財閥の犬と遊びましょう

菅井群青

文字の大きさ
52 / 131

52.そばにいる

しおりを挟む
 雫の言葉に動揺したのも束の間……握られた手を横に突き出すと雫はワルツを踊り始めた。ステップの基礎もなっていない、ただ相手を酔わせるようなダンスをする。操り人形のように付き合わされた誠大は我慢しきれず雫の頭を殴った。

「何するんですか!? 痛いじゃありませんか……」

「頭の中お花畑な人間には一喝が必要だ」

「分かってますよ、分かった上でお願いしているんじゃありませんか」

 誠大の腕に縋り付こうとする雫の頭をもう一度叩いた。ソファーに深く腰かけると大きく息を吐く。さっきから溜息ばかりが漏れる……。雫はメイド服の前掛けを摘んで屈むと首を傾げた。貴族らしい挨拶をしているつもりらしいが残念ながら間違っている。

 雫は美智からもしかしたら自分も舞踏会に呼ばれるかもしれないと聞いた。雫が来なければ天洋がどんな行動に出るか読めないと木戸が話していたらしい。その時点で雫の心はもう決まっていた。いや、体はもう決まっていた。さっきから誠大の手を取り社交ダンスの真似事をしていた。

 『誠大さま……恋人にしてください』

 誠大の耳に先程の雫の言葉が呼応する。勘違いとはいえその言葉に心臓が不具合を起こしたのかと思った。時間がたった今でも胸の鼓動が酷い。

「ほら、私も踊れます。連れてってくださいよぉ、綺麗なドレスを着て踊りたいんです……」

「だ・め・だ。人の話を聞いているのか? 晒し者になると言っているだろう! それに……いや、何でもない」

 誠大は雫を連れ立って会場に行けば針の筵どころか欲深い人間たちの餌食になりそうで怖かった。そして雫の人生を大きく変えることに躊躇いを感じていた。雫はお人好しだ。人間は皆根底には良心があり、本物の悪人はいないと思っているような人間だ。

 深く、傷付くだろう……。馬鹿なぐらい優しい奴だからな。……天洋に馬鹿な真似をさせないためだけにそんな危険な目に合わせていいのか……。

 雫は誠大の隣に腰掛けると両手をすり合わせた。

「誠大さま今度煌びやかなパーティに連れてってくれるって言っていたじゃありませんか……。皆私のことなんて分かりませんよ。一度だけ行ってみたいんです。恋人としてエスコートしてくれたら……その、一生の思い出になりますから!」

「ただのパーティじゃない、舞踏会だ。あの天洋に会うんだぞ? ──いや、やっぱりダメだ。しばらくアメリカに飛べ。それが良い。天洋のパスポートを利用停止にして──」

 誠大は立ち上がると部屋を出て行こうとする。雫は必死に腕にしがみ付いた。その表情にはもう笑顔は無かった。

「大丈夫です。本当に……。私ここにいたいんです。天洋さまを遠ざける為にそれが良いって聞きました。今まで受け身で、逃げてばかりの人生でしたけど……ここにいてもいいですか? 迷惑かもしれませんが、恋人として連れて行ってくれませんか?」

「迷惑な……訳ないだろう。お前は俺の、調教師なんだから──おい、手を貸せ」

 雫の手を取ると体を引き寄せ腰に手を回した。まるでダンスを踊るように二人は見つめ合う。雫は目をパチクリとさせて誠大の美しい唇に目をやった。

「君の身元が割れないように手を回して、同じ会場に木戸と源を潜り込ませる。……いいか、俺がそばにいる。だから……俺の恋人として来てくれ」

「は……い。ありがとうございます……誠大さまの恋人役だなんて……ふふ、光栄ですね!」

 雫は誠大の真剣な瞳に吸い込まれそうだった。心臓が大きく跳ねたのが分かった。雫がいつもの調子ではしゃぎ始めると誠大はほくそ笑んだ。誠大は胸元から携帯電話を取り出すと電話を掛けた。

「悪い。今すぐ牡丹の間に来てくれ。あと女性の靴を用意してくれ……あぁ、行く事に決まった」

 郡司に連絡が済むと雫の肩を優しく叩いた。悪魔のような微笑みに雫は身の危険を察知した。

「俺様の初めてのパートナーになるんだ。もちろん恥をかかせる気じゃないよな? ダンスやテーブルマナー、所作まで……徹底的に覚えもらおうか。一つの妥協も許されないぞ。それまでは君の調教の時間はお休みだ……いいな?」

「へ? いや、舞踏会ってあと一週間もない……え、ええ!? ちょ、ちょっと! 誠大さま! 待ってぇぇ……」

 誠大は困惑する雫を置いて部屋を出て行った。その口元は緩んでいた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

国宝級イケメンとのキスは最上級に甘いドルチェみたいに、私をとろけさせます

はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。 ★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください ◆出会い編あらすじ 毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。 ◆登場人物 佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動 天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味 お読みいただきありがとうございます! ★番外編はこちらに集約してます。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517 ★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

会長にコーヒーを☕

シナモン
恋愛
やっと巡ってきた運。晴れて正社員となった私のお仕事は・・会長のお茶汲み? **タイトル変更 旧密室の恋**

処理中です...