友達の肩書き

菅井群青

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四人

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 しばらくして千紘はバーのバイトを辞めた。店長に何度も泣きつかれたが仕方がない。本業も忙しいし、何より忙しくする理由も無くなった。当時は琢磨が自分の一部になりすぎて辛かった。
 仕事帰りに千紘は洗った制服を返しにバーにやって来た。少しの間だったが楽しかった。少し感傷に浸っているとスタッフルームに朔也が挨拶に来た。

「お疲れ様」

「本当に辞めちゃうの? あーでも琢磨さんが嫌がるかな……」

 千紘は吹き出して笑う。朔也が呆れたように両手を上げた。その瞳は優しい。

「あの人、意外に嫉妬深いよね。この前の二対二の対戦でテンション上がって千紘さんに抱きついた時の顔見た? 鬼だよ、鬼」

 朔也は楽しそうに笑っていた。
 そう言いながらも琢磨を気に入っているようだ。面白そうなゲームがあると琢磨をよく誘っている。

「恋に落ちないでね?」

「無理、俺のタイプじゃないから。それなら千紘さんの方がいい」

「ごめん、お腹いっぱい──」

 二人は吹き出して笑った。階段を降りなければ朔也や彰に出会えなかった。琢磨から離れて悪いことばかりじゃなかった。

「どうしても前に進みたいって思ったら一人で抱え込まないでね。私と朔也くんは似たところがあるから……」

「あぁ、その時は必ず千紘さんに言うよ。ありがとう──」

 朔也は千紘を抱きしめた。子供をあやすように背中を数回叩くと朔也が耳元で「ガキじゃねぇよ」とボヤきながら笑った。





「いやいや、俺が頼んだキムチ奴だろうが……」

「ずっと置いたままだからいらないのかと思って」

「俺が好きなもの最後にとっておくタイプだって知ってるだろ?」

「え、でもグラタンのチーズは最初に──」

 いつもの居酒屋に久し振りに四人で集まった。二人の前で琢磨と千紘が小さな小皿を巡って争っている。二人の成り行きを見守っていた浩介と凛花が首を横に振る。

「変わらない……」

「変わらないわねぇ……強いて言うならより戦ってるわね……」

 凛花は通りすがりの店員にキムチ奴とおかわりの氷を注文する。テーブルの上には例のボトルが置かれていた。

 たくまが好きな仲間たち

 琢磨はこれを見ると一瞬固まったものの嬉しそうに破顔していた。浩介と凛花を同時に抱きしめた。千紘はこうして四人で飲める日を楽しみにしていた。注文の品が届くと凛花は向かいに座る琢磨に小皿を差し出した。

「ほぉら、琢磨、キムチ奴だよ」

「おう、センキュ──ってか上のキムチがないだろうが! おい!凛花!」

「あ、ごめんね。つい」

 キムチ奴のキムチは到着と同時に凛花の胃袋へと収まったらしい。凛花は行儀悪く舐め箸をしながら楽しそうに体を揺らして笑っている。琢磨は千紘のキムチを横取りしようと箸を伸ばす。

「あ、悪い」

 その前に浩介が千紘の奴のキムチを強奪した。次は千紘が声無き悲鳴を上げた。

「こ、浩介……キムチ奴がただの奴に……あぁ……」

「凛花、このキムチ、美味いな」
「でしょ?」

 浩介と凛花だけがキムチを味わえたようだ。四人は久しぶりの集まりが嬉しくて仕方がなかった。年甲斐もなくはしゃいでいる。性別も何もかも超えた友情がそこにあった。

 千紘と浩介の目が合う

 凛花と琢磨の目が合う

 凛花と浩介が目配せをする

 千紘と琢磨が微笑み合う


 友達って最高だ──皆そう思っていた。

 浩介は二人の表情を見て嬉しそうに笑った。しばらく見られなかった光景だ。やはりこの二人はこうでないと酒が進まない気がした。

「じゃあな」
「またね」

 浩介と凛花は二人と逆方向へ歩き出した。飲屋街をしばらく歩いていて、湊人から預かった折り紙作品を千紘に渡すのを思い出した。

「あ、しまった……忘れてた。おい、ちょっと待ってて」

 湊人に千紘に渡すように頼まれていたが、二人の様子に気を取られてつい忘れていた。

 湊人の渾身の作品……折り紙の朝顔だ。形が崩れたのがいい味が出ていると思うのはきっと親バカだからだろう。渡さないと拗ねてしまう。

 浩介が慌てて二人を追いかける。路地を曲がると二人は先程とは雰囲気が違っていた。手を繋いで千紘が頰を赤らめていた。琢磨が体を屈めて千紘の顔を覗き満足そうに微笑んでいた。二人の間に甘い空気が流れている。

「おっとっと……」

 二人の距離は今までとは違った。その姿に浩介はニヤつく。

 よかったな、本当に……幸せにな、二人共。

「あれ? もういなかった?──あらま」

 追ってきた凛花は二人の仲睦まじい姿を見てニンマリと微笑んだ。今にも携帯電話のカメラを起動しそうだ。

「ほら、行くぞ……いつまでも見てんじゃないよ、オバさん」

「ちょっと、失礼ね、浩介だってオジサンじゃん!」

 浩介は折り紙をカバンに戻すと凛花の腕を取り踵を返した。


 琢磨と千紘は商店街のアーケードを抜けて琢磨のアパートへと向かっていた。月の隠れた暗闇の中、等間隔に置かれた街灯の下を二人は歩いていた。
 この時間でもランニングをしたり、犬の散歩をしている人とすれ違う。

 歩道の向こう側にあの晩呼び出した公園が見えた。千紘も琢磨もあの晩のことを思い出していた。遠い昔のように感じる……。あの日交わした言葉を忘れる事は出来ない。

『私ね、琢磨が好きなの……友達としてじゃなくって、男として──』

『千紘ごめん……俺、何も、してやれない……』


『バイバイ、琢磨──』


 千紘を失いかけた怖さが蘇る。千紘の泣き顔を思い出した。

 琢磨が千紘の手を強く握りしめて、軽やかに前後に振って歩く。

「なぁ、千紘──五年って長いよな?」

「そうねぇ、長いね」

「その間俺の事思っててくれたんだろ?」

「ふふ、そうねぇ、仕方なくね」

 千紘は恥ずかしそうに笑いながら琢磨の手を離すと立ち止まった。

「友達でもいいって思えるぐらい、琢磨が好きだったよ。それでも一緒にいたかった……なんてね!」

 千紘の顔が真っ赤になるのを見て琢磨も恥ずかしくなってきた。千紘の手を再び取ると琢磨は自分の胸に千紘の手を置いた。服の上からでも琢磨の胸の鼓動を感じる。自分のものよりも早い速度で刻まれている。

「千紘のせいで心臓がおかしい……」

「五年分……取り戻すためにドキドキしてるのよ、きっと」

 琢磨は何度も頷くと千紘の手を取り歩き出した。





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