仔猫は月の夜に少女に戻る

まみはらまさゆき

文字の大きさ
6 / 15
2.小夜子

(1)シャワーを拒否するミケ シャワーを求める小夜子

しおりを挟む
 信じられない経験をして神経が昂っているはずなのに、割とすぐに次の眠りに落ちた。スマホの目覚ましアラームに叩き起こされるまで、ぐっすりと寝入っていた。

 女子中学生に化けていたことなどなかったかのように、ミケはスヤスヤと眠っていた。……いや、全ては彼の夢だったのではないか?

 父親が朝食を作り、夜勤明けの疲れた表情の母親も交えての3人の食卓。しかし何か足りないのを母親は気付き、高志に訊く。

「ね、ミケは?」
「ん……まだ寝てる」
「あら珍しい。いつもだったら『ごはんちょうだい~』って下りてくるのに。具合でも悪いんじゃない?」
「大丈夫だよ。明け方結構起きてたみたいだから」
「ならいいんだけど……」

 そんな話をしていると、噂のミケが「にゃぁ~」と下りてきた。いつものように、威張るみたいに尻尾を立てながら。

「あらあら、ちょっと待っててね」

 仕事疲れなど吹っ飛んだように明るい笑顔になって母親は、高志の小遣いで買ったキャットフードをミケ専用の皿に出してやる。ミケは甘えて母親の足元で伸び上がって見せてから、床に置かれた皿に頭を埋めるように食べ始める。
 やっぱりあれは夢だったのだろうか……? いくら猫の姿をしていても、人間の魂を宿しながらキャットフードで満足するなんて……?
 高志は試しにソーセージの切れ端を、ミケの鼻に近づけた。ミケはしかしクンクンと匂いを嗅いだだけで、またキャットフードに戻った。

「そうか、そっちが美味いか」
「それじゃ、これならどうだ?」

 父親はたくあんを一切れ、箸でつまんで顔に近づけてみた。ミケは全身を震わせて、逃げるそぶりを見せた。

「もう、お父さんったらぁ! そんなもの仔猫のミケが食べるわけないじゃないの」
「ははは、それもそうだ。ごめんよ、ミケ」

 一気に食べ終わるとミケは、伸びをしてから父親の足元にやってきて身体を父親の足に擦り付けた。「気にしてないニャ」と言いたげに、喉をグルグル鳴らしながら。

・・・

 本当にあれは夢だったのだろうか。そう信じてしまうほど、あれ以来ミケはセーラー服の美少女の女子中学生の姿を見せなくなってしまった。
 あるいは彼女が言っていた「猫の姿でいる私が『人間になりたい』と強い意志を持ったときだけ戻れる」が示すように、「人間に戻りたい」という意識が希薄なのだろうか。
 ミケは階下から、お気に入りのおもちゃを咥えて高志のへやに上がってきた。それはその日、母親が「面白そう!」と買ってきたネズミのおもちゃだった。
 ただのネズミの人形ではなく、腹というか地面に接する部分に1輪の車輪が備わっている。人形をプルバックさせると、ネズミ花火のようにクルクル回りながら走るというしろもの。
 その日の午後、母親とミケはそれでずっと遊んでいたらしい。そして自室に入った高志の足元にそれを持ってきて転がし、「これやってちょうだい」とおねだりするように彼の足を軽くひっかく。

「……しょうがないな」

 彼はネズミのおもちゃを床に置いてプルバックさせ、手を離す。途端に、猛烈な勢いで床の上をクルクル回る。
 ミケはそれを追いかけるが、なかなか捕まらない。しかししばらくすると内蔵のゼンマイがほどけて、ネズミの動きは緩慢になる。
 そこでようやくミケはネズミを捕まえられて、その首根っこを咥えてぷるんと首を振る。まだ仔猫なのに獲物に止めを刺す行動は、DNAレベルの本能として刷り込まれているのだろうか……。
 変なところに感心しながら、もういちどネズミをプルバックさせてゼンマイを巻いてやる。そして手を離すとネズミは再びクルクル回り、ミケはそれを必死の形相で追いかける。
 人間の食物よりキャットフードを好み、ネズミのおもちゃで狩りをするミケ。やっぱりあの女子中学生とは全く別の生き物で、あれは夢だったのだとそこで確信した。

