100のキスをあなたに

菅井群青

文字の大きさ
上 下
85 / 101

85.ベランダ

しおりを挟む
 冷蔵庫からいつものように缶ビールを取り出すとベランダの扉を開けた。
 温かい室内からベランダに出ると一気に冷気に包まれる。最近はこうして火照った体を冷やすようにベランダで飲む。そうしていると一日あった出来事や考え事を整理出来る。

 プシュッ──。

 ビールの栓を開け一口飲む。

 今日は怒られちゃったな……、あぁ、大輝にも迷惑かけちゃったな……あぁ……。なんで俺頭悪いんだろう……あぁ……。

 ベランダの扉が開く音が聞こえたが洋介は振り返ることができない。後ろからブランケットをかけてくれたのか温かい物に包まれた。心が弱っている時に温かいものは涙腺が緩みそうになる。

「ココア、飲みたい?」

 隣には風呂上がりの弘子が立っていた。手には湯気の立ったカップが握られている。

「……欲しい」

「ん……どうぞ」

 弘子は俺の手から冷たい缶ビールを取ると代わりにココアを手渡した。冷たかった手のひらに温かいものが包まれた。

 一口飲もうとするが熱くて飲めない。

「あちち……」

「猫舌なのに、バカね……貸して」

 弘子はココアを自分の方へ引き寄せるとふうっと息を吐き冷ましてくれた。

 その口元を見つめていると弘子がそれに気付いて笑う。そのまま引き寄せて口付ける。弘子のキスはココアの香りがする。

 温かいな……じんとくるな……ずっとこうしてたいな……。

「はい、ココア」

「ありがとう」

 ココアを飲むと弘子が笑った。

「悩んでるんなら部屋で考えれば? 寒いんだし」

「弘子の仕事の邪魔したくない」

「誰が邪魔って言ったの?」

 弘子はバリバリのキャリアウーマンだ。時折仕事を持ち帰る。こんな仕事で落ち込む俺と同じ部屋にいると嫌だろう。決して劣等感があるわけではない。仕事に燃える弘子は最高だ。そんな彼女に惚れて結婚した。

「もう少しここにいるよ……ベランダが落ち着くんだ」

「そう? 部屋に入ればいっぱいチューしてあげようかと思ったけど、残念ね。じゃ──」

「入ります」

 即答し、すぐさま部屋に戻ろうと扉に手を掛ける俺を見て弘子が笑った。
しおりを挟む

処理中です...