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.4 つまらない大人
21 贖罪
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それから、せめてもの償いのように、俺は祖父母と過ごす時間を増やすようになった。
休みの日や早上がりできる日を利用して、一か月に一回は鎌倉に顔を出す――
そう決めて定期的に会いに行くと、祖父母が困っていることに気づくようになったし、何より二人が老いていることに改めて気づかされた。
しばらく研いでへん、包丁の鈍い切れ味。
天袋から、ものを取るときの危なっかしさ。
手が届きにくくなったもの干し竿。
出すタイミングを逃し続けている、壊れた家電。
面倒くさくて。億劫で。笑ってそう言う祖父母には、もう余力がないようやった。
毎日のことを淡々とこなす、それ以上の気力も体力もない――
一つ一つは小さなことでも、それが積み重なれば生活を停滞させる。不便が不便を呼び、無気力になる。会話が減る。耳が遠くなる。さらに会話が億劫になる――
そんな悪循環が始まりつつあることにも気づいて、俺は自分にできることを、少しずつやると決めた。
そんな祖父母の姿に気づく度、俺は傷つきながら、一方でほっとしていた。
取り返しがつかなくなる前に、自分の生活を変えられたことに感謝した。
――今回は、気づけた。
二年前、他界した父方の祖父の老いを、俺はあまり感じてへんかった。
最期に交わした言葉も、「また来るわ」と言うたくらいで。
また会える――本当に思っていた。そう、信じて疑わなかった。それはきっと俺だけやない、母さんもそうやろうと思う。
祖父の死は突然で――「また」という言葉のありがたさと残酷さに、気づいたのはそのときやった。
それなのに、それから二年間、俺は何の努力もせずにいた。
そう改めて気づかされる。
変えようと思えば、俺は生活を変えられたのだ。簡単に――とは行かんでも、ここだけは譲れない、と本気で思うことすら、今までして来ぉへんかった。
そんな自分に、改めて呆れた。ただ流されに流されて終わった二十代は、もう返って来ない。
それでもそれを――もったいないと嘆いて終わるか、その期間があったから今があると思えるかは、これからの生き方次第なんやろうと、思う。
***
「金田さん、最近なんか変わりましたね」
冬が近づいてきた頃、いつもの後輩にそう声をかけられた。
何の脈絡もない発言を、どうせいつもの社交辞令やろと笑って済ませようとしたのだが、先輩や女性社員も賛同するようにうなずいてはる。
なんや、急に。ドッキリでもあるんか?
「変わったって……どう?」
「いや、なんかこー、かっこよくなったっす」
えらいざっくりしてんな。
全然意図が分からんで苦笑したら、横から最近娘の産まれた先輩社員が口を開く。
「最近、落ち着いたよね。包容力を感じるって言うか。カノジョでもできた?」
「いやぁ」
苦い感情に表情が引きつる。
その手の話はもう飽き飽きや。
「そんなんいませんよ。――逆に、このまま独り身でもいいって割り切ったからかも知らんですね」
「えっ」
驚きの声が複数挙がって、こっちが驚いて飛び上がりかけた。
な、何やの、その反応。めっちゃ聞き耳立てられてるやん。
動揺してる俺の腕を、血相変えた後輩が掴む。
「うそ! 彼女いるって言ってたじゃないっすか! 別れたんすか!?」
「あー、いや……それは……」
「あたしのことは、遊びだったのね!」
「変な裏声やめてくださいよ」
後輩と先輩のからかいに応じていたら、後輩がガタリと立ち上がって振り向いた。
なにするつもりや、と思うてる間に、口に手を当てて息を吸う。
「女性社員のみなさーん! 金田さん今フリーだってー!」
「お前なぁ! 社内で変な営業せんでえぇねん! そんなんしとる余裕あるなら、社外の営業成績伸ばせや!」
俺が後輩の首根っこを引くと、そこここで笑い声が上がる。しまった、思わずツッコんでまった。
後輩が目を輝かせてぶりっこのように手を口に当てる。
