上 下
100 / 116
第一章 

100.襲撃

しおりを挟む
 太一は部屋を出ると当直室へと向かった。数の少ない個室を面会謝絶で潰すのはここの医者が若林組と深く繋がっているからだろう。通常ではあり得ない。

 ドアを開けると小さな簡易用ベッドに眠る熊田の姿があった。太一の足音に気がつくと熊田はすぐさま目を開けた。医者という職種柄元々睡眠が浅いのだろう。ジャージ姿で立ち上がると周りを見渡す。

「だ、誰だ……!」

 消灯時間に出歩いているものはいない、ましてや部外者は当然いない時間だ。

「こんばんは、面会謝絶の友達に会いに来たんだけど留守で……どうしようかなって思って……」

 面会謝絶……あの子を襲った犯人か?

 熊田は即座に状況を理解すると太一の手元を見た。武器も持っていない。体の細さを見てこれなら押さえ込んで取り押さえれるだろうと様子を伺う。

 さすが元ラガーマンだ……獲物を狙うように身を屈めた。じりじりと太一に詰め寄る。太一は熊田の考えが読めたようで嬉しそうにその姿を見る。

「……へぇ、随分と度胸の座ったお医者様だ。熊田……なるほど熊田病院か。──ねぇ、捕まえてて」

 熊田の胸にある名札を見て太一は頷く。太一が視線を移した瞬間、熊田は太一の体に飛びかかった。

「…………?!」

 熊田は一歩足を前に出したまま体が動かなくなった……体だけじゃない、声すらも出ない。必死でもがいてみたが、自分の体ではないようだ。

 な、なぜ?なぜ動けないんだ。声が……。

「あ、安心して、ただの金縛りだから」

 熊田の横を通り過ぎると太一は部屋の机に置かれた荷物を全て床に落とす。多くの物が無残にも床へとばら撒かれた。物が床に落ちて割れる音が響いた。
 引出しの中の小さな籠の中に痛み止めの薬とカルテが入っているのが見えた。そのカルテを手に取ると熊田の瞳が大きく開かれるのが見えた。

「みっけ……」

 太一が嬉しそうな顔をした。まるで、おもちゃを買ってもらった子供のような無邪気な笑顔に熊田は恐怖を感じた。

 若林 晶

「晶、アキラ──あぁ、メゾン・クリスタルか」

 太一は謎解きが成功して指を鳴らす。

「結局、若林をつぶしてからじゃなきゃ子猫は手に入らないようだね、行こう……」

 太一が部屋を出ようとすると足元に転がる割れたペン立てを見て足が止まる。

「金縛りを解いてくれる……?」
「う、あ──」

 太一の言葉に熊田がその場に崩れ落ちる……。まだうまく体が動かない……何者かに上から押さえつけられているようだ。

「ねぇ、これ誰が作ってるの?」

「……な、何をだ?」

 太一が割れたペン立ての底を熊田の目の前に差し出す。

「これだよ。誰からもらったの?」

「それは、高人だ。若林高人、現若林組の組長の作品だ。厄払いにもらって──」

 太一は熊田の頭を靴底で蹴ると熊田はそのまま意識を飛ばした。太一は重たい足取りで部屋の外へと出て行く。
 事が済んだ田崎が部屋の前に現れた。

『太一、急げ……暴れすぎだ。人が来る』

「うん……そうだね」

 太一は床に散らばったペン立ての破片を見て悲しげに笑った。
 手に握られたペン立ての欠片には太陽に照らされた小さな花が刻印されていた。
しおりを挟む

処理中です...