229 / 368
.第9章 穏やかな日々
225 初めてのゼミ(1)
しおりを挟む
翌週には、3年の講義が始まった。
キャンパスはそれまでと変わって、今までより少し遠くなる。と言っても電車で一本だから、不便はない。
3年になると講義も一般教養はほとんどなくて、学部ごとの講義ばかりになる。必然的に、会う人も文学部に限られていく。
そんな中、選択したゼミの先輩の中に、小谷さんを見つけて驚いた。
美穂ちゃんが気に入っていた、例のサークルの人だ。私が「ご無沙汰してます」と挨拶をすると、小谷さんは「やあ」と例のごとく嘘くさい笑顔を浮かべた。
「礼奈ちゃんもこのゼミ取ってるんだね。どう、最近」
ざっくりすぎる聞き方に、いまいち何をどう答えればいいのか分からない。苦笑を浮かべて「まあまあです」と適当な答えを返すと、周りの先輩が笑った。
「小谷くん、その聞き方はないわ」
「どう答えればいいか分かんないよね」
そんなやりとりが聞こえて肩を竦める。小谷さんも笑った。
「ごめんごめん。サークルのノリで話しちゃった。春休みとか何してたの?」
それはそれで、いきなりプライベートの話を振られて内心戸惑う。けれど、「バイト三昧です。小谷さんは?」と問うと、途端にぺらぺらと話し始めた。
「俺、インターン3件行ってさ。バイト代全部交通費で消えちゃった感じ。これから就活始まるし、ほんと憂鬱だよ。そういえば最近立川と会った? あいつもサークルで彼氏できてさ。礼奈ちゃんも彼氏いたよね、背の高いイケメン。今どうしてるの、まだ続いてる?」
えーっと。これはどこにどう答えればよいものやら。
私はただ愛想笑いをしながら、「そうですねぇ」なんて曖昧にごまかした。わざわざここで話すようなことではないから、話題を戻すことにする。
「就活、大変ですね。私も今年はインターンした方がいいのかなーとか、いろいろ気になってて。また、何かのときには相談させてください」
「もちろん、いいよ。でも、俺もこれから忙しくなるから……あっ、そうだ、連絡先交換しようよ。そういえば、まだ交換してなかったし」
うげっ。藪蛇っ。
ど、どうしよう。ゼミの先輩の中でも、もちろん落ち着いた感じの、仲良くなれそうな人もいる。けど小谷さんはそれとは違った。
だってそもそも、ゼミの説明会のときには見かけなかったのだ。そう思い出してまた話を変える。
「で、でも、小谷さん、このゼミだって知りませんでした。説明会のとき、いませんでしたよね? 何か、ご用事でもあったんですか?」
「あー、あの日ね」
小谷さんは周りを見渡し、声のトーンを落として私に顔を近づけた。
その距離に若干怯んだものの、仕方なくじっと耳を澄ませる。
「実はサークル仲間と飲んだ翌日でさ、二日酔いだったからパスしちゃった。みんなには内緒ね。体調不良で休んだことになってるから」
――うわぁ。チャラい。
私は思わず引きつった笑顔を浮かべながら、「あ、そうなんですかー」と棒読み状態で答える。やっぱりこの人とはほどほどに接することにしよ。そう思うと同時に、連絡先を訊かれてもごまかすことに決めた。
ゼミでは初めに簡単な自己紹介をして、一年の流れの説明があった。毎回、2、3人が発表するのだけど、まずは先輩たちの卒論の途中経過から始まるらしい。3年はまだテーマが決まっていないことが多いので、先生から課題が出されて、そのテーマの中から選んで決める。
そんな話が一通りあった後で、院生らしい先輩が言った。
「――で、後は、発表の順番決めなんですが、その前に歓迎会のお知らせです。来週のゼミの後、ささやかながら懇親会を開きたいと思いますので、三年生の皆さんはぜひ参加してください。四年生はちょっと、就活の関係もあるかもしれないので無理はせず。――でも小谷くんは来るよね?」
「行きまーす」
小谷さんがもろ手を挙げて、みんなが笑う。先輩は「そういうことで」とその場を見渡した。
「親交を深める、というところで言うと、後は夏休みにゼミ合宿やります。今年はどこですかね……先生」
「そうだねぇ。草津辺りでも行こうかねぇ」
「ああ、いいですね、草津。――ともあれ、それは近くなったときにお知らせしますので、ぜひ参加してください。じゃあ、あとは発表順を決めて、順番をメモして、僕のところまで持ってきてください。十階の学部図書館にいますから。――それじゃあ、解散」
それぞれの学年で集まって、順番を話し合う。私は早めに済ませたいからと、三年の中で最初の順番に立候補した。
順番をノートに書き取り、指示された通り学部図書館へと持って行こうと立ち上がる。
「橘さん、任せていいの?」
「うん、いいよ。今日は、この後は特に予定ないし」
「また今度は私もやるから。ありがとう」
「うん」
手を振って、みんなはばらばらと講義室を出て行った。
ゼミの後は教職課程の講義やバイトがある子もいたから、このくらいの雑用は何でもない。まあ、いろいろやっといても損はないだろうし。
場所は同じ建物の中なのだけれど、そもそもキャンパス自体がまだ慣れない。ひとまずエレベーターで指示された階へ向かったけれど、すぐには場所が分からず、ぐるりと回る羽目になってしまった。
ようやく「文学部資料室」のプレートを見つけて、ここかなと見当をつける。
ノックをしたものかそのまま入っていいのか迷っていたら、がちゃりと中からドアが開いた。
キャンパスはそれまでと変わって、今までより少し遠くなる。と言っても電車で一本だから、不便はない。
3年になると講義も一般教養はほとんどなくて、学部ごとの講義ばかりになる。必然的に、会う人も文学部に限られていく。
