明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子

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.第11章 祖父母と孫

291 奈良帰省(2)

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 新横浜で合流した栄太兄は、千鳥格子のチェスターコートと艶のあるダークグレーのジーパン、革のハイカットスニーカーといういで立ちだった。
 首元に巻いたオレンジ色のマフラーがアクセントになっている。
 普段着はだいぶ見慣れたはずだけれど、ちょっと遠出となるとまた雰囲気が違う。カジュアルだけど洒落た装いに思わず胸が高鳴った。
 改札前で待ち合わせた栄太兄は、私に気づいて手を挙げ、その後ろに目を止める。

「ああ、何や。悠人に送ってもらったんか」
「うん。……いいって言ったんだけど」

 栄太兄が荷物を持つ兄に「ご苦労さん」と手を挙げると、悠人兄はそれに応えて手を振り返した。

「じゃあ、これ」

 当然のように、私の荷物を栄太兄に差し出したので、思わず慌てた。

「ちょ、ちょっと。いいよ。自分で持――」
「まあまあ。こんくらいなら俺でも持てるて」

 手を伸ばしたけれど、私が掴むよりもより早く、栄太兄が鞄を手にした。

「自分で持つのに!」

 困惑してコートをつまんでみたけど、「ええって。それ、母さんへのお土産持ってんねんやろ」と私の手元を見やる。私は困り顔のまま、こくりと頷いた。
 栄太兄はにこりと笑う。
 その表情にちょっとだけ包容力みたいなものを見て、こりもせず心臓が高鳴る。

「それ、母さん大好物やもんな。でも、通販するのは何や違うー言うて……俺も毎回リクエストされてたけど、全然鎌倉行ってへんかったからなかなか買えへんかったし――今回は礼奈が買うて行ったで、てばあちゃんたちにも言われてん。おおきに」

 ぽんぽんと頭を撫でられて、「でも」と見上げたけれど、「その菓子、結構重いやろ。充分やって」とやっぱり譲らない。
 私たちのやりとりを見ていた悠人兄がくすりと笑った。

「仲よくて何より。じゃあ、栄太兄。礼奈のこと、よろしくね」
「ああ、任せとき」

 栄太兄が快活に笑うと、悠人兄は私と栄太兄の顔を見比べて、「うん」と頷いた。

「礼奈がね、すごく緊張してたから心配だったんだ。栄太兄、ちゃんとフォローしてあげてね」

 そう言うと、ぽんぽん、と栄太兄の肩を叩いて、「じゃあね」と笑顔で去って行く。そのうしろ姿を見送りながら、私はなんとなーく嫌な予感がした。

「……栄太兄?」
「え、あ、いや……」

 何となくぎこちない動きになった栄太兄をじぃっと見上げる。栄太兄は一度逸らした目を私に向けたけれど、困ったような顔をしていた。

「……緊張、って」
「そりゃ、するでしょ」

 私は唇を尖らせてうつむく。

「……彼氏の親に挨拶するんだから」

 二人の間に、気まずい沈黙が落ちる。私は内心ため息をついた。

「……栄太兄、もしかして……」
「何や?」
「この期に及んで、今までのノリで行くつもりだった……?」

 ちら、と見上げてみれば、栄太兄はそっと顔を逸らしている。

「……栄太兄ぃ!?」
「い、いや、違うで。ちゃんと、そのときになったら紹介っちゅうか、そういうのはしようと思てたけど! でも、今さらっちゃ今さらやんか。だって礼奈のことは母さんたちもよう知っとるわけやし――」
「関係ないでしょ!?」

 やっぱりだ! まったくもー! ほんとそういう、緊張する場面が苦手なんだから!

「栄太兄ってばほんと――」

 そこまで言いかけて、言葉に迷った。ほんと、もう。ほんと……
 情けない? 意気地がない? いや、違う。
 そういうとこ――放っておけない。
 自分の気持ちに気づくや、思わず脱力してしまった。

「はぁあああ……」
「え、な、何や? 何でそんな、ため息ついてんねん」
「だって……」

 一回りも、離れてるのに。
 私はまだ学生で、栄太兄は社会人なのに。
 それなのに、どうしてこう……そういう抜けたところが、可愛いと思ってしまうんだろう。
 額を押さえて、軽く頭を振る。

「……いいから、行くよ」
「え、え? あの、礼奈……?」

 腕を引っ張って歩き出すと、栄太兄が困ったように訊いた。

「な、何で? 今、あれやん、めっちゃ呆れたような顔したやん」
「いや、呆れたけど……呆れたけど、仕方ないじゃん、それが栄太兄なんだもん……」

 私が言うと、栄太兄は途端に眉を寄せて嫌そうな顔をした。

「それが俺ってどういうことやねん」
「どうもこうも。――いいから、行こ」

 改札へ向かって引っ張る私に、栄太兄がむっとしたように唇を尖らせる。

「何や馬鹿にされてるような気ぃするけど」
「違うよ。愛情表現」
「あいじょ……」

 栄太兄が困ったような顔で歩調を緩める。私は苦笑して、その顔を見上げた。

「ほんと、栄太兄は私がいないと駄目だなって思ったの!」

 ほら、行こ! と背中を叩くと、栄太兄がうろたえながらムキになる。

「な、何でや! 俺は大学からこのかた一人で暮らしてるっちゅうねん!」
「そうだけど、そうじゃないの!」

 年上のプライドらしき言葉をなだめて、私はその背を押すようにして新幹線のホームへと向かった。
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