仔猫は月の夜に少女に戻る

まみはらまさゆき

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3.小夜子 家に帰る

(4)お盆の夜に

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 高志も香代も簡単に考えていたが、しかし死んだはずの小夜子を家族にどうやって会わせるかというのは実は大きな問題だった。初めて高志が小夜子を見たときのように、香代が高志から小夜子の正体はミケだと聞かされたときのように、驚き、信じられない思いを誰もがするはずだった。
 かと言って、あらかじめふたりで予告をしに行っても、怪しまれるのがオチだ。最悪、「ばかにするな!」と追い出されるかもしれない。
 しかし考えている余裕はない。下旬になれば月の出は遅くなり、小夜子と両親を会わせづらい時間になってしまう。
 そしてまた半月以上、待たなければならない。小夜子が「この世」に現れたのも父親に「ごめんなさい」を言うためならば、引き延ばしすぎるのも可哀想だった。

「お盆の晩に、みんなで行こうか」

 小夜子は、翌日には早くも提案した。彼女が言うには、お盆は死者が帰ってくる時期だと昔から言われているから、それに合わせて小夜子が現れたら家族みんなの抵抗は少ないのではないだろうか、と。

「ええっ、お盆に黄泉がえるって、ホラーの世界じゃん……かえってみんな怖がるよ」

 高志は絶句し、次いで苦笑が漏れた。香代は不服そうだった。

「そうかなぁ……名案だと思ったんだけどなぁ……」
「はい、却下!」
「でも……そのくらいのときが、ちょうどいいかも」

 ポツリと小夜子が、呟いた。「ほら見なさい」と言いたそうに、香代が高志にニヤリと笑ってみせる。
 高志は、あまり面白くない。しかし一応小夜子に訊いてみる。

「でも、なんで?」
「私の家には、ご先祖様をお祀りした仏壇があるんです。本当は遠いおじいちゃんの家にあるんですが、位牌分けしてあるんです」
「へぇ……?」
「だから、毎年お盆の入りには迎え火を焚いてご先祖様をお迎えして、それから家族みんなで庭でお食事していたんです……お食事と言っても、お好み焼きパーティーですが。そして最後は、スイカを食べて、花火をして……」

 小夜子は、どこか遠くを見るような目をして言った。家族との楽しかった日々を、頭の中で追いかけているような。
 ひょっとしたら、彼女はそこに一時いっときでも混ざりたいのかもしれないな……高志はそう思った。ならば、お盆の入りの日しか選択肢はないように思えるのだった。

・・・

 お盆の入りの8月13日、まだ夕日がギラつく時間に高志は都心のターミナルにいた。手に提げたペットキャリーには、ミケが入っていた。
 香代からペットキャリーを借りて、まだ家にいた母親には「里親候補が見つかったから」と方便を言ってミケを連れ出したのだ。
 その時、母親は表情を崩して泣きそうになった。無理もない、日中はずっとミケと遊ぶ日が続いていたから。

「ひょっとして、もう会えなくなったりする?」
「……いや、今日はただの顔合わせだから、また戻ってくるよ」
「だと良いけど……悲しいけど、いいところに行けたらいいね」

 母親は目に涙をためながら、キャリーの中のミケに声をかけた。ミケは甘えるような声で「んにゃ~ん」と答えた。
 小夜子が父親に「ごめんなさい」を言えば、またミケは帰ってくるはずだった。しかし香代のインスタグラムやTikTokにミケのことを「里親募集中!」と紹介している以上は、いずれミケはいなくなってしまうだろう。
 ミケがいなくなったら、家中が火が消えたように寂しくなるだろうなと高志は胸が痛む。このミッションが完遂できたら、里親募集を取り下げようかとも思ってみたりもする。

 グランドゴルフ同好会はお盆休みだったが、自主練習をやったらしい。その帰りに香代は駅に直行し、高志と合流。

「電車に乗ったら、家まですぐだからね。お父さんやみんなに、会えるよ」

 彼女は身を屈めてキャリーの中を覗き込み、ミケに声をかけた。ミケは信頼しきったような声で、「んにゅ~ん」と答えた。
 帰宅ラッシュの最中のほぼ満員の電車に揺られ、小夜子がいた町に到着。ちょうどその頃に日没となった。
 駅の多目的トイレが空いていたから、そこに香代がキャリーごとミケと入った。そして空のキャリーを提げた香代がひとり出てきて30秒もせずに、セーラー服の小夜子が出てきた。

「さ、急ごう」

 小夜子からキャリーを受け取った香代が促し、駅を離れる。小夜子の後輩だろう、塾帰りと思われる同じセーラー服の女子生徒ふたりとファストフード店前で鉢合わせる。
 ふたりの「あの子、誰?」「あんな子、いたっけ?」という声を背に、踏切へ急ぐ。いちいち、気にしている暇などなかった。
 踏切を渡り、刻々と宵闇が迫って街灯が点り始める道を家へと向かう。3人とも、無言だった。
 そして角を曲がれば、もうその先には小夜子が7年ぶりに帰る家だ。……しかし、角を曲がったところで小夜子の足は止まり、2、3歩進んで高志と香代も見えない糸に引っ張られるように足が止まった。

