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第一章
8.私の友達 晶side
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あー疲れたねぇ……。
本日の営業を終了しコーヒーを飲んでいるとインターホンが鳴った。看板のライトも消したがこんな遅くに一体どうしたのだろう。
晶はレースを付け直しドアを開けた。目の前に見るからにガラの悪い男性が立っている。背が高く上から晶を見下ろしたまま何も話そうとしない。銀縁眼鏡が真面目な印象を受ける。
あぁ……またか……、はいはいなるほど。
晶は大した驚きもなく挨拶をする。 どうやら幽霊界コミュニティの中でも私のことは少し話題になっているらしい。
昨日の晩遅くにサラリーマンの男性がにドアの前に突っ立っていた。彼は何も言わずに消えてしまったが……この人も成仏できなくてここに来たのだろう。とは言っても、飲み物を供えて話を聞くことしか私には出来ないのだが──。
部屋に入るよう促すと、意外そうな顔をしている。
「……驚かないのか?」
「どうして? あなたみたいな人初めてじゃないわ」
この店を開けてからもっぱら客が居なくなるとふらっと幽霊が現れて物言いたげに見つめるだけだったり、思いの丈を話す者や願いをいう者もいる。
深夜にかけて幽霊の来客が多いので晶は一日の殆どをこの部屋で過ごすようになっていた。 身体的にハードな生活だが、人だけじゃなく幽霊の成仏に繋がることが嬉しい。今までの人生でこんなに感謝されたり、生きがいを感じたことはない。 晶はこの生活に充実感を感じていた。
男の幽霊は何も言わずに玄関に入ると、革靴を脱ぎ始めた。靴底がコトンと床を鳴らす。
ん!? コトン? その音はなんだ?
幽霊は靴を脱がない。
脱いだとしても音は出ない。それらが意味する事は──この男は幽霊ではないということだ。晶は声にならない声が心の中で響き渡る。
え、この人生きてるの?
自分の勘違いに気づくと一気に寒気がした。幽霊と分かって背筋が凍る人は大勢いるが、幽霊ではないと知ってこんな反応をするのは他にいないだろう。
先程の態度を何とも思っていないのか男は椅子に座りじっと水晶玉を見つめていた。
部屋の照明がぼんやりと横顔を映し出す。
眉間のシワさえ無ければ今時の俳優のような顔をしている。占い屋に縁が無さそうだが、どうしてこんな所に来たのだろうか。そもそも占いにきたとも思えない。
「えー……それで、今日はどうされましたか?」
声が上ずらないように言えただろうか。手汗をごまかすように掌を合わせる。
「……今日は人間関係を見てほしい。どうすれば、親しくなれるのか」
「親しく、ですか?」
こんな容姿ならばそんな事に苦労しないだろう、それどころか放っておいても寄ってくるんじゃないかなかろうかと思うが……まぁ、目つきが悪いからガラが悪く見られるってこともあるかもしれない。
実際さっき薄暗かったとはいえ怖い顔のお兄さんと思ったのは確かだ。
晶は彼の周りに幽霊がいないのに気付いた。警戒して隠れているのだろう。晶は水晶玉を見つめて集中力を高めた。
すっと周りの空気が変わる感覚がした。
──来た。
ちらりと顔を上げると、隠れていた幽霊が姿を現した。
──うん。ま、そうだろうかとは思ったよ、うん……でしょうね……。
顔を上げると男の後ろに横一列にスーツを着込んだ強面の男達が並んでいた。
丸いサングラスにちょび髭がある小太りの男、そして右頰に大きい傷のある長身の男だ。
二人共半端なく見た目にパンチが効いている。そもそもなぜ目の前の男はこの若さでこんなアクの強い幽霊連れているのか。長い人生でここまで怖い顔と知り合えることの方が少ないだろう。心の中は疑問符で荒れているが外に出してはまずい。
強面コンビが晶をギロリと睨む。
『なんだこの女は胡散臭い』
『ちったぁ霊感があるみたいだな……』
恐ろしいほどの怒気を強面コンビから感じる。晶は小刻みにプルプルと首を振る。
