悪役令嬢……じゃない? 私がヒロインなんていわれても!

risashy

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不穏な噂

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 今日もフロレスは沢山の人で賑わっている。店から出る人は、ラベンダー商品を持っていることが多いようだ。
 ラベンダーは期待した以上の売れ行きで、出せばどんどん売れていく状態だ。元々の人気商品だった薔薇と合わせて買っていく人が多い。
 ヴィクトリアがその様子を眺めていると、後ろから声がかかった。

「なぁ、ヴィクトリア。大丈夫か」

 声の主はシリルだ。気遣うように、ヴィクトリアの目を覗き込んでいる。

「シリル。何の話よ。急に言われても何のことか分からないわ」
「いや、その……噂を聞いてさ。殿下の」

 少し気まずそうに、シリルは瞳を揺らした。ヴィクトリアは彼の言いたいことを大方理解する。

「まぁ、シリルったら。わたくしを心配してくれているのね。ありがとう」
「ヴィクトリア! 俺は、本当に」

 シリルが眉をしかめて言うので、ヴィクトリアは首を横に振り、話をやめるように伝える。

「シリル。わたくしは、その話をしたくないの」

 努めて穏やかにヴィクトリアは言った。そんな彼女を見てシリルは言葉を詰まらせる。

「ヴィクトリア……」

 ヴィクトリアはシリルから背を向け、店の商品に目を向けた。
 本当に、フロレスを開店して良かったと思う。余計なことを考えずに、何かに没頭できる時間は貴重だ。
 棚に並んだ商品に手を伸ばし、そのまま戻した。

(エリオット様)

 頭の中を占拠していた噂をようやく追い出すことができていたのに、シリルのせいでまた考え始めてしまう。
 心の中に鉛が落とされたように、もやもやと気分が沈んでいく。

(こんなことでどうするの。わたくしが一番に信じないと駄目じゃない)

 最近、とある噂がさかんに囁かれている。

 悪役令嬢が精霊の乙女を酷く虐めている。ついに第二王子エリオットは悪役令嬢に愛想をつかし、精霊の乙女と愛を育んでいると。





「ヴィクトリア様、あなたやっていいことと悪いこともお分かりにならないのね!」

 朝登校したヴィクトリアに声をかけたのはスザンヌだった。

「何についておっしゃっているのか分かりかねます」
「あら、まさか社交界の噂を伝えてくれるお友達がいないのかしら? あなたのお友達って、なんて親切なの!」

 スザンヌはちらりとミシェルたちを見た。友人たちは怒りを隠さずにスザンヌを見返している。
 彼女が言いたいのは、例の噂の件だろう。ヴィクトリアはため息をつきたくなる。

「わたくしは、クリステル様を虐げたことなどございません」
「罪は潔く認めるべきよ! わたくし見たんだから。あなたが中庭で彼女をボロボロにしているところを!」
「それは誤解ですわ。それに、エリオット様からは噂は事実無根だと聞いております」

 エリオットの名前が出ると、スザンヌは眉を寄せた。

「……ローラン嬢がエリオット様の手配で王宮のマナー教育を受けているのは本当なの?」
「はい。それは事実ですわ」
「何が精霊の乙女よ。殿下の手を煩わせるだなんて……本当に殿下はローラン嬢を妃に据えるおつもりなのかしら」

 ぶつぶつと呟くスザンヌの勢いはしぼんでいく。彼女としては、ヴィクトリアの悪評が広まることは歓迎するが、エリオットがクリステルと親しいなどという話は受け入れ難いのだろう。

 エリオットからは、クリステルがあまりに無作法だからマナーについて学ばせることにしたと聞いていた。
 クリステルは精霊術師だ。これから王族とも関わりを持つ機会が多いだろう。彼女はなぜか生垣に隠れていたり、公衆の面前で泣き出したりなど、貴族令嬢としてはあり得ない行動をとる時がある。だから、ヴィクトリアもクリステルにマナー教育が必要だと感じていた。エリオットの行動も、納得している。

 しかし、エリオットがクリステルを妃に望んでいるからこそ、マナー教育を受けさせるのだとも見える。

「そういえばスザンヌ様、今日は小テストですよ! いつもテストの日は直前までノートを見てらっしゃいますけど、今日は準備万端みたいね!」

 コレットがテストの話を出すと、スザンヌは慌てて席に戻っていった。蒼褪めていたので、すっかり忘れていたのだろう。


「ヴィクトリア様、しょせん噂ですわ」

 ミシェルがけろりとした様子で言った。

「ミシェル……」
「そうですよ! あの殿下がヴィクトリア様を手放すはずがありませんわ!」
「私もそう思います……きっと、殿下の手が及ばないところから、噂が先走っているだけでは……」

 コレットとレリアも、噂を全く信じていないようだ。
 このように、友人や家族、シリルも、エリオットはヴィクトリアに恋情を抱いていると考えている。確かにエリオットはヴィクトリアをとても大切にしてくれているが、それが恋慕からくるものか、今一つ分からなかった。

 何よりも、エリオットは誠実な人柄だから、きっと誰が婚約者になっても同じように接していたと思うからだ。

(そう、クリステル様が婚約者になっても……)

 自分で想像しておいて、胸の奥がチクリと痛む。
 最近はエリオットと昼食をとるのも、少し辛い。
 彼のヴィクトリアに対する態度は全く変わらない。しかしエリオットがクリステルのマナー教育を手配し、マナー教育の後に毎回二人で話をしていることも事実らしい。

 今さらながら、オーレリアが不安に思っていたことを思い返してしまう。
 クリステルとヴィクトリアは全く違ったタイプの人間だ。本当は、エリオットはクリステルのような女性を好ましく思うのかもしれないと考えるようになってしまった。

 目の端に、ふわふわと舞う光を捉えた。顔をそちらへ向けると、クリステルが教室へ入って来ていた。

「クリステル様、おはようございます」
「おはようございます、ヴィクトリア様」

 今もヴィクトリアは彼女を見かけると必ず声をかけている。どんな噂が流れていようが、ヴィクトリアがクリステル自身を悪く思うことはなかった。

 彼女が無条件にヴィクトリアを信頼してくれていたことは、ヴィクトリアにとってそれだけ重要なことだったからだ。

 噂が囁かれるようになってから、クリステルが「あんな話、嘘ですから!」と直接伝えてくれたこともあった。彼女がそう言ってくれただけで、ヴィクトリアの気持ちは少し楽になった。

(わたくしが弱気になってはだめよ)

 大切な人たちはみんな、噂を笑い飛ばしている。自分だって、彼らを信じるべきだ。


 クリステルが言っていた“ヒロイン”についても、気にはなっていたが、今は彼女と二人で話せる状況ではなかった。
 彼女の言葉から推測される限り、本当の未来ではエリオットが大怪我をしていたはずだ、という内容らしいので、おいそれと外で話せるような内容でもない。
 エリオットにも、彼女が口にした詳細は伝えられず、クリステルが渡り人である可能性が高いということしか伝えられていなかった。


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