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熱
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車の揺れで菜月は目を覚ました。
いつのまにか寝てしまっていたらしい。慌てて体を起こすと横で運転中だった矢田が声をかける。
「起きた?もうすぐ寺田の家だから」
「え? もう家に着くの?」
随分と眠ってしまっていたようだ。胸の前にはいつのまにか矢田の上着が掛けられていた。温かく感じていたのはこのおかげだったのだと気付く。
近くで感じる矢田の香水の香りに一瞬めまいがした。今は自分のシャツにまで染み込んでいる気がして動揺する。
「ごめん、私──」
「いいって、あ、ここ右曲がるんだっけ?」
以前同僚達とバーベキューに行った時に送ってもらったことを思い出す。覚えていてくれていたことが嬉しい。
外はまだ雨が降り続いている。先ほどの激しさはないがワイパーの速度はまだ最大だろう。
菜月はマイカー通勤なのでアパートの前に駐車場を借りていた。今は会社に置きっぱなしなので当然空いている。
「私の車会社だから、この車明日私が運転して行こうか? 矢田くん今からこの車会社に置きに行くんでしょ?」
矢田は確か電車通勤だ。このまま家に帰っても自分の車があるので停める場所はないはずだ。
「いや、でも──」
「大丈夫。私が矢田くんを家まで送るから」
菜月の言葉に矢田が「だめだ、危ない」と言って止める。
確かにこの雨だと家まで送るのも、そこからまたここへ戻るのも危ない。
とりあえずどうするか決めるためアパートの駐車場に停めてもらった。サイドブレーキをかけると矢田は緊張が解けたのかホッとした表情を見せた。
気のせいだろうか、顔色が悪い。菜月がそっとその頰に手を当てる。矢田は視線だけこちらに向けるが体は動かさない。突然の事に驚いているようだ。
矢田の頰は燃えるように熱かった。
熱が出ている。
「矢田、くん……熱が──」
「いや、大丈夫だ。少しだけ寒気がするだけで帰って寝ればすぐに──」
菜月はすぐさま車を降りて、後部座席に置いた矢田と自分の荷物をアパートのドアの前に置く。
「ちょ、寺田! 何やってんの!」
「こんな高熱で何言ってんの、いいから部屋に来て。雨が止むまで時間あるし、服も乾かせばいいよ。遠慮しないで、私達同期でしょ」
矢田に気を使わせないように言った言葉に少しだけ傷つく。
──同期。
良くも悪くもない関係だ。
時には警戒心を解かせる言葉になり、時にはそれ以上の関係に進めないことを表したようなそんな言葉だ。
運転席でそのまま様子を見ていた矢田は諦めたように車から降りこちらへと走ってくる。
どうにか説得できたようだ。少し走っただけで体が辛そうだ。急いで菜月はカバンの中から鍵を取り出し玄関のドアを開けた。
「さ、遠慮しないで入って……」
「お邪魔します……」
矢田が恐る恐る部屋に入る。玄関に待たせたまま菜月は中に入り衣装ケースからバスタオルを引っ張り出す。
それを矢田の胸に押し付けてそのまま腕を取り洗面台へと連れて行く。一人暮らしなので下着もそのまま洗濯物のカゴに放り投げたままだった。あわてて見えないよう袋に放り込むと矢田に声をかける。
「とりあえず急いでシャワー浴びてきて。あ、湯船がいい?」
一瞬何を言われているのか分からなかったようだ。矢田はあわてて手を振る。
「いや、いい……シャワーを借りるだけで──」
「そっか。じゃ、こっち来て」
風呂場の説明をすると戸惑う矢田を押し込めドアを閉めた。しばらくすると外の雨音とは別に風呂場からシャワーの音が聞こえ出した。
その音を聞きながら菜月は笑ってしまった。好きだった男が自分の部屋でシャワーを浴びている。その事実が可笑しかった。
ただの同期から、部屋を訪れ風呂を貸した仲になった。
部屋で菜月も濡れてしまった服を脱いだ。スーツはとりあえずクリーニング行きだ。
しばらくすると脱衣所のドアが開き、矢田が出てきた。矢田は上半身裸で裸足のスラックス姿だった。
あまりに驚いて声も出ない。
だってあまりに矢田の身体がキレイすぎて。日に焼けていない肌に程よく筋肉が乗っている。慌てて視線を逸らす。変な女だと思われたくない。
「寺田……? あの、シャワーありがとう」
ドライヤーで乾かされた短い髪はいつものようにセットされていないので幼く見える。
「あ、うん」