『ボンは見た目はアレだが、純粋な心をお持ちだ。傷付けたらただじゃおかねぇ……』
『俺らが出来なくても生きてる奴等がお前を地の果てまで追うぞ、ゴラァ!』
次々にお得意の脅し文句をぶつける強面コンビに固まる。幽霊だと分かっているが半端なく恐ろしい。この客に対して随分と熱心のようだ。逆にこの男共がいるから誰とも親しくなれないんじゃないかとさえ思う。
「あの……あなたはいつも多くの方に大切に思われていると思いますが……(幽霊だけど)」
「あぁ、そうだな……」
彼は瞬きを繰り返し顎に手を触れ何かを考えるような素振りをみせる。晶を見て、何かを言いかけてやめてしまう。
『ずっと友達作りたくても作れなかったもんな、ボンは。いつも寂しそうに縁側に座ってらした……』
『家柄抜きで友になってくれる奴が居たら、ボンは今頃こんなとこでこんな事話さないで済んだよな、可哀想なボン……』
先程の勢いはどこへやら、サングラスを外しポケットからハンカチを出したり、顔を逸らし涙を堪える。あまりの変貌に晶は幽霊から目を背ける。ある意味怖すぎる光景だ。
話を聞くと目の前に座っているこの客が可哀想に思えた。こんな強そうな人が古ぼけた占い屋に頼るなんてよほど恥を忍んでの行動だと分かる。
「あなたの場合は……その、色々と自由がなかったから。でも、きっと大人になったあなたが素直な気持ちを伝えればみんな大好きになっちゃいますから……だから大丈夫です」
なんだか、つい熱が入りすぎてしまった。
この客から感じる《孤独》の色を気付かぬ振りはできなかった。
置かれた環境は違うけれど自分の事のように感じた。私は両親を交通事故でなくし、身内もいない。この世に血や魂で繋がった人がいない。
『う……なんだよ、泣かせやがる……』
『このアマ悪いやつじゃねぇよ、悪人はこんなこと言えねぇよ!』
強面コンビはとうとう涙腺崩壊したようだ。最初の強面からの崩れ感がひどすぎる。この短時間ではあったが、この人たちは顔は怖いが思いやりのある男達であることが分かる。
客はテーブルを見つめたまま何かを考えているようだ。時折困ったような表情を見せる。気のせいだろうか心なしか顔が赤いような気もする。
気付くとテーブルの向こうにいたはずの二人が私を取り囲んで睨んでいる。
『なぁ……よお、ボンの苦しみわかるだろ──』
『ボンの秘密を知ったんだから、最後まで面倒見るのが道義だよなぁ──』
『『おまえが友達になれ』』
さすが強面コンビ……声がきれいに重なった。
正直固まってしまった。なぜこんな展開になったのか……どう考えても流れ弾に当たってしまった不運な人間だった。
「あの人は誰でもいいわけじゃないですから。私みたいな者が友達になってあの人が喜ぶと思います? いや、思わない。いーや思わない」
畳み掛けるように後半は息継ぎなしで言い切る。念仏のように抑揚のない声にお客は何か呪文を唱えていると思ったのか何も言われない。
『……商売できなくなるように色々手回ししてやるぜ。』
『毎晩枕元に立ってやるよ、ずーっとな』
全く笑えない冗談だ。この二人がやると言ったらやりそうだ。やっと手に入れた平和な暮らしを台無しにされたくない。一瞬にして恐怖から怒りにシフトした晶は目頭が熱くなる。
顔を上げた客が晶の顔を見てぎょっとした表情を見せる。
「……え? なんで……」
晶は何も言わずに立ち上がると彼の手を握った。少し強面コンビへの怒りが含んでいるので握力が強かったかもしれない。 客の男は戸惑った様子で晶の顔と握られた手を交互に見ている。
「……わかりました」
横に立つ幽霊共に宣言する。
「……代わりになれないかもしれませんが、私を友だと思ってください! いえ、友になりましょう!」
このセリフだけ聞いた人はなんて情熱的な人だと思われるだろう。まさか、こんなバックヤードが有るとは夢にも思うまい。
客は急な展開にどうしていいか分からないようで呆然としていた。