「きゃっ! 本場のツッコミ!」
「本場やない! 俺は奈良産まれ奈良育ちや!」
「大学まで奈良漬け?」
「俺は食いもんやないです! 大学は都内やし!」
そんなやりとりを交わしてたら、「そういや金田さんK大出身」「マジ? 超いいとこじゃん」「未婚の女子、狙い目よ~」と話が変な方向に向かって行くのがどこかから聞こえた。
俺は慌ててパソコンを閉じると立ち上がった。あかん、このままいたら好きに言われっぱなしや。
「外回り行ってきます」
「あ、金田さんが逃げる」
「逃げるんやなくて仕事やろ! お前も早う準備して外出ろ!!」
へーい、と笑う後輩を背に、俺はオフィスを出ていく。
ほんま勘弁してぇな。俺がゆっくり、じいちゃんばあちゃんとの余生を満喫しようて思うてんのに。
心中でぼやいてから気づいた。そういや、そうや。今の俺にとっては、彼女とか結婚とかどうでもええねん。じいちゃんとばあちゃんに元気でいてほしい。あと何年あるか分からん二人の余生を、どれだけ近くで見守ってやれるか――俺にとってはその方が、よっぽど尊くて大事なことやん。
強がりでもつくろってもいない、本心からそう思うた。
笑っていて欲しい、と思う。
遺された時間。できるだけ長い時間。
そして別れのときがきたら、俺も、笑って別れを告げたい。「今までありがとな」「ようがんばったな」て手を握って。
最期のときを――見送りたい。
オフィスから出たら、外は秋晴れの空やった。深い青が、すぅっと真上に伸びる。見えるのはただそれだけで、他は軒並み、高いビル群に視界を遮られて見えへん。
鎌倉にある祖父母の家の周辺は、ここに比べれば空が広い。
奈良にある実家も、空が広い。
――遠い、と不意に思った。
遠い。
空に、遠い。鎌倉に、遠い。奈良に、遠い。
――俺の大切なものに、ここは、遠い。
休みの日や早上がりできる日を利用して、一か月に一回は鎌倉に顔を出す――
そう決めて定期的に会いに行くと、祖父母が困っていることに気づくようになったし、何より二人が老いていることに改めて気づかされた。
しばらく研いでへん、包丁の鈍い切れ味。
天袋から、ものを取るときの危なっかしさ。
手が届きにくくなったもの干し竿。
出すタイミングを逃し続けている、壊れた家電。
面倒くさくて。億劫で。笑ってそう言う祖父母には、もう余力がないようやった。
毎日のことを淡々とこなす、それ以上の気力も体力もない――
一つ一つは小さなことでも、それが積み重なれば生活を停滞させる。不便が不便を呼び、無気力になる。会話が減る。耳が遠くなる。さらに会話が億劫になる――
そんな悪循環が始まりつつあることにも気づいて、俺は自分にできることを、少しずつやると決めた。
そんな祖父母の姿に気づく度、俺は傷つきながら、一方でほっとしていた。
取り返しがつかなくなる前に、自分の生活を変えられたことに感謝した。
――今回は、気づけた。
二年前、他界した父方の祖父の老いを、俺はあまり感じてへんかった。
最期に交わした言葉も、「また来るわ」と言うたくらいで。
また会える――本当に思っていた。そう、信じて疑わなかった。それはきっと俺だけやない、母さんもそうやろうと思う。
祖父の死は突然で――「また」という言葉のありがたさと残酷さに、気づいたのはそのときやった。
それなのに、それから二年間、俺は何の努力もせずにいた。
そう改めて気づかされる。
変えようと思えば、俺は生活を変えられたのだ。簡単に――とは行かんでも、ここだけは譲れない、と本気で思うことすら、今までして来ぉへんかった。
そんな自分に、改めて呆れた。ただ流されに流されて終わった二十代は、もう返って来ない。
それでもそれを――もったいないと嘆いて終わるか、その期間があったから今があると思えるかは、これからの生き方次第なんやろうと、思う。
***
「金田さん、最近なんか変わりましたね」
冬が近づいてきた頃、いつもの後輩にそう声をかけられた。
何の脈絡もない発言を、どうせいつもの社交辞令やろと笑って済ませようとしたのだが、先輩や女性社員も賛同するようにうなずいてはる。
なんや、急に。ドッキリでもあるんか?