「寺田も濡れて寒いだろ、浴びてくれば?」
矢田は何気なく言ったのだろうが菜月の心臓は胸をドンドンと叩く。こんな言葉をかけられる日が来るとは夢にも思わない。
「あ、いや、私──」
「気にすんな、同期だろ。いない間に部屋漁ったりしないからさ」
ニヤッと矢田は悪い笑みを浮かべた。
冗談を言われて一気に緊張が解けていく。そうだった、そう言って部屋に連れ込んだのは自分だった。
「じゃ、遠慮なく……、あ、上の服多分私のは入んないからコレ被ってて」
菜月は普段使っているタオルケットを手に取ると立ったままの矢田の肩に掛けてやる。それだけじゃ寒いかとそのままぐるぐる巻きにする。
まるでミイラみたいな姿を見て、つい笑ってしまった。
「笑うなよ……」
「ごめ──つい」
口元を押さえて菜月はそのまま風呂場へと向かった。床が濡れまだ温かい……水滴が壁に残っていてさっきまで矢田がここに裸でいたのかと想像して一人赤面する。
だめだ、発想がもう欲だらけで恥ずかしくなる。卑猥な考えを消すように菜月は強めのシャワーを体に当てた。
風呂から上がるとベッドのそばでタオルケットに包まりながら眠る矢田の姿があった。
そっと近づき額に触れるとかなり熱い……熱が上がっている。
しまった──。
すぐに引き出しから風邪薬を出し矢田を起こした。熱で朦朧としているのか薄目でこちらを見上げる。
「て、らだ?」
「矢田くんこれ飲んで、ほら──水……」
薬を飲ますと矢田を無理やり起こしベッドへ寝るように促す。そのまま矢田は素直にベッドに横になった。
「さ、寒いな……」
思わず背中をさすってやる。巻いていたタオルケットを外しクローゼットから季節外れの分厚い毛布を出して上から被せた。
え?
突然矢田の腕が菜月を抱きとめた。布団の中に引っ張り込まれると上半身裸の胸に閉じ込められた。
「ちょ、ちょっと……」
「…………寒い」
震える矢田に菜月は動くのをやめてそのままじっとしていた。
しばらくすると震えは止まり、矢田の寝息が聞こえてきた。矢田の首や胸にはいつもの香りはしなかった。代わりに私と同じ香りがした気がして嬉しかった。
二人くっついていると本当に温かくて心地よくて菜月も矢田の寝息を聞いていると眠たくなってきた。
やっぱり、矢田くんが好きだ。
改めて自分の気持ちに気付いた。
いつのまにか寝てしまっていたらしい。慌てて体を起こすと横で運転中だった矢田が声をかける。
「起きた?もうすぐ寺田の家だから」
「え? もう家に着くの?」
随分と眠ってしまっていたようだ。胸の前にはいつのまにか矢田の上着が掛けられていた。温かく感じていたのはこのおかげだったのだと気付く。
近くで感じる矢田の香水の香りに一瞬めまいがした。今は自分のシャツにまで染み込んでいる気がして動揺する。
「ごめん、私──」
「いいって、あ、ここ右曲がるんだっけ?」
以前同僚達とバーベキューに行った時に送ってもらったことを思い出す。覚えていてくれていたことが嬉しい。
外はまだ雨が降り続いている。先ほどの激しさはないがワイパーの速度はまだ最大だろう。
菜月はマイカー通勤なのでアパートの前に駐車場を借りていた。今は会社に置きっぱなしなので当然空いている。
「私の車会社だから、この車明日私が運転して行こうか? 矢田くん今からこの車会社に置きに行くんでしょ?」
矢田は確か電車通勤だ。このまま家に帰っても自分の車があるので停める場所はないはずだ。
「いや、でも──」
「大丈夫。私が矢田くんを家まで送るから」
菜月の言葉に矢田が「だめだ、危ない」と言って止める。
確かにこの雨だと家まで送るのも、そこからまたここへ戻るのも危ない。
とりあえずどうするか決めるためアパートの駐車場に停めてもらった。サイドブレーキをかけると矢田は緊張が解けたのかホッとした表情を見せた。
気のせいだろうか、顔色が悪い。菜月がそっとその頰に手を当てる。矢田は視線だけこちらに向けるが体は動かさない。突然の事に驚いているようだ。
矢田の頰は燃えるように熱かった。
熱が出ている。
「矢田、くん……熱が──」
「いや、大丈夫だ。少しだけ寒気がするだけで帰って寝ればすぐに──」
菜月はすぐさま車を降りて、後部座席に置いた矢田と自分の荷物をアパートのドアの前に置く。
「ちょ、寺田! 何やってんの!」
「こんな高熱で何言ってんの、いいから部屋に来て。雨が止むまで時間あるし、服も乾かせばいいよ。遠慮しないで、私達同期でしょ」