様子を見ていた強面コンビが笑顔がないだの、親友ってフレーズが俺は好きだなど細かい注文を言い出した。晶は無視を決め込むと握る手を強めた。
本日の営業を終了しコーヒーを飲んでいるとインターホンが鳴った。看板のライトも消したがこんな遅くに一体どうしたのだろう。
晶はレースを付け直しドアを開けた。目の前に見るからにガラの悪い男性が立っている。背が高く上から晶を見下ろしたまま何も話そうとしない。銀縁眼鏡が真面目な印象を受ける。
あぁ……またか……、はいはいなるほど。
晶は大した驚きもなく挨拶をする。 どうやら幽霊界コミュニティの中でも私のことは少し話題になっているらしい。
昨日の晩遅くにサラリーマンの男性がにドアの前に突っ立っていた。彼は何も言わずに消えてしまったが……この人も成仏できなくてここに来たのだろう。とは言っても、飲み物を供えて話を聞くことしか私には出来ないのだが──。
部屋に入るよう促すと、意外そうな顔をしている。
「……驚かないのか?」
「どうして? あなたみたいな人初めてじゃないわ」
この店を開けてからもっぱら客が居なくなるとふらっと幽霊が現れて物言いたげに見つめるだけだったり、思いの丈を話す者や願いをいう者もいる。
深夜にかけて幽霊の来客が多いので晶は一日の殆どをこの部屋で過ごすようになっていた。 身体的にハードな生活だが、人だけじゃなく幽霊の成仏に繋がることが嬉しい。今までの人生でこんなに感謝されたり、生きがいを感じたことはない。 晶はこの生活に充実感を感じていた。
男の幽霊は何も言わずに玄関に入ると、革靴を脱ぎ始めた。靴底がコトンと床を鳴らす。
ん!? コトン? その音はなんだ?
幽霊は靴を脱がない。
脱いだとしても音は出ない。それらが意味する事は──この男は幽霊ではないということだ。晶は声にならない声が心の中で響き渡る。
え、この人生きてるの?
自分の勘違いに気づくと一気に寒気がした。幽霊と分かって背筋が凍る人は大勢いるが、幽霊ではないと知ってこんな反応をするのは他にいないだろう。
先程の態度を何とも思っていないのか男は椅子に座りじっと水晶玉を見つめていた。
部屋の照明がぼんやりと横顔を映し出す。
眉間のシワさえ無ければ今時の俳優のような顔をしている。占い屋に縁が無さそうだが、どうしてこんな所に来たのだろうか。そもそも占いにきたとも思えない。
「えー……それで、今日はどうされましたか?」
声が上ずらないように言えただろうか。手汗をごまかすように掌を合わせる。
「……今日は人間関係を見てほしい。どうすれば、親しくなれるのか」
「親しく、ですか?」
こんな容姿ならばそんな事に苦労しないだろう、それどころか放っておいても寄ってくるんじゃないかなかろうかと思うが……まぁ、目つきが悪いからガラが悪く見られるってこともあるかもしれない。
実際さっき薄暗かったとはいえ怖い顔のお兄さんと思ったのは確かだ。
晶は彼の周りに幽霊がいないのに気付いた。警戒して隠れているのだろう。晶は水晶玉を見つめて集中力を高めた。
すっと周りの空気が変わる感覚がした。
──来た。
ちらりと顔を上げると、隠れていた幽霊が姿を現した。
──うん。ま、そうだろうかとは思ったよ、うん……でしょうね……。
顔を上げると男の後ろに横一列にスーツを着込んだ強面の男達が並んでいた。
丸いサングラスにちょび髭がある小太りの男、そして右頰に大きい傷のある長身の男だ。
二人共半端なく見た目にパンチが効いている。そもそもなぜ目の前の男はこの若さでこんなアクの強い幽霊連れているのか。長い人生でここまで怖い顔と知り合えることの方が少ないだろう。心の中は疑問符で荒れているが外に出してはまずい。
強面コンビが晶をギロリと睨む。
『なんだこの女は胡散臭い』
『ちったぁ霊感があるみたいだな……』
恐ろしいほどの怒気を強面コンビから感じる。晶は小刻みにプルプルと首を振る。
『ボンは見た目はアレだが、純粋な心をお持ちだ。傷付けたらただじゃおかねぇ……』
『俺らが出来なくても生きてる奴等がお前を地の果てまで追うぞ、ゴラァ!』
