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.第11章 祖父母と孫
283 年末の過ごし方(1)
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帰宅すると、玄関先には珍しく健人兄の靴があった。「ただいま」と声をかけてリビングへ向かう。
「健人兄、帰ってるんだ」
「おー、妹よ」
テレビを見ていた健人兄は、振り向くなり相変わらずの調子で笑った。
「どうだった、デートは」
「で、デートっていうか……おじいちゃんたちんとこ、行っただけだし」
思わず目を逸らして言うけれど、健人兄はからから笑うだけだ。
「いい隠れ蓑ってわけね」
「べ、別にそういう訳じゃ……」
「礼奈、おかえり」
私と健人兄の言い合いの横から声をかけたのは、キッチンから顔を出した父だ。その微笑みにほっとしながら「ただいま」と近寄り、後ろから抱き着く。
「なんだ、どうした?」
「健人兄がいると思ってなかったからびっくりした」
「……で何で父さんに甘えるのよ」
せっかくなら俺んとこ来い、と冗談めかして手を広げる兄を、できるだけ冷たい目で一瞥すると、エプロン姿の父を見上げた。
「ご飯の準備、手伝う。おばあちゃんが、手伝ってあげなさいって言ってたから」
「そうか? 助かるよ。――礼奈はよく手伝ってくれてると思うけど」
「あはははは、すみませんねぇ、あんまり手伝わない息子で」
「お前はうちじゃないところでよく動いてるらしいからな。――相変わらず、ちょいちょい顔出してるんだろ」
どこに、と言わずとも、どこだか予想はつく。健人兄は黙ったまま肩をすくめた。父が苦笑する。
「ジョーが心配してたぞ。仕事もそれなりに忙しそうなのに、俺たちのとこばっかり来てていいんですかねぇ、って。たまには帰れって言ってるんですけどって」
「だから帰って来たんじゃん。今週末はキンローカンシャの連休だしね」
得意げに言う健人兄に、私はまたしても呆れる。
「……自分の勤労に感謝する日なの?」
「手厳しいなー。社会人生活一年目、よくがんばってる自分にご褒美だよ」
「なるほどな」
父は適当な相槌を打って、食事の準備を始めた。
「今日は何にするの?」
「うーんと。しいたけの肉詰め、たらの甘酢和え、きんぴらごぼう、みそ汁……あと一品、何つったっけ?」
「あーっとね、ひじきの煮物」
「……」
ソファの上から答える健人兄に、私は無言で視線を向ける。
「あ、やめてくれる? その『自分で作れよ』って視線。なんかすっごい、ちくちくするじゃん」
「……分かってるなら自分で作れば」
「まあまあ。リクエスト聞いたのは俺だから」
父がそう苦笑しながら、淡々と手を動かす。健人兄が「父上やっさすぃー」と相変わらずの調子のよさで言うのを睨みつけて、私は手伝い始めた。
「ちゃんと家にあるもの聞いて、メニュー考えたのよ。むしろ褒めて」
「……まあ、それなら確かに手伝いの一環かもしれないけど……」
しいたけの根を取りながら唇を尖らせる。父の指示に従いながら手を動かしているうち、兄はまたテレビに集中しだしたらしい。
私はそっと父の横顔を見上げた。
「お父さん。あの……イブと大晦日なんだけど」
「うん? どうかしたか」
穏やかな目で見返されて、うん、とうつむく。頬が少し熱を持っているのを感じた。
「鎌倉に泊まってもいいかな」
「イブと大晦日?」
父は意外そうに見つめて、「……まあ、いいけど」と頷く。そして苦笑した。
「しかし、いいのか? そんな、じいさんばあさんと一緒で」
「えっ? あ、いや……だって」
私は言葉に迷いながら、小さく続けた。
「……おじいちゃんたち、いつまで元気でいてくれるか分かんないし……そういうのも楽しそうだなって」
「……そうか」
苦笑した父を、もう一度見上げる。
「あ……あと……」
どっちかっていうと、こっちが本題だ。お腹に力を入れて、それでも、極力自然な口調を意識して口を開いた。
「年末に、奈良に行こうって言われて――」
「奈良ぁ!? ――それって」
テレビを見ていたはずの兄が、がばっと顔を上げた。ちょうどそこに、リビングのドアを開けて母が入ってくる。
「ただいまぁ。何? 奈良って」
うわぁああ! 何でこう間が悪いの!?