矢田に気を使わせないように言った言葉に少しだけ傷つく。
──同期。
良くも悪くもない関係だ。
時には警戒心を解かせる言葉になり、時にはそれ以上の関係に進めないことを表したようなそんな言葉だ。
運転席でそのまま様子を見ていた矢田は諦めたように車から降りこちらへと走ってくる。
どうにか説得できたようだ。少し走っただけで体が辛そうだ。急いで菜月はカバンの中から鍵を取り出し玄関のドアを開けた。
「さ、遠慮しないで入って……」
「お邪魔します……」
矢田が恐る恐る部屋に入る。玄関に待たせたまま菜月は中に入り衣装ケースからバスタオルを引っ張り出す。
それを矢田の胸に押し付けてそのまま腕を取り洗面台へと連れて行く。一人暮らしなので下着もそのまま洗濯物のカゴに放り投げたままだった。あわてて見えないよう袋に放り込むと矢田に声をかける。
「とりあえず急いでシャワー浴びてきて。あ、湯船がいい?」
一瞬何を言われているのか分からなかったようだ。矢田はあわてて手を振る。
「いや、いい……シャワーを借りるだけで──」
「そっか。じゃ、こっち来て」
風呂場の説明をすると戸惑う矢田を押し込めドアを閉めた。しばらくすると外の雨音とは別に風呂場からシャワーの音が聞こえ出した。
その音を聞きながら菜月は笑ってしまった。好きだった男が自分の部屋でシャワーを浴びている。その事実が可笑しかった。
ただの同期から、部屋を訪れ風呂を貸した仲になった。
部屋で菜月も濡れてしまった服を脱いだ。スーツはとりあえずクリーニング行きだ。
しばらくすると脱衣所のドアが開き、矢田が出てきた。矢田は上半身裸で裸足のスラックス姿だった。
あまりに驚いて声も出ない。
だってあまりに矢田の身体がキレイすぎて。日に焼けていない肌に程よく筋肉が乗っている。慌てて視線を逸らす。変な女だと思われたくない。
「寺田……? あの、シャワーありがとう」
ドライヤーで乾かされた短い髪はいつものようにセットされていないので幼く見える。
「あ、うん」
「寺田も濡れて寒いだろ、浴びてくれば?」
矢田は何気なく言ったのだろうが菜月の心臓は胸をドンドンと叩く。こんな言葉をかけられる日が来るとは夢にも思わない。
「あ、いや、私──」
「気にすんな、同期だろ。いない間に部屋漁ったりしないからさ」
ニヤッと矢田は悪い笑みを浮かべた。
冗談を言われて一気に緊張が解けていく。そうだった、そう言って部屋に連れ込んだのは自分だった。
「じゃ、遠慮なく……、あ、上の服多分私のは入んないからコレ被ってて」
菜月は普段使っているタオルケットを手に取ると立ったままの矢田の肩に掛けてやる。それだけじゃ寒いかとそのままぐるぐる巻きにする。
まるでミイラみたいな姿を見て、つい笑ってしまった。
「笑うなよ……」
「ごめ──つい」
口元を押さえて菜月はそのまま風呂場へと向かった。床が濡れまだ温かい……水滴が壁に残っていてさっきまで矢田がここに裸でいたのかと想像して一人赤面する。
だめだ、発想がもう欲だらけで恥ずかしくなる。卑猥な考えを消すように菜月は強めのシャワーを体に当てた。
風呂から上がるとベッドのそばでタオルケットに包まりながら眠る矢田の姿があった。
そっと近づき額に触れるとかなり熱い……熱が上がっている。
しまった──。
すぐに引き出しから風邪薬を出し矢田を起こした。熱で朦朧としているのか薄目でこちらを見上げる。
「て、らだ?」
「矢田くんこれ飲んで、ほら──水……」
薬を飲ますと矢田を無理やり起こしベッドへ寝るように促す。そのまま矢田は素直にベッドに横になった。
「さ、寒いな……」
思わず背中をさすってやる。巻いていたタオルケットを外しクローゼットから季節外れの分厚い毛布を出して上から被せた。
え?
突然矢田の腕が菜月を抱きとめた。布団の中に引っ張り込まれると上半身裸の胸に閉じ込められた。
「ちょ、ちょっと……」
「…………寒い」
震える矢田に菜月は動くのをやめてそのままじっとしていた。
しばらくすると震えは止まり、矢田の寝息が聞こえてきた。矢田の首や胸にはいつもの香りはしなかった。代わりに私と同じ香りがした気がして嬉しかった。
二人くっついていると本当に温かくて心地よくて菜月も矢田の寝息を聞いていると眠たくなってきた。
やっぱり、矢田くんが好きだ。
改めて自分の気持ちに気付いた。
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