「どうしたの?」

 伏し目がちに、首を横に振りながら半歩下がる小夜子がいた。彼女の視線は高志と香代の間を抜けて、その先には小夜子の家の前で迎え火を焚く家族の姿があった。

「みんないるよ、行くのは今しかないよ!」

 香代が励ますように呼びかけたが、小夜子はなぜか角の陰に隠れた。ふたりが慌てて彼女に寄ると、身体全体を小刻みに震わせて目には涙を浮かべていた。

「やっぱり……行けない。なんでか、私自分でも分からない……」

 心の準備もろくにせずに、いきなり過ぎたか。同じようなことを香代も感じたらしく、彼女の肩を抱いて慰めるように言った。

「ごめんね。ちょっと急ぎすぎたかもね。心を落ち着かせてから、また来ようか。まだまだ月は高いところにある」

 なるほど、見上げれば南の空高くに半月が浮かんでいる。残照よりも月明かりがはっきりとした道を、駅の方に戻る。
 とりあえず、ファストフード店に立ち寄った。ちょうど、テーブル席が空いていた。
 ポテトとナゲット、そしてそれぞれ冷たい飲み物で落ち着くことにする。まだうつ向く小夜子に、香代はポテトとナゲットを近寄せて勧めた。

「高志さん、香代さん、ごめんなさい……どうしても、足が動かなくなっちゃって……」
「いいから、いいから。食べて、食べて」

 小夜子はこっくりと頷き、ナゲットをひとつつまむ。それを時間をかけて咀嚼し飲み込んでから、言った。

「やっぱり、怖かった。みんなを驚かしたら、どうしよう。それより、信じてもらえなかったら、どうしよう。もっとそれより……私のことを忘れていたら、どうしよう」
「忘れるわけ、ないでしょうが。あなたは家族みんなにとって自慢の子なんだから」

 香代は無造作にポテトを口に運び、炭酸水で流し込みながら言った。そうだ、忘れるはずがない……高志も、ナゲットを口に放りながら思った。
 小夜子が助けた子供と家族も、彼女のことを忘れずに池まで供養に来ていた。ましてや彼女自身の家族が忘れるはずなど、あるはずがないだろう。
 その時、小夜子がハッと顔をこわばらせた。不審に思って高志と香代がその視線の先へ振り向くと、大学生くらいの女性が恋人らしい男性とテーブルに向かい合っていた。
 先日、池のほとりから離れるときにすれ違った女性だった。その女性は高志たちの方を見ていたが、彼らから視線を返されていることに気づいて正面の恋人の方へ向き直った。
 しかし小夜子は、なおもその女性を見つめていた。香代が、訊いた。

「ひょっとして、あの人があなたの大親友だった人?」
「うん……マキちゃん……」

 小夜子の目は、みるみる潤んできた。それを隠すように、彼女は残ったポテトやナゲットを乱暴に口に運んだ。
 それからすぐに店を出たが、「マキちゃん」の脇を通るとき、小夜子も「マキちゃん」も、互いに視線を不自然に反らしたままだった。しかし、互いにひどく気にし合っていることは、高志や香代にもわかった。


・・・

 家への道を戻りながら、小夜子はポツリ、ポツリと言った。沈んだ、哀しい声で。

「確かにマキちゃんで、間違いなかった。……でも、私の知ってるマキちゃんじゃ、なかった。……7年の間に、彼女は大人になっていた。優しそうな彼氏もいた。……私が暗いどこかを彷徨さまよっているうちに時間は進んで、世界は変わってしまっているんだって分かった。……私が家に行けなかった理由も、だんだんはっきりしてきた」
「何を言っているの! 今度こそ、勇気を出して!」

 香代は小夜子の背中を押すように言うが、その声にはどこか力がない。そして、またあの角を曲がった。
 今度は小夜子は歩みを止めずに、家に向かった。庭には照明が出されているらしく、家の前の街路をぼんやりと照らしていた。
 近づくにつれ、笑い声が聞こえてきた。小夜子の両親と、弟の団らんの声が。

「よーし、1枚目が焼けたぞぉ」

 父親らしい声が、聞こえてきた。小夜子は一瞬、足を再び止める素振りを示したが思い切ったように歩調を速めた。
 そして……ガレージの陰で、再び足を止めてしまった。高志と香代も、同じく足を止めた。

「やっぱり……今日は、止めよう」

 小夜子は、振り向いて言った。高志には、せっかくここまで来たのに……という思いはあったし、香代だってそうだろう。
 しかし、当事者である小夜子の思いを尊重することにした。今日を逃しても、まだ別日はいくらでもある。
 小夜子はいったん塀の際まで進み、庭にいる両親と弟を覗き込んでからまた戻ってきた。そして競歩みたいな早足で、家を背にして暗い方へと歩いていった。
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