そんな中、選択したゼミの先輩の中に、小谷さんを見つけて驚いた。
美穂ちゃんが気に入っていた、例のサークルの人だ。私が「ご無沙汰してます」と挨拶をすると、小谷さんは「やあ」と例のごとく嘘くさい笑顔を浮かべた。
「礼奈ちゃんもこのゼミ取ってるんだね。どう、最近」
ざっくりすぎる聞き方に、いまいち何をどう答えればいいのか分からない。苦笑を浮かべて「まあまあです」と適当な答えを返すと、周りの先輩が笑った。
「小谷くん、その聞き方はないわ」
「どう答えればいいか分かんないよね」
そんなやりとりが聞こえて肩を竦める。小谷さんも笑った。
「ごめんごめん。サークルのノリで話しちゃった。春休みとか何してたの?」
それはそれで、いきなりプライベートの話を振られて内心戸惑う。けれど、「バイト三昧です。小谷さんは?」と問うと、途端にぺらぺらと話し始めた。
「俺、インターン3件行ってさ。バイト代全部交通費で消えちゃった感じ。これから就活始まるし、ほんと憂鬱だよ。そういえば最近立川と会った? あいつもサークルで彼氏できてさ。礼奈ちゃんも彼氏いたよね、背の高いイケメン。今どうしてるの、まだ続いてる?」
えーっと。これはどこにどう答えればよいものやら。
私はただ愛想笑いをしながら、「そうですねぇ」なんて曖昧にごまかした。わざわざここで話すようなことではないから、話題を戻すことにする。
「就活、大変ですね。私も今年はインターンした方がいいのかなーとか、いろいろ気になってて。また、何かのときには相談させてください」
「もちろん、いいよ。でも、俺もこれから忙しくなるから……あっ、そうだ、連絡先交換しようよ。そういえば、まだ交換してなかったし」
うげっ。藪蛇っ。
ど、どうしよう。ゼミの先輩の中でも、もちろん落ち着いた感じの、仲良くなれそうな人もいる。けど小谷さんはそれとは違った。
だってそもそも、ゼミの説明会のときには見かけなかったのだ。そう思い出してまた話を変える。
「で、でも、小谷さん、このゼミだって知りませんでした。説明会のとき、いませんでしたよね? 何か、ご用事でもあったんですか?」
「あー、あの日ね」
小谷さんは周りを見渡し、声のトーンを落として私に顔を近づけた。
その距離に若干怯んだものの、仕方なくじっと耳を澄ませる。
「実はサークル仲間と飲んだ翌日でさ、二日酔いだったからパスしちゃった。みんなには内緒ね。体調不良で休んだことになってるから」
――うわぁ。チャラい。
私は思わず引きつった笑顔を浮かべながら、「あ、そうなんですかー」と棒読み状態で答える。やっぱりこの人とはほどほどに接することにしよ。そう思うと同時に、連絡先を訊かれてもごまかすことに決めた。
ゼミでは初めに簡単な自己紹介をして、一年の流れの説明があった。毎回、2、3人が発表するのだけど、まずは先輩たちの卒論の途中経過から始まるらしい。3年はまだテーマが決まっていないことが多いので、先生から課題が出されて、そのテーマの中から選んで決める。
そんな話が一通りあった後で、院生らしい先輩が言った。
「――で、後は、発表の順番決めなんですが、その前に歓迎会のお知らせです。来週のゼミの後、ささやかながら懇親会を開きたいと思いますので、三年生の皆さんはぜひ参加してください。四年生はちょっと、就活の関係もあるかもしれないので無理はせず。――でも小谷くんは来るよね?」
「行きまーす」
小谷さんがもろ手を挙げて、みんなが笑う。先輩は「そういうことで」とその場を見渡した。
「親交を深める、というところで言うと、後は夏休みにゼミ合宿やります。今年はどこですかね……先生」
「そうだねぇ。草津辺りでも行こうかねぇ」
「ああ、いいですね、草津。――ともあれ、それは近くなったときにお知らせしますので、ぜひ参加してください。じゃあ、あとは発表順を決めて、順番をメモして、僕のところまで持ってきてください。十階の学部図書館にいますから。――それじゃあ、解散」
それぞれの学年で集まって、順番を話し合う。私は早めに済ませたいからと、三年の中で最初の順番に立候補した。
順番をノートに書き取り、指示された通り学部図書館へと持って行こうと立ち上がる。
「橘さん、任せていいの?」
「うん、いいよ。今日は、この後は特に予定ないし」
「また今度は私もやるから。ありがとう」
「うん」
手を振って、みんなはばらばらと講義室を出て行った。
ゼミの後は教職課程の講義やバイトがある子もいたから、このくらいの雑用は何でもない。まあ、いろいろやっといても損はないだろうし。
場所は同じ建物の中なのだけれど、そもそもキャンパス自体がまだ慣れない。ひとまずエレベーターで指示された階へ向かったけれど、すぐには場所が分からず、ぐるりと回る羽目になってしまった。
ようやく「文学部資料室」のプレートを見つけて、ここかなと見当をつける。
ノックをしたものかそのまま入っていいのか迷っていたら、がちゃりと中からドアが開いた。
0
あなたにおすすめの小説
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
サクラブストーリー
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。
しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。
桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。
※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる