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(4)かけがえのないピース・・・もういちど鮎美目線で

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図書館から郊外までバスを乗り継ぎ、バス停前のスーパーで買い物をし、自宅に帰った時は長い初夏の夕方も終わろうとする頃だった。

新興住宅街の一角に、鮎美が生まれ育った家があった。
その家は路地の奥にあり、周りの家が小じゃれてはいるが狭い敷地に無理に建てたような2階建てのミニ住宅であるのに対して、どっしりとした平屋の和風建築だった。

ただ、全体に痛みが激しく、土壁は剥がれ落ちかけ、窓ガラスはひびをテープで留めてあるのが随所に見られる。
屋根瓦も割れたりずれたり落ちたりし、そもそも棟木が朽ちているようで屋根がところどころ歪み湾曲していた。

まさにあばら家だった。
けれども、鮎美の幼い頃の家はもっと堂々とし、手入れも行き届き、立派だった。

彼女の家はもともとは富農の類で、かなりの畑と雑木林を持っていた。
彼女が生まれる前から周辺では宅地化が急速に進展し、所有する土地を売ったり、貸したりして収入を得ていた。

暮らしは豊かというよりもむしろ、裕福であった。

すべてが一変したのは、鮎美が小学校の6年生の時・・・歳の離れた兄の利一が大学3年生の時だった。

祖父母が台湾を旅行中に客死した。
それから間もなく、父親が病気を苦にして、阿蘇の入り口の立野にある大橋・・・通称「赤橋」から身を投げた。

それから母親の様子がだんだんとおかしくなり、やがて父親と同じ場所で、自ら命を絶った。

父親も、母親も、葬式の時は、棺の蓋はピッタリと閉じられ、鮎美は両親の死に顔を見ていない。
その後半年の間に、兄妹二人が残された家に親戚一同が押しかけ、土地や預金や証券その他いろいろな財産を根こそぎ持って行ってしまい、二人には家屋敷と、わずかばかりの当座の金だけが残された。

近所で親しくしてくれていた人の勧めで、母屋を取り囲むようにしていた広い庭を整地し、貸家を建てた。
納屋や土蔵や築山のあった辺りにも家が軒を接するように建ち並び、広かった庭はほんのわずかばかりになってしまった。

貸家から得られる収入は、しかし二人が生活するには充分だった。

充分過ぎたために利一は大学を出ても働かず、遊んでばかりいた。
そして、だんだんと遊びが昂じていき、カネを湯水のように使い続け、そのため鮎美が普通に生活するにも不足する有様だった。

そのような状態であるから、家の手入れにまで手が回るはずがなかった。
もとから古い家で、手入れを怠ってはいけなかったのに、それがなくなった家はどんどんと朽ちていき、風が吹けば家全体がゆらゆらと揺れ、雨が降れば雨が漏り、歩けば床がぶよぶよにへこんだ。

鮎美は、「せめて落ちついて生活できるくらいに手入れしよう」と言っても、利一は「そんな金があるなら、飲んじゃった方がまだ人生のためになる」と手前勝手な理屈を楯に聞き入れようともせず、歓楽街に飲みに出かけるのだった。
だから鮎美が運命の「彼」からメールアドレスを受け取ったその日に帰宅した時も、ちょうど利一は悪趣味な香水の匂いをぷんぷんさせながら、家を出て行くところだった。

鮎美は、その夜も一人で食事をしながら、しかし「彼」の事を思い浮かべていた。
メールで返事を出そうにも、家に1台きりあるPCは利一のもので、鮎美は手を触れる事すら許されなかった。

だから、翌日になってから学校のPCルームから出そうと思っていた。

食事の後、床が水平より少し傾き、ちょっとかび臭い自分の部屋でジグソーパズルをしながらも、「彼」の事を考えていた。

挑戦中のパズルは山の写真で、1,800ピースを超えるやや大きいものだった。
しかし1箇所だけ、なかなか埋まらない部分があった。

空の一部分で、青っぽいピースをひとつひとつ当てはめていっても、なかなか凹凸が一致しなかった。

ひょっとしたら、製造中の事故で一片だけ抜け落ちてしまったのだろうかと思った。
前もってまとめてある、青っぽいピースの山も小さくなり、残りは10片を切った。

それでもひとつひとつ検証するように当てはめていくと、残り3片になったところで、ようやく一致するピースがあった。

(無い無いと思っていても、かけがえのない、唯一のピースはどこかにはあるんだな)

そう感じ、「彼」こそ、鮎美にとってのかけがえの無いピースなのかもしれないと、密かに思った。
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