友達の肩書き

菅井群青

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千紘の跡

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 あれから本当に千紘から連絡が来なくなった。仕事中も携帯電話が気になって仕方がない。自宅も会社もこの通勤で使う電車も何もかも変わらないのに千紘だけが消えてしまった。

 桃香が部屋に遊びに来てもどこかぎこちなくなってしまう。つい千紘のことを考えて上の空になってしまう。

 大好きだったゲームを起動するも気分が乗らなくてすぐに電源を消してしまう。将棋もオセロも千紘以外の人間とした事がなかったがケースから出そうとも思わない。
 千紘の存在の大きさを改めて知る。

 俺は浩介に連絡をした。酒を飲む事しか考えられない。浩介は急な連絡にも関わらず付き合ってくれた。千紘の事を浩介に話したかった……。

 居酒屋に到着すると俺の顔を見て浩介が意外そうな顔をした。ビールを頼むと浩介は頬杖をつき呆れるような顔をした。

「……で、千紘の話か?」

「え、浩介……お前なんで……」

 浩介は首を振り今度は馬鹿にしたように笑った。どうやら千紘の気持ちを知らなかったのは俺だけだったらしい。

「……千紘は、お前にずっと片思いだった──お前が鈍感なのもあるが、千紘が想いを隠すのが上手かったのもある……気にするな、仕方がない」  

 浩介が俺の肩を叩いて慰める。その振動でずっと胸に秘めた気持ちの蓋が傾いた。

 楽しくない
 面白くない
 寂しい
 千紘に……会いたい

「……千紘がいないと毎日つまらないんだ。あいつゲーマーだし……」

「お前馬鹿なの? 千紘はゲーマーじゃない。全部じゃん。琢磨が好きな事を好きになりたいって乙女心じゃん。俺と出会った時の千紘はゲームも、将棋も出来なかった」
 
 浩介の話は琢磨の心を震わせた。千紘の気持ちを感じて胸が苦しい。   

 俺、めちゃくちゃひどいやつじゃん……千紘、俺の為にどれだけの事を──。

「……いつも通りだろ──会えなくなって終わりだ。琢磨はいつもそれだろう?」

 浩介の言葉に琢磨は固まる。何も言えないでいると浩介が頭を掻く。

「……悪い、ちょっと毒が出ちまった。もう何年も千紘が辛そうなのを見てるから、つい──俺はお前の友達でもあるのにな、すまん」

 浩介は琢磨の肩を叩く。
 当然だろう、こんな長い間見守っていた身としては腹立たしい気持ちが出ても無理はない。浩介は優しい男だから。琢磨はずっと気になっていた事を口に出す。

「浩介──」
「ん?」

「浩介は、なんで千紘と別れたんだ?」

「んー、思い出せないぐらいだ。俺たちは友達の延長だったんだ。千紘と俺は友達で正解なんだ……別にもう今何とも思ってない──あ、思ってなくはないな。千紘の幸せを願ってるよ。うちのチビも奥さんもな……仲いいんだよ、アイツら」

 琢磨はビールを飲みながら笑顔で話す浩介を見つめていた。

「千紘が自分の友達と、例えば俺と付き合うのはいいのか? 気分が悪いだろう?」

 浩介は笑い飛ばした。首を横に振り箸で刺身を一切れ掴むと小皿に置いた。

「バカ……お前ならいいに決まってるだろ。まぁ公言で無理だと知ってるから何も言わないけどな……なぁに、仕方ないよ、千紘は好きな男と幸せになるから安心しろ」

 浩介の表情は無理をしているわけではないようだ。浩介と千紘が新しい関係を築いたからかもしれない。普通は内心ざわつくものだろう。

 千紘が──好きな男と幸せに……?

 千紘の笑顔を思い出して琢磨の思考が止まる。

 浩介は小皿の刺身にわさびを乗せると軽く端に醤油をつけ口に運ぶ。続けてとん平焼きを半分に割ると琢磨の前に置いてやる。琢磨は上の空でビールも進んでいない。その様子を浩介は盗み見る。

──これで、本当に止まりなのか?

 浩介はため息をつきながらも琢磨の口に唐揚げを放り込む。琢磨は何を放り込まれたかも分からず咀嚼して飲み込んだ。

「本当に俺千紘の事友達だって思っていたんだ……。女だけど最高に一緒にいて楽しくて……これからも当たり前に一緒にいるもんだって思ってた。でもそれは……友達としてだ……好きだなんて言われても、俺には応えられない──最低だな……」

 琢磨はビールを飲み干した。
 その姿を見た浩介は千紘がどうしているか気になった。

 二人ともボロボロだな──。

 浩介も凛花もこの二人が結ばれ、幸せになる望みがない事は分かっていた。 今回千紘が本気で琢磨を諦めようとしている。琢磨も千紘も大事な友達だ。二人が笑い合う姿が見られなくなるのは寂しかった。


 ほろ酔いの琢磨が部屋に戻ると将棋盤が視界に入った。ベッドの上にそれを置くと久し振りにケースから取り出して歩の駒を置いていく。

「……まったく、いつもなんで負けるんだろうな……俺ってワンパターンな戦略の男なのか? うん?」

 琢磨はいるはずのない相手に向かって話す。

「一回ぐらい、勝たせてくれよ。勝ち逃げなんて卑怯だぞ──千紘……」

 琢磨は駒を全て置き終わると襟元から抜き取ったネクタイをベッドの下に放り投げた。

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