100のキスをあなたに

菅井群青

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20.卒業式の日

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 今年の桜は優秀だ。
 入学式に開花を合わせるのではなく、私のために卒業式に満開を合わせてくれていた。
異常気象というのも、たまには意外なご褒美をくれるものだと感心する。

 今日で三年間通ったこの学校とももうお別れだ。楽しかった思い出ばかりだ……気の会う友人や、汗と涙を共に流した部のみんな、そして──。

「おい、どこにいた。みんな帰っちゃったぞ」

 仏頂面して声をかけてきたのは高校三年間一緒のクラスだった町田尚之だ。

 一年生の時に彼の真後ろの席になった。彼から回ってきたプリントを受取るのをドキドキしていたことを思い出す。彼が時々プリントを回そうとしているのを気づかないふりをしてノートを見つめていると「おい、プリント」と言ってこちらを振り返ってくれた。
 
 その横顔が好きだった。その席になってすぐ恋をしていたのだと思う、町田に──。

 私のそばにくると彼の頭に桜の花びらが付いている事に気付き、私はそっと腕を伸ばした。一瞬町田は何をされるのか分からず身を硬くしたが素知らぬふりをした。

「ほら、花びら」

 髪に触れ花びらを掴むとそっと指を離した。

 私の手を離れたピンクの淡い花びらはひらひらと舞いゆっくりと地面に落ちていった。その様子を見ていると町田が私の頭に触れた。

「……ついてる──」

「どこ?」

 町田が私の頭に触れ、そのまま髪をなぞり、顎へと指でなぞる。くすぐったい感覚に思わず目を細めると町田はじっと口元から目を離さない……。

 ゆっくりと身を屈めると町田は私の唇にキスをした。直ぐに離れてしまったので一瞬何が起こったのか分からなかった。

 目の前の町田は顔が赤かった。

「……最後の最後でいなくなるなよ」

「ごめん」

 いつも近くにいたのに急に私が卒業式にいなくなった事を言っているのだろう。私はいつも町田の後ろにいるから。

 私は背伸びをして町田の胸に両手を添える。そっとキスをする……風が吹き桜の花びらが二人の頭に落ちてきた。

 町田は嬉しそうに私を引き寄せた。

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