 それからしばらく、狩りをするミケの相手をしてやった。相手をしながらミケを見ていて、高志も癒やされる思いだった。
 しかしそうしていつまでも遊んでいられない。翌日提出するレポートが、まだ仕上がっていないのだ。
 彼はタブレットに向かい、レポートの詰めの部分に取り掛かった。ミケが彼の足元を前足でトントンと叩いて催促するまで、ネズミのおもちゃは放っておいた。
 そうしているうちに、ミケが静かになった。さすがに疲れるか飽きるかして、ネズミのおもちゃを前足で転がして遊んでいるらしかった。
 高志のレポートも異例のスピードではかどり、うまい具合にまとめることができた。伸びをしながら、ふとミケのことを思い出してそちらに目をやった。
 そこで彼は、思わず「あっ!」と大きな声をあげてしまった。部屋の隅に座って、ネズミのおもちゃを放心したように弄ぶセーラー服の少女がいたのだ。

「ミケ……じゃなくて、……小夜子……さん?」

 名を呼ばれて、顔を上げる小夜子。その瞳は、どことなく寂しそうで高志は胸がキュッと音を立てるような思いがした。
 やっぱりあれは夢ではなかった。しかしなんでまたこんなタイミングで……? 日没後かつ月の入り前の限られた時間で、彼女が人間に戻りたいと思ったのが重なったのが「今」というわけか?

「……また、人間の『小夜子』の姿に、戻りました」

 小夜子はモジモジしながら、口を開いた。高志も、どう答えていいものか分からず口を開けたままだった。
 数秒、沈黙が流れた。黙ったまま、ふたりは顔を見合わせる。
 その沈黙を先に破ったのは、小夜子の方だった。ものすごく言いにくそうに、しかし決心したように。

「とても厚かましいお願いなんですが……それより、なんでいきなりと思われるかもしれませんが……お風呂を使わせてくれませんか?」

 何を言い出すのかと思えばそんなことで、高志は拍子抜けした。しかし、ミケの姿をしていた時は、風呂を嫌がっていたのに?
 ほんの2、3日ほど前、さすがにブラッシングだけではいけないだろうと、母親がミケにシャワーを浴びさせようとしたらしい。しかしそれは、ミケの必死の抵抗により果たせなかったらしいが。

「シャワーは、イヤなんじゃ?」
「それは、猫のミケでの話です……猫は水を嫌がるから。でも人間に戻ったら、無性に温かいシャワーが浴びたくなったんです」
「猫のミケと、人間の小夜子さんは、全くの別物……?」
「ひとつの魂でも、少なくとも心ではそうかもしれません。実際、今みたいに人間に戻ったら猫でいた間のことはおぼろにしか思い出せません。逆に、猫に戻ったら人間の姿の時のことは薄っすらとしか覚えていないかもです」
「そうなんだ……」

 それで、猫のミケがキャットフードをむしゃむしゃ食べ、ネズミのおもちゃを追いかける理由が分かったような気がした。
 だから、人間の小夜子がシャワーを浴びたいというのも、理解できる。

「今日は父さんは帰りが遅いって言うから、たぶん、大丈夫」
「ありがとうございます」
「タオルは、洗面所にあるのを適当に使っていいから」
「わかりました」

 そう言うと小夜子は、まるで自分の家みたいな気安さで階下したに降りていった。いや、仔猫の姿では隅々まで勝手を知っているだろうから、それは当然かもしれないが。

・・・

 高志の部屋の真下が、浴室だ。窓の下から「ボウー」と聞こえるボイラーの音を聞きながら、小夜子のことを思っていた。
 彼女は、中学生で不慮の事故で人間としての生を絶たれてしまった。やり残したことは、「シャワーを浴びたい」という程度どころでなくたくさんあるだろう。
 生きていればもっと楽しい毎日が待っていたはずなのに、それができなくなってしまった。その未練を残してきたから、猫として生まれ変わって限られた期間だけ人間に戻れることを許されたのだろう。
 それを思うと、彼女が不憫でならなかった。せめて彼女の願いを叶えてやろうと、彼は心に決めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...