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第一章
26.会いたい
しおりを挟むあれから遅ればせながら恋心を意識して、俺はまだメゾンに会いに行けていない。
少しメゾンの元へ通いつめていたせいで仕事が溜まっていたらしくヤスから軟禁状態を喰らっている。忠実な側近だが仕事の鬼でもある。そういう時のあいつには逆らえる気がしない。
あの女の言う通り俺はメゾンが好き……かもしれない。 現に会えていない今、かなり心がざわつく。
そうするとかなり大きな問題がある。それはメゾンがヤクザを大嫌いだということだ。
メゾンは俺をただの友達と思っているし、尚且つ俺はヤクザ……しかも跡取りの……。恋心を告白してもメゾンはまちがいなく離れていってしまうだろう。組の事務所で溜まった書類を処理していると気が晴れるどころかイライラが募っていく。
「若、どうぞ」
テーブルにコーヒーが置かれる。いつもはブラックなのになぜか皿の上には角砂糖が二個転がっている。
「甘いのもたまにはいいですよ」
ヤスがそう言うと自分の席へと帰っていく。拳人は角砂糖を一つコーヒーカップの中に落として飲んでみた。最後にメゾンと会った日からもう一週間が過ぎていた。
今日こそ、メゾンに会いに行こう。
拳人は目の前の書類を手に取りすばやく目を通す。ヤスはその姿を微笑ましく見つめていた。
その日の晩に、先月オープンさせた居酒屋の新メニューの試食をすることになった。
ようやく終わり外に出ると時計の針が十一時を指していた。今夜は諦めるしかない。さすがにこの時間だと部屋に戻って休んでいる時間帯だろう。連絡しようにもメゾンは携帯電話を持っておらず、店にある固定電話のみで生きている今時珍しい人種だった。
「……若、帰りましょうか?」
後ろに立っていたヤスが控えめに声をかける。
「……あぁ……」
車に乗り込むと拳人はネクタイを外し襟元を緩める。
メゾンにまだ自分の気持ちは伝えるつもりはないが、先に本当の俺を知ってもらう必要がある。まずはヤクザでも友達になってもらえるようにして行く必要がある。受け入れて、くれるだろうか……。ふと窓の外を見ると、見慣れない風景が続く。屋敷に戻るには遠回りだ。
「ヤス、道が違うぞ」
車がすいすいと細い路地に入っていく。その道は拳人がメゾンに会いに行くために一人でよく使う道だった。
「──お前」
「すみません……出過ぎた真似を……」
ヤスがルームミラーでこちらを見ると、申し訳なさそうに頭を下げる。車が止まると目の前にはメゾン・クリスタルがぼんやりとした照明に照らされている。
「悪い……少しだけ、待っててくれ」
拳人はドアを開けてヤスに声をかけると静かに階段を上る。拳人はヤスの粋な計らいに感謝しながらも、突然の事で心の準備が出来ておらず頭に言葉が浮かんでは消えを繰り返していた。
二階の踊り場に着くと、店の電気は消えていたが、住まいの部屋からぼんやりとした灯りが窓から漏れている。迷いながらもインターホンを押してみた。
何度か押してみたが反応がない。こんな時間にどこへ行ったのだろうか……。拳人は諦めてヤスが待つ車へと戻った。寂しい気持ちが拳人の心に下りてくる。
「悪い、待たせたな」
あまりにも早く戻ってきたのでヤスは驚く。拳人の表情を見て会えなかったのだと察知すると、優しく微笑んだ。
「いえ……また明日にでも送ります」
背もたれに体を任せると拳人はそれを断る。
「いや、俺が一人でいく……それがいい」
ヤスは車のエンジンを掛けて屋敷へと戻る。ここから屋敷までは車で十分ほどで着く。
ん? なんだ?
車を停めようとした時に、屋敷の前に怪しい人影を見つけた。電信柱に隠れて屋敷を偵察しているようだ。
「ライトを消せ」
車のヘッドライトを消してしばらく様子見る。ここから見る限り一人らしい。
「取っ捕まえますか?」
「中にいる奴に連絡しろ。裏口に待機させておけ」
ヤスが手際よく携帯電話を取り出し連絡を取る。屋敷の周りをうろつく男を逃すまいとヤスも屋敷内にいる男たちも息を潜めながら暗闇の人物を睨んでいる。
数分後、男が動き出した。 どうやら組の正門に向かっているらしい。
ヤスがすぐさま反応し、曲がり角を曲がる。男が何かを郵便受けに投函するのを確認しこちらに帰ってくる。
すぐにハイビームで男の姿を照らすと眩しそうに顔を背ける。ヤスが車から降り威嚇すると逆方向へと男は逃げていった。
もちろんこうなることを予想して逃走方向の裏口に人を置いてある。恐らく直ぐに確保の連絡が来るだろう。予想通りすぐにヤスの携帯が鳴りだした。
「……なに? ふざけんな! 一本道だろうが! 探せ!」
ヤスが声を荒げて電話を切る。
「……消えました」
「普通のコソ泥じゃあねぇな」
拳人は車から降りると郵便受けから真っ白い封筒を出す。
「──これは……」
中から写真数枚と詳細が書かれた紙が出てきた。カモフラージュのためか筆跡がかなり丸字で書かれていた。ハイライトを当てた時の男とはかけ離れている筆跡に拳人は訝しげな表情をみせた。
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