まみはらまさゆきの短編小説館

まみはらまさゆき

文字の大きさ
1 / 9

(1)キャンプ場の少女 ★

しおりを挟む
 その時僕は10歳、小学校5年生だった。

 所属するスポーツ少年団の夏のキャンプで、Y高原に来ていた。
 前の日にはしゃぎすぎた疲れでみんなまだ眠り込んでいる頃、僕は目を覚ました。
 オレンジ色のテントの幕の向こうはすでに明るくなり、外からはカナカナゼミの鳴き声がざわめいていた。
 僕は、みんなを起こさないように静かにテントを抜けた。
 背の高い針葉樹林の中は白い霧が立ち込めていて、その霧は夜明けの光を乱反射させて輝いていた。

 僕は、湿った腐葉土の上に付けられた踏み跡をたどって、林の奥へ歩き出した。
 どれくらい歩いただろう。10分も経っていなかったかもしれない。踏み跡の向こうの霧の中に、小さい人影が現れた。
 僕は、その人影に向かって、歩みを進めた。向こうの人影も、そのまま歩いてきた。
 霧の中から現れたのは、デニム地の半ズボンに白いTシャツを着た、僕と同年代の女の子だった。
 互いに互いの姿を認めて、僕と女の子は、はっと歩みを止めた。
 色白で、丸っこい顔をして、濡れたみたいにつやつやした髪を赤いリボンでお下げにしていた。

 僕は、胸の辺りが急に締め付けられた。そんな僕の様子に気付かないのか、女の子は微笑みながら
「おはよう」
と声をかけてきた。
「・・・おはよう」
僕も、応えた。
 けれども、女の子はまた歩き出して、私の側を通り抜け、霧の中に消えていった。僕は、ぼーっとしながら、その後姿が影になり、そして白い霧の中に溶け込んでゆくのを、突っ立ったまま見ていた。
 今思えば、それが僕の初恋だった。

 それから25年。僕は、所属していたスポーツ少年団のコーチの一人として、夏のキャンプを引率した。
 あの時と同じキャンプ場。
 僕は、夜明け頃に目を覚ました。前の晩、監督や他のコーチと遅くまで焚き火を囲んで飲んでいたから、猛烈な尿意に襲われたのだ。
 テントを出てアンモニア臭いトイレで用を済ませたが、僕はテントに戻らず、あの時の踏み跡をたどっていた。遠く色あせた甘酸っぱい思い出を反芻しながら。
 霧の向こうに、人影が現れた。僕はどきりとして立ち止まった。
 白い霧の中から現れたのは、10歳くらいの少女だった。驚いたのは、その子はボーイッシュな髪をしていたが、僕の初恋の子の面影そのままだった事だ。
 うろたえる僕に、その子は「おはよう」と声をかけて、そのまま通り過ぎ、霧の中に消えていった。(了)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

処理中です...