「変わったって……どう?」
「いや、なんかこー、かっこよくなったっす」
えらいざっくりしてんな。
全然意図が分からんで苦笑したら、横から最近娘の産まれた先輩社員が口を開く。
「最近、落ち着いたよね。包容力を感じるって言うか。カノジョでもできた?」
「いやぁ」
苦い感情に表情が引きつる。
その手の話はもう飽き飽きや。
「そんなんいませんよ。――逆に、このまま独り身でもいいって割り切ったからかも知らんですね」
「えっ」
驚きの声が複数挙がって、こっちが驚いて飛び上がりかけた。
な、何やの、その反応。めっちゃ聞き耳立てられてるやん。
動揺してる俺の腕を、血相変えた後輩が掴む。
「うそ! 彼女いるって言ってたじゃないっすか! 別れたんすか!?」
「あー、いや……それは……」
「あたしのことは、遊びだったのね!」
「変な裏声やめてくださいよ」
後輩と先輩のからかいに応じていたら、後輩がガタリと立ち上がって振り向いた。
なにするつもりや、と思うてる間に、口に手を当てて息を吸う。
「女性社員のみなさーん! 金田さん今フリーだってー!」
「お前なぁ! 社内で変な営業せんでえぇねん! そんなんしとる余裕あるなら、社外の営業成績伸ばせや!」
俺が後輩の首根っこを引くと、そこここで笑い声が上がる。しまった、思わずツッコんでまった。
後輩が目を輝かせてぶりっこのように手を口に当てる。
「きゃっ! 本場のツッコミ!」
「本場やない! 俺は奈良産まれ奈良育ちや!」
「大学まで奈良漬け?」
「俺は食いもんやないです! 大学は都内やし!」
そんなやりとりを交わしてたら、「そういや金田さんK大出身」「マジ? 超いいとこじゃん」「未婚の女子、狙い目よ~」と話が変な方向に向かって行くのがどこかから聞こえた。
俺は慌ててパソコンを閉じると立ち上がった。あかん、このままいたら好きに言われっぱなしや。
「外回り行ってきます」
「あ、金田さんが逃げる」
「逃げるんやなくて仕事やろ! お前も早う準備して外出ろ!!」
へーい、と笑う後輩を背に、俺はオフィスを出ていく。
ほんま勘弁してぇな。俺がゆっくり、じいちゃんばあちゃんとの余生を満喫しようて思うてんのに。
心中でぼやいてから気づいた。そういや、そうや。今の俺にとっては、彼女とか結婚とかどうでもええねん。じいちゃんとばあちゃんに元気でいてほしい。あと何年あるか分からん二人の余生を、どれだけ近くで見守ってやれるか――俺にとってはその方が、よっぽど尊くて大事なことやん。
強がりでもつくろってもいない、本心からそう思うた。
笑っていて欲しい、と思う。
遺された時間。できるだけ長い時間。
そして別れのときがきたら、俺も、笑って別れを告げたい。「今までありがとな」「ようがんばったな」て手を握って。
最期のときを――見送りたい。
オフィスから出たら、外は秋晴れの空やった。深い青が、すぅっと真上に伸びる。見えるのはただそれだけで、他は軒並み、高いビル群に視界を遮られて見えへん。
鎌倉にある祖父母の家の周辺は、ここに比べれば空が広い。
奈良にある実家も、空が広い。
――遠い、と不意に思った。
遠い。
空に、遠い。鎌倉に、遠い。奈良に、遠い。
――俺の大切なものに、ここは、遠い。
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