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松丹子

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1 マルヤマ百貨店の王子

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 店を出ると、成海がちらちらと私の手を見てくるのに気づいた。
 私は笑って、成海の手に手を伸ばす。
 指を絡めて見上げると、成海が頬を赤くして照れている。
 それを見てから、はー、と息を吐き出した。

「お腹いっぱい」
「そうだね」
「押したら出てきそう」
「……それはやめてよ……」

 素の私を知りすぎているほど知っている人だから、こんな遠慮ない会話もできる。私はご機嫌に笑いながら歩く。成海が何か言いたげなのを察して、首を傾げた。

「どうかした?」
「いや……あの」

 成海は目を泳がせてから、私を見る。

「……優麻、明日、仕事?」
「うん」
「……そっか……」

 がくり、と成海がうなだれる。
 私は思わず噴き出した。

「え、なになに」
「なんでもない……」
「なくないでしょー」

 ぐいぐいと、繋いだ手を引っ張る。成海が困ったように私を見下ろした。

「……もう少し一緒にいられるかと思ったけど……家まで送る」

 ため息混じりに言われて、私はついつい笑ってしまう。

「セックスしたかった?」
「……優麻」
「あはは」

 成海に睨みつけられ、笑って彼の腕に抱き着く。

「じゃあ、明日、寝坊したってことにして午前休にしようかなー」
「……そんなの……」
「打合せとか特にないしー。エンドゥーにも、『隙を作れ』って言われたしー」

 まああいつが言った意味はそういうことじゃないと思うけどね。

 私は成海を見上げた。目が合い、また前を向く。

 ……そう、きっと、エンドゥーが言った意味は。

「私も……もうちょっと、成海と一緒にいたい」

 語尾に近づくにつれ、顔は俯き、やたらと声が小さくなった。

 うあ。これ、すごいこっぱずかしい。

 あまりの気恥ずかしさに、顔を上げてブンブン振る。

「待って、待って。今のはーー」

 発言を取り消そうと成海を見上げたら、ふにゃっふにゃの笑顔がそこにあった。
 今まで見たこともないその顔に胸をわしづかみにされた私は、自分の気恥ずかしさなんかどうでもよく思えて、「……なんでもない」とまたうつむいた。
 嬉しそうで照れ臭そうな成海からは、見えないはずの花が飛んでて、こっちまでほわほわしてくる。

 なんだよ成海……可愛すぎかよ……

 内心身もだえながら、繋いだ手にぎゅうぎゅう力をこめて、駅へ向かった。

 ***

 私の家に行くことにした私たちは、最寄り駅で下りて歩きだした。
 成海がコンビニの前で「あ」と言うので、どうしたのかと見上げると、目を泳がせて頬をかく。

「……その……準備が……」
「ああ」

 私は納得してコンビニに足を向けながら、そういえば先日もこんなことがあったなと思い出す。

「もしかして、この前コンビニ寄ったのも、ゴム買うため?」
「……そりゃ、だって……買い置きなんかないし」
「ほんとに久々だったんだ」

 成海の今までの女性遍歴は知らないけれど、私だって28の頃までは恋人がいたりいなかったりだったのだ。成海だってそうでないとは言いきれない。

「……別れたの、26のとき。優麻にも話したでしょ」
「えっ? あれ以降いないの?」
「いないよ……」

 成海は唇を尖らせて目を反らす。

「だって、他に気になる人ができたから、付き合えなくなったって……」

 それを聞いて、「ああ誠実な男もいるもんだなぁ」なんて感心したから覚えている。
 てっきり、その「気になる」子とつき合ったのだと思っていたのに。

「……そうだよ」

 成海が恨めしげに私を見た。

 ん?
 んん?
 もしかして……

「気になる子って、私のこと……?」
「この展開で、他に誰がいるの」

 成海がむくれているけれど、私は当時のことを思い返す。

「え、だってあのとき、私彼氏……」
「まだいなかった」
「そうだっけ?」
「ちょうどいなかった。半年くらいしてから、合コンで会ったって言ってた」

 成海が答える言葉には棘がある。ぬかりのない成海のことだ。そう言うからにはそうなのだろう。

「そ、そんなこと言ったって。告白されたわけでもないし」
「そりゃ、最初から告白しないでしょ。脈があるかどうか様子見てたつもりだったよ。優麻が『あんたに告白されたら、誰でもオッケーするんじゃない』って言ったから、『優麻だったら?』って聞いたけど、流されたから」

 ダメなんだと思った、と寂しげに目を伏せる。

「そ、そんなこと言ったっけ……?」

 てんで記憶にない私はあっちこっちと目をさ迷わせる。でも、やっぱり覚えていない。とりあえず悲しそうな“王子”を前に、「ごめん」と謝った。
 確かに覚えてはいないけど、自分がそのときどう思ったかはだいたい分かる。成海が珍しく冗談を言っていると思ったのだろう。
 だって、女性ならみんな憧れるような、成海みたいな男に好意を寄せられるなんて、思ってもみなかったから。

「最初から、優麻だけなのに」

 ふてくされた成海が、ぽつりと呟く。私が見上げると、顔を赤くして続けた。

「名前、呼ぶのも、呼ばれるのも、最初から優麻だけでしょ」

 私はまばたきする。
 確かにそうだ。

 思い返せば、出会った頃のこと。
 成海は自分の名前が女と間違われるから嫌いだと言っていて、私は「そんなの勿体ない」と言ったのだった。

「私だって性格が男みたいな上に、男みたいな名前だって言われるけど、私の名前気に入ってるよ。成海って素敵な名前じゃない。どういう意味を込めてつけたのか、聞いてごらんよ」

 私の言葉を受けて、生真面目な成海は本当に親に聞いたらしい。海、という字をつけてほしいと言ったのは、ロシア人のおばあちゃんだったそうだ。
 おばあちゃんが渡ってきた海。
 力強く広く大きく、人々の生活を包む存在。

 本当に聞くと思ってなかった私は、彼の素直さに正直驚いたものた。
 報告をうけてしまっては、私の名付けの由来を聞かれて答えないわけにもいかない。
 だから、聞かれるままに答えた。
 私は姉と妹の三姉妹。みんな優という字がつく。
 お腹にいたとき、女だと言われたけれど、姉がいたから男だといいなと、どちらにも使えるような名前にした。
 ーー優しく、麻のようにしなやかに。
 しなやかというより、したたかに育ってしまった気はするけれど。そう笑うと、成海は困ったような顔をした。

「でも、いい名前だよ」

 成海に言われて、私は笑った。

「よし、なら優麻と呼ぶことを許そう」
「え?」
「私も成海って呼ぶ」

 成海はそのとき、照れ臭そうな苦笑を返した。
 とこか人と距離を置くたちの彼と、すこしだけ仲良くなれたような気がしたあのとき。

「……もう、あの頃から気になってた、んだと思う」

 成海は言って、目を反らす。
 恥ずかしくて私の方を見られないのだろう。

「結構、出会ってすぐだね」

 成海はますます恥ずかしそうに目をそらした。
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