次々にお得意の脅し文句をぶつける強面コンビに固まる。幽霊だと分かっているが半端なく恐ろしい。この客に対して随分と熱心のようだ。逆にこの男共がいるから誰とも親しくなれないんじゃないかとさえ思う。
「あの……あなたはいつも多くの方に大切に思われていると思いますが……(幽霊だけど)」
「あぁ、そうだな……」
彼は瞬きを繰り返し顎に手を触れ何かを考えるような素振りをみせる。晶を見て、何かを言いかけてやめてしまう。
『ずっと友達作りたくても作れなかったもんな、ボンは。いつも寂しそうに縁側に座ってらした……』
『家柄抜きで友になってくれる奴が居たら、ボンは今頃こんなとこでこんな事話さないで済んだよな、可哀想なボン……』
先程の勢いはどこへやら、サングラスを外しポケットからハンカチを出したり、顔を逸らし涙を堪える。あまりの変貌に晶は幽霊から目を背ける。ある意味怖すぎる光景だ。
話を聞くと目の前に座っているこの客が可哀想に思えた。こんな強そうな人が古ぼけた占い屋に頼るなんてよほど恥を忍んでの行動だと分かる。
「あなたの場合は……その、色々と自由がなかったから。でも、きっと大人になったあなたが素直な気持ちを伝えればみんな大好きになっちゃいますから……だから大丈夫です」
なんだか、つい熱が入りすぎてしまった。
この客から感じる《孤独》の色を気付かぬ振りはできなかった。
置かれた環境は違うけれど自分の事のように感じた。私は両親を交通事故でなくし、身内もいない。この世に血や魂で繋がった人がいない。
『う……なんだよ、泣かせやがる……』
『このアマ悪いやつじゃねぇよ、悪人はこんなこと言えねぇよ!』
強面コンビはとうとう涙腺崩壊したようだ。最初の強面からの崩れ感がひどすぎる。この短時間ではあったが、この人たちは顔は怖いが思いやりのある男達であることが分かる。
客はテーブルを見つめたまま何かを考えているようだ。時折困ったような表情を見せる。気のせいだろうか心なしか顔が赤いような気もする。
気付くとテーブルの向こうにいたはずの二人が私を取り囲んで睨んでいる。
『なぁ……よお、ボンの苦しみわかるだろ──』
『ボンの秘密を知ったんだから、最後まで面倒見るのが道義だよなぁ──』
『『おまえが友達になれ』』
さすが強面コンビ……声がきれいに重なった。
正直固まってしまった。なぜこんな展開になったのか……どう考えても流れ弾に当たってしまった不運な人間だった。
「あの人は誰でもいいわけじゃないですから。私みたいな者が友達になってあの人が喜ぶと思います? いや、思わない。いーや思わない」
畳み掛けるように後半は息継ぎなしで言い切る。念仏のように抑揚のない声にお客は何か呪文を唱えていると思ったのか何も言われない。
『……商売できなくなるように色々手回ししてやるぜ。』
『毎晩枕元に立ってやるよ、ずーっとな』
全く笑えない冗談だ。この二人がやると言ったらやりそうだ。やっと手に入れた平和な暮らしを台無しにされたくない。一瞬にして恐怖から怒りにシフトした晶は目頭が熱くなる。
顔を上げた客が晶の顔を見てぎょっとした表情を見せる。
「……え? なんで……」
晶は何も言わずに立ち上がると彼の手を握った。少し強面コンビへの怒りが含んでいるので握力が強かったかもしれない。 客の男は戸惑った様子で晶の顔と握られた手を交互に見ている。
「……わかりました」
横に立つ幽霊共に宣言する。
「……代わりになれないかもしれませんが、私を友だと思ってください! いえ、友になりましょう!」
このセリフだけ聞いた人はなんて情熱的な人だと思われるだろう。まさか、こんなバックヤードが有るとは夢にも思うまい。
客は急な展開にどうしていいか分からないようで呆然としていた。
様子を見ていた強面コンビが笑顔がないだの、親友ってフレーズが俺は好きだなど細かい注文を言い出した。晶は無視を決め込むと握る手を強めた。
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