100のキスをあなたに

菅井群青

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8.居残り練習

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 蒸し暑い体育館で俺はコートの半面だけ照明を点けてスリーポイントシュートの練習を行っていた。
 他の部員がいなくなった体育館にはシューズが床と擦れた時に出る甲高い音と、ボールの弾む音、ボールが綺麗に入った時の網が擦れる音だけが支配している。

「おーい、翔! まだやんのか?」

 体育館のドアから制服に着替えた部の友人が声をかけてくれた。俺は「もう少し」というと大きく手を振り別れを告げる。

 何回か繰り返していると手元のボールがなくなり、仕方なく拾い集めに行く。
 ゴールの周りには多くのオレンジのボールたちが転がっており拾いにくい。案の定一つ取ろうとすると足に当たりコロコロと転がっていってしまった。

 転がったボールの先に人影があった。いつからいたのだろう、女子バスケ部のキャプテン桜井がそこにいた。俺と同じ学年で、同じくキャプテン……よく顔を合わしているがなぜかこの学校のバスケ部の男女は仲が良くない。なんとなくお互い必要最低限しか話さないようになっているが、入学当初は同じクラスで話すことも多かった。やはり環境というのは人間関係をいとも簡単に変えてしまうらしい。

「また居残り?」

「まぁな」

 桜井がドリブルをしながらゆっくりと俺の元へとやってきた。さっきまで部活をしていたからだろう、制服を着た桜井は額から汗が出ていた。顔のまわりについた髪の毛やうなじに目がいってしまってバレぬように視線を外す。

「勝負しようか、なんかジュースでも賭けようか」

 突然の提案におれは驚いた。桜井がこんなこと言うなんて思ってもみなかった。俺は二つ返事で落ちていたボールを拾い集め、線の上に立つ。三回勝負だ──。

 桜井はスリーポイントが得意なことを知っていた。試合でもきれいに決める姿を見て何度俺もあんな風にシュートを決めたいと思ったことか。他の部員が義務的に応援する中……実は俺は桜井ばかりを目で追っていたことは誰も知らない。

 シュッ

「成功」

 ダン……シュ

「うわ、あっぶねっ」

 お互い交互に入れていく。きれいに入る桜井に対し危なげな俺。それでもラスト一投になった。これまで互角だ……これで決まる。

 ザッ

「おっしゃ!」

 俺は今までの中できれいにボールが吸い込まれ歓喜の声を上げる。その横で桜井が何度がボールをついた後放物線を描きシュートを打つ……。

 ガン

 うそだろ、まさか……。

 桜井が外した。思いっきり跳ね返ってどこかへとボールが転がっていく。桜井は悔しそうにため息をつく。緊張していたのだろう、手をぶらぶらと振り高まっていた緊張を取っている。

「さ、何にするスポドリ? コーラ? イチゴオーレは校舎だから面倒だからやめて」

 なぜ桜井は俺が大好きな飲み物を知っているのだろう。

「なんでもいいなら……」

 おれは桜井へと近づいていく。桜井は身長が一七〇センチ近くあるが、俺はそれよりも少しだけ高い。目の前に桜井の戸惑う顔がある。目が泳ぎ状況を必死で確認している。

「キス……していいか?」

 桜井の返事は言葉ではなかった。突然、自分の唇を俺に押し付けた。突然の感覚に俺は目を閉じることもできずに近くに感じる桜井の存在を噛み締めていた。

 桜井が唇を離すと俺の顔をみてクスッと笑った。

「私が勝ってもおんなじ事言おうと思ってたけど……やっぱり言われる方が嬉し──」

 桜井の続きはもう言えない。俺は桜井の濡れた髪に触れキスをした。
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