友達の肩書き

菅井群青

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私は友達

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 週末の夜八時──彼は私の部屋でお気に入りの私のモチモチのクッションを胸に抱えて唸り声を上げている。

「あー、厳しい手だな……」

「あと二分ね」

 私たちの視線の先には将棋盤がある。
 真面目な顔をして次の一手を考えているのは大学時代からの男友達の柿崎琢磨だ。黒髪の短い髪を掻き上げると額に手を当てた。

「一分」

「おい! 分かってるって!」

 琢磨は勢いよく駒を動かす。それを見て私は思わずほくそ笑む。その表情を見て琢磨は「待て、変える」と言い駒を元に戻す。

「はい、ダメ──王手です」

「あぁ! 負けた! あぁ! 千紘お前一手ぐらい大目に見ろよ」

 千紘は琢磨の悔しそうな顔を見て吹き出す。勝負をして真剣に悔しがるのが琢磨の良い所だ。千紘はテーブルに置いていたビールを飲み干すとテレビの電源を入れる。

「じゃ、次の勝負する?」

「望むところだ」

 千紘の言葉に琢磨が即答する。そのまま二人はテレビゲームへと勝負の場を移した。

 私たちは気が合う友達だ。飲み仲間でもあり、ゲーム友達であり、将棋仲間でもある……。時間が合うとこうして私の部屋か琢磨の部屋どちらかに集まる。私たちは異性であって異性でない。琢磨にとって私は、女じゃない。
 琢磨は初めて会った時から私の事は完全に恋愛対象外だ。自分の友達が好きな人や付き合っている人、更には付き合っていた人も恋愛対象外と公言している。


 大学に入り私には彼氏が出来た。そしてその彼氏と同じサークルに入っていた琢磨と出会った。

『俺の彼女の水原千紘、千紘、こいつ柿崎琢磨、同じサッカーのサークル仲間だ』

『はじめまして……』

『こちらこそはじめまして』

 千紘が軽く会釈をすると琢磨が爽やかな笑顔で笑った。
 
 それが私たちの出会いだ。今となってはこの出会い方を後悔している。

 私はずっと琢磨に恋をしている。
 叶わない想い、変わりもしない関係に自分の心を締め付けながらそれでも離れられず一緒にいる。

 友達から恋人になったと友人たちが嬉しそうに報告するのを聞くと羨ましかった。階段を上るように他人からから知り合い、友達から恋人へ……そして夫婦になった友人たちを見つめてきた。

 どうして私は……友達から上へと進む階段が欠けているのだろう。

「やった! 勝った! 千紘調子悪いな、飲み過ぎだ、よこせ」

 考え事をしていて油断をした。
 このゲームで琢磨に負ける事は少ない。琢磨は私がまだ口をつけていなかったビールを奪う。

 ピピピ

 携帯電話が鳴り響いた。途端に琢磨の表情が綻んだ。

「あ──ごめん、出るわ」

「どうぞー」

 何でもないように返事をする。

 電話の相手は琢磨の今の彼女だ。私が琢磨に想いを寄せている間に多くの女性たちが私の横を通り過ぎ琢磨の真横に立った。

 私はこの位置から先に進めないでいるのに、彼女たちは駆け足で琢磨の元へと階段を駈け上がる。その一段が……その一歩が……私には用意されていない。
 琢磨の背中から目を離し、振り返って階段を降りればきっと楽になるだろう──何度も思った。でも、いつも私はこうして欠けた階段の前で立ち止まったまま琢磨と彼女の後ろ姿を見つめている。

 この想いを伝えれば琢磨は私の前からいなくなる。今まで友達の枠に振り分けられた女性たちがその壁を破ろうとしたのを見てきた。
 琢磨はその度に申し訳なさそうに謝った。

『ごめんね、俺、友達の好きな人や元カノは恋愛対象外なんだ』

 琢磨の口から初めて聞いた時は衝撃的だった。その頃付き合っていた浩介と別れてしばらく経った頃だ……すでに私は琢磨へ淡い恋心を抱いていた。
 そしてその後、琢磨は告白された女の子とは極力会わないようにしていることに気付いた。本当に恋愛対象外なんだと思った。

 そばにいるためには──友達じゃないとダメなんだ……。   

「今、友達んち──あぁそうそう、その千紘んとこ──」

 琢磨は彼女に私のことを隠さない。何も私たちの間に起こることはないが、話さない方が不安がらなくて良いと思う。
 私が友達の元彼女だと知ると毎回彼女は納得しているようだ。琢磨は絶対に公言を破らない……皆それを知っている。


 あれからもう五年だ──いい加減私自身も諦めたほうがいいと思い始めた。それなのに深くなった仲が距離を取ることを邪魔する。琢磨と仲良くなるためのこの遊びもどんどん自分の首を締めている。

「千紘、彼女が呼んでるから帰るな! またな」

「はいはい、


 琢磨は嬉しそうに私の部屋から出て行った。琢磨が出て行くとさっきまで琢磨が抱きしめていたクッションに触れてみる。直接琢磨に触れたわけでもないのに、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。

「……バッカじゃないの──本当」

 千紘はクッションを胸に押し付ける。直ぐに琢磨の温もりは消えてしまった。



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