仔猫は月の夜に少女に戻る

まみはらまさゆき

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1.助けた仔猫

(5)小夜子

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 今夜も高志は勉強……するふりをしながらスマホで動画鑑賞。夜半になりそれにも飽きて、膝の上で丸くなって眠りこけるミケを寝床に移す。
 ミケは眠りを妨げられて「にゃぁ」とか細く鳴いて、寝床の上で伸びをした。高志はその頭を撫でてやる。
 やっぱりミケは福猫なのかもしれないが……しかしあれだけ身の危険まで冒して守ってやったその本人の高志に対するリターンが少なすぎるのではないか? ……とまぁこれは、冗談半分に彼が思うことだった。
 でもしかし、せめてたとえば夜になったら人間の女の子に化けて、せめて話し相手くらいしてくれたらなぁと思うこともある。そんなバカバカしいことなど、あるはずないと思いながら。

 だからというわけでもないけれど、夜寝る前にミケが起きていたら誰にも話せないような話をミケ相手にするのだった。いやむしろ、相手は人語を解さない猫だという安心感もあるにはあったが。

「なぁ、ミケ、どう思う?」
「ニャァ?」
「今日、香代に、グランドゴルフ同好会に入らないかって誘われたんだ」
「グルグル……」
「なんでもさぁ、今いる男子部員が3年生の2人しかいないって、だから男子部員を集めてるっていうんだ。それに乗っかっていいもんかどうか……」
「ンニュ?」
「そもそも香代、おれのことどう思ってるんだろう。最近、ミケおまえのことで話す機会は増えたんだけどさぁ……本当のこと言うと、おれは香代のことが好きかもしれないんだよな。子供の時の初恋にまた火が点いちゃったような気がしてさ」
「フニャァァ~……」
「でも、近頃でも話すことと言えば、おまえのことくらいなんだよな……どうすればいいんだろ」
「……」

 そのままミケは、丸まって寝てしまった。仕方無しに高志も、布団に潜る。

・・・

 明け方、猛烈な尿意で目が覚めた。夕食後のデザートに食べた、スイカのせいだと思った。
 時刻は午前4時過ぎ。外はまだ真っ暗で、日の出までは小一時間ほどありそうだ。
 父親は隣の部屋で高いびきで寝ている。母親が夜勤から戻るまでも、まだ時間があるような頃だった。
 トイレから自室に戻った彼は、はっと息を呑んだ。そして慌てて、部屋の外に出て扉を閉めた。
 家の者ではない、だれかがいる。普通に考えれば、時間的にも泥棒か強盗の類だ。
 しかし……全身に鳥肌を立てながら、彼は部屋にいた人物の姿を思い出していた。それは、泥棒とか強盗とかとは対局の存在であるべき姿をしていた。
 寝ぼけ眼の彼の見間違いでなければ、その「人物」は中学生くらいの少女だった。それも、夏服のセーラー服を着ていた。
 いや、賊の姿をそのように錯覚したのかもしれない。いや、そもそも全ては寝ぼけた彼の幻で、実は誰もいないのかもしれない。

 改めて、そっと扉を開ける。もし相手が本当の強盗で、襲いかかってきたら全力で逃げる心づもりはしながら。
 眠気など吹き飛んだ透徹した目で見てみても、部屋の隅には青いカラーに青いスカーフのセーラー服の少女が座っていた。その少女は少しおどおどとした、不安そうな目で彼を見た。
 もう一度、彼は扉を閉めた。そして、深呼吸を2度、3度。しかし「これはいったいなにが起こったか」と言う問いに対する答えは、彼の頭からは出てこなかった。
 ひょっとして、彼のアホらしい願いが通じてミケが少女の姿をして恩返しに来たのか? だとしたら、ミケに対して非常に申し訳ない思いがして「ごめんなさい」の一言も言いたくなる。
 しかし実際はどうなのか……どこかから少女が家の中に侵入して、彼がトイレに入っている間に彼の部屋に入ったとしても……果たしていったい、何のため? 何をどう考えても、合理的な説明がつかない。
 何をどう考えても、堂々巡りだ。彼は扉を開けて、現実を直視することにした……未明にセーラー服の少女が自分の部屋に現れたという非現実的な現実を。

「や、こんにちは」

 朝の4時に「こんにちは」もないだろうが、「おはよう」には早い時間だし、「こんばんは」ではなお違いすぎる。そんな愚問愚答を心のなかで繰り返しながら、少女を見る。
 相変わらず少女は、おどおどとした目を彼に向けてきた。これではまるで、彼が不審者ではないか。
 しかしそれにしても、ハッとするような美少女だった。ショートカットの髪の毛はしっとりとつややかで、怯えながら彼を見る瞳に吸い込まれそうになってしまう……。

「君は、だれ?」

 改めて、訊いてみる。少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。

「岸本……小夜子と言います。『小さい夜の子』と書いて、サヨコです……あなたたちからは、『ミケ』と呼ばれていますが」

 想定内の答えのようでいて、実は全くの想定外の答えだった。彼はもう一度部屋の外に出て、心を落ち着かせたいような思いだった。
 これは夢と認識できる夢のひとつではないかと、そう思ったりした。もし本当にそうだったら、どれだけ気分が落ち着いただろう。
 しかし「小夜子」は現実のものとして、目の前にいる。身体が固まって部屋から出ることもできず、震える声を絞り出しながら彼女と相対した。

「それで……なんでまた……恩返しとか……?」
「命を助けてもらって、本当に感謝しています。でも、恩返しとは違います」
「……は?」

 では、なんだというのだろう。彼が思っていたとおりに、人間の女の子に化けているというのに。

「実は私、以前は人間でした」
「……だろうね」

 そんなはずはないだろうと思いつつ、ついつい認めてしまう。そもそも、そうでなければどうなんだ、と混乱混じりに現実を受け止めながら。

「でもどうして人間の姿にもどったの?」
「私は……7年前、不慮の事故で命を落としました。でも、やり残したことがあったのです。それをきちんと済ませないまま、私の魂はこの世を彷徨っていたのです」
「やり残したこと……?」
「それで私は、神様みたいな『大きな力』によって再びこの世に生まれ変わることになり、『やり残したこと』を遂げるチャンスをもらったんです」
「つまり……転生したってこと?」
「……果たしてそれがピッタリな答えかどうかは、わかりません。とにかく、『やり残したこと』のために、一定の条件で人間に戻る事ができるようになったのです」
「一定の条件って?」
「太陽のもとでは猫の姿をしていますが、日没から月の入りまでの間だけ、人間に戻れることになったのです」
「でもいま夏なんだけどね。夜が一年で一番短い時期に、またタイトな……」
「それも、猫の姿でいる私が『人間になりたい』と強い意志を持ったときだけ、戻れるという……本当に限られたチャンスなんです」

 そこまで言ったところで、「小夜子」の姿がぐらりと歪むように見えた。高志がハッとして目を凝らすと、彼女の姿だけでなく周りの光景もすべて渦を巻き始めた。
 それに同期シンクロするように、彼の脳みそもグルグルとかき回されるような激しいめまいに襲われる。膝を床に付きめまいを堪えているうちにスッとそれが治まって、目をこすり見直すとそこには両脚を前に揃えて「ニャァ」と鳴くミケがいるだけだった。

 どうやら、日の出の時刻となったらしい。
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