100のキスをあなたに

菅井群青

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47.ジム

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 ジムでバイトをしていいことがある。

 一つは、トレーニングマシン使い放題、二つは勉強になるし自分も鍛えられる。三つ目は……好きな人に会える。

「田所くん、今あがり?」

「あ、お疲れ様です。先輩は今からでしたっけ?」

 同じ紺色のユニフォームを着た楓先輩がスタッフルームへ入ってくる。茶色の髪を一つに纏めている。楓先輩は俺よりも一年前からこのスポーツジムでバイトをしている。爽やかで笑顔がステキな人だ。そして俺はこの人に片思いをしている。

「いまからストレッチポールの掃除よ、田所くんまだあと十分ぐらい時間あるでしょ? 手伝ってよ」

 楓が時計を見て悪そうに微笑む。確かにあと十分残っている……。もうスタッフルームへと下がろうとしていた田所は慌てて首を振る。

「いやいや、まだ帰るには早いですよ! よちろん、手伝わせてください」

 俺は楓先輩と倉庫へと向かった。

 カチ

 壁の電気をつけると天井の電気が点滅している。どうやら蛍光灯の寿命らしい。

「んもう、ついてないわね……」

 そのままハシゴを用意して在庫の蛍光灯を探す。数年前に店長が大特価で蛍光灯を大量買いしたらしいがまさかこんなにLEDが普及してしまうとは思っても見なかっただろう。因みにあと十本はある。

「俺がしますから、先輩、蛍光灯渡してください」

「お願いね、やっぱり良かったわ田所くんに来てもらって」

「虫の知らせかしらね」と言いながら楓は新しい蛍光灯の封を開ける。

 そのまま俺はハシゴに登ると蛍光灯を変える。

「よし、と……」

「ほら……」

 無事に取り替えることができた。降りるときに不安定なので楓が手を貸す。田所はドキッとしながらハシゴを降りていく。感情が顔に出ていないか心配になる。

「……田所くん、ジムでバイトし始めて腕の筋肉太くなった?」

「え? あ……そうかもしれないです、自然と」

「……きれいね」

 楓は田所の腕を撫でる。思わず鳥肌が立つ。

「あ、あの……」

「……うん?」

 気付くと楓が至近距離にいた。

近過ぎる……。田所が思わず後ずさりするとその距離を楓が詰める。近くに感じる楓の温もりに息を飲む。

「可愛い……」

 楓は田所の肩を掴むとあっという間に唇を奪う。突然のことに驚き反応できないでいると楓が楽しそうに笑った。

「田所くん、私のこと好きでしょう。仕事中もずっと見てるし」

「あ、それは、その──」

「なのに、何にもアプローチもないんだもん、我慢してたけど……」

 楓は満面の笑みを浮かべ、そのままドアの方へ向かうと倉庫の鍵を閉めた。

 ガチャン

 動揺した田所の瞳が揺れる。

「さ、掃除を軽くだけ、しましょ」

 楓が田所に噛み付くようにキスをした。
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