの後、ささやかながら懇親会を開きたいと思いますので、三年生の皆さんはぜひ参加してください。四年生はちょっと、就活の関係もあるかもしれないので無理はせず。――でも小谷くんは来るよね?」
「行きまーす」

 小谷さんがもろ手を挙げて、みんなが笑う。先輩は「そういうことで」とその場を見渡した。

「親交を深める、というところで言うと、後は夏休みにゼミ合宿やります。今年はどこですかね……先生」
「そうだねぇ。草津辺りでも行こうかねぇ」
「ああ、いいですね、草津。――ともあれ、それは近くなったときにお知らせしますので、ぜひ参加してください。じゃあ、あとは発表順を決めて、順番をメモして、僕のところまで持ってきてください。十階の学部図書館にいますから。――それじゃあ、解散」

 それぞれの学年で集まって、順番を話し合う。私は早めに済ませたいからと、三年の中で最初の順番に立候補した。
 順番をノートに書き取り、指示された通り学部図書館へと持って行こうと立ち上がる。

「橘さん、任せていいの?」
「うん、いいよ。今日は、この後は特に予定ないし」
「また今度は私もやるから。ありがとう」
「うん」

 手を振って、みんなはばらばらと講義室を出て行った。
 ゼミの後は教職課程の講義やバイトがある子もいたから、このくらいの雑用は何でもない。まあ、いろいろやっといても損はないだろうし。
 場所は同じ建物の中なのだけれど、そもそもキャンパス自体がまだ慣れない。ひとまずエレベーターで指示された階へ向かったけれど、すぐには場所が分からず、ぐるりと回る羽目になってしまった。
 ようやく「文学部資料室」のプレートを見つけて、ここかなと見当をつける。
 ノックをしたものかそのまま入っていいのか迷っていたら、がちゃりと中からドアが開いた。
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