私が顔を赤くしたり青くしたりしていると、父が苦笑した。
「いいから、彩乃。コート置いてこい」
「うん。――あ、健人。ヨーコちゃんがいつもありがとって言ってたよ。よっぽどあんた、安田家ではよく動くのね」
「もっちろーん」
母が苦笑して、リビングを出て行く。
「……お母さん、今日ヨーコさんと?」
「ああ。ランチ行って来るって――健人がこっち来てたのは、それもあるんだろ」
「てへ。バレバレでしたか」
ひょいと肩をすくめた兄は、ソファから立ち上がるとカウンターに頬杖をついてにやりとした。
「……で、それって、やっぱり『相手の親へのご挨拶』だったりすんの?」
「し、知らないよ」
私が顔を逸らして答えると、兄は「まったまたー」とひらひら手を振る。
「お前には言いたくないってことだろ。――健人、できたら呼ぶから部屋に上がってろ」
「えー」
健人兄は唇を尖らせながら、しぶしぶ階段を上がって行った。
「健人兄、帰ってるんだ」
「おー、妹よ」
テレビを見ていた健人兄は、振り向くなり相変わらずの調子で笑った。
「どうだった、デートは」
「で、デートっていうか……おじいちゃんたちんとこ、行っただけだし」
思わず目を逸らして言うけれど、健人兄はからから笑うだけだ。
「いい隠れ蓑ってわけね」
「べ、別にそういう訳じゃ……」
「礼奈、おかえり」
私と健人兄の言い合いの横から声をかけたのは、キッチンから顔を出した父だ。その微笑みにほっとしながら「ただいま」と近寄り、後ろから抱き着く。
「なんだ、どうした?」
「健人兄がいると思ってなかったからびっくりした」
「……で何で父さんに甘えるのよ」
せっかくなら俺んとこ来い、と冗談めかして手を広げる兄を、できるだけ冷たい目で一瞥すると、エプロン姿の父を見上げた。
「ご飯の準備、手伝う。おばあちゃんが、手伝ってあげなさいって言ってたから」
「そうか? 助かるよ。――礼奈はよく手伝ってくれてると思うけど」
「あはははは、すみませんねぇ、あんまり手伝わない息子で」
「お前はうちじゃないところでよく動いてるらしいからな。――相変わらず、ちょいちょい顔出してるんだろ」
どこに、と言わずとも、どこだか予想はつく。健人兄は黙ったまま肩をすくめた。父が苦笑する。
「ジョーが心配してたぞ。仕事もそれなりに忙しそうなのに、俺たちのとこばっかり来てていいんですかねぇ、って。たまには帰れって言ってるんですけどって」
「だから帰って来たんじゃん。今週末はキンローカンシャの連休だしね」
得意げに言う健人兄に、私はまたしても呆れる。
「……自分の勤労に感謝する日なの?」
「手厳しいなー。社会人生活一年目、よくがんばってる自分にご褒美だよ」
「なるほどな」
父は適当な相槌を打って、食事の準備を始めた。
「今日は何にするの?」
「うーんと。しいたけの肉詰め、たらの甘酢和え、きんぴらごぼう、みそ汁……あと一品、何つったっけ?」
「あーっとね、ひじきの煮物」
「……」
ソファの上から答える健人兄に、私は無言で視線を向ける。
「あ、やめてくれる? その『自分で作れよ』って視線。なんかすっごい、ちくちくするじゃん」
「……分かってるなら自分で作れば」
「まあまあ。リクエスト聞いたのは俺だから」
父がそう苦笑しながら、淡々と手を動かす。健人兄が「父上やっさすぃー」と相変わらずの調子のよさで言うのを睨みつけて、私は手伝い始めた。
「ちゃんと家にあるもの聞いて、メニュー考えたのよ。むしろ褒めて」
「……まあ、それなら確かに手伝いの一環かもしれないけど……」
しいたけの根を取りながら唇を尖らせる。父の指示に従いながら手を動かしているうち、兄はまたテレビに集中しだしたらしい。
私はそっと父の横顔を見上げた。
「お父さん。あの……イブと大晦日なんだけど」
「うん? どうかしたか」
穏やかな目で見返されて、うん、とうつむく。頬が少し熱を持っているのを感じた。
「鎌倉に泊まってもいいかな」
「イブと大晦日?」
父は意外そうに見つめて、「……まあ、いいけど」と頷く。そして苦笑した。
「しかし、いいのか? そんな、じいさんばあさんと一緒で」
「えっ? あ、いや……だって」
私は言葉に迷いながら、小さく続けた。
「……おじいちゃんたち、いつまで元気でいてくれるか分かんないし……そういうのも楽しそうだなって」
「……そうか」
苦笑した父を、もう一度見上げる。
「あ……あと……」
どっちかっていうと、こっちが本題だ。お腹に力を入れて、それでも、極力自然な口調を意識して口を開いた。
「年末に、奈良に行こうって言われて――」
「奈良ぁ!? ――それって」
テレビを見ていたはずの兄が、がばっと顔を上げた。ちょうどそこに、リビングのドアを開けて母が入ってくる。
「ただいまぁ。何? 奈良って」
うわぁああ! 何でこう間が悪いの!?
私が顔を赤くしたり青くしたりしていると、父が苦笑した。
「いいから、彩乃。コート置いてこい」
「うん。――あ、健人。ヨーコちゃんがいつもありがとって言ってたよ。よっぽどあんた、安田家ではよく動くのね」
「もっちろーん」
母が苦笑して、リビングを出て行く。
「……お母さん、今日ヨーコさんと?」
「ああ。ランチ行って来るって――健人がこっち来てたのは、それもあるんだろ」
「てへ。バレバレでしたか」
ひょいと肩をすくめた兄は、ソファから立ち上がるとカウンターに頬杖をついてにやりとした。
「……で、それって、やっぱり『相手の親へのご挨拶』だったりすんの?」
「し、知らないよ」
私が顔を逸らして答えると、兄は「まったまたー」とひらひら手を振る。
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