悪役令嬢……じゃない? 私がヒロインなんていわれても!

risashy

文字の大きさ
31 / 43

祈り

しおりを挟む


 それは、夜も深い深夜のことだった。
 アンバーがとんとんと強めにヴィクトリアの体を叩く。まどろみの中で目を開けると、目の前にアンバーの顔があった。

「どうしたの、アンバー……」
「エリオットがあぶないみたい」
「えっ!?」

 ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒し、体を起こす。

「どういうこと、アンバー」
「エリオットけがした。でもアンバーの石つけてたから、しななかった」

 心臓がどくどくと嫌な音を立てる。
 エリオットが苦しんでいる姿を想像し、呼吸が浅くなる。

「ご無事、なの……?」
「まだ、しんでないよ」

 アンバーの答えに余計に不安がかきたてられる。もう眠れる気もせず、ヴィクトリアはベッドから立ち上がった。
 胸の奥のざわめきはおさまることがない。とりあえず簡単に着替えを済ませ、窓を見た。

「ヴィクトリア、エリオットのところ行きたい?」
「え?」

 アンバーがじっとヴィクトリアを見ている。そういえば前もクリステルの部屋にも移動したし、アンバーの力でエリオットのところまで行けるのかもしれない。ヴィクトリアは迷うことなく答えた。

「行きたいわ」
「わかった。遠くてちょっとたいへんだけど、だいじょうぶ」

 アンバーはヴィクトリアの胸までぴょんと飛び乗った。ヴィクトリアの腕の中でにゃーと鳴くと、前と同様にまばゆい光に包まれていく。周囲の光が収まり、目を開けると、そこはもう自分の部屋ではなかった。

 ここはテントの中のようだ。中を見回すと、エリオットが眠っている。その隣に、リュカが座りながら眠っていた。
 ヴィクトリアはそのままエリオットの傍に移動する。すると物音に気付いたリュカが勢いよく立ち上がった。

「誰だ!」

 まっすぐナイフを突きつけ、しかしすぐに相手がヴィクトリアだと認識したリュカは仰天して「えっ!」と声を出した。

「ヴィ、ヴィクトリア嬢!? 本物!? なぜここに……っ」
「ごめんなさい、リュカ。今は何も聞かないでいてくれる?」

 混乱しているリュカに、ヴィクトリアは人差し指でしぃっ、と声を出さないように示した。他に人がきたら厄介な事態になりそうだ。
 知らぬ間にアンバーはエリオットの枕元へ移動していた。ヴィクトリアはそっとエリオットへ近づいた。
 エリオットは高熱にうなされ、額には脂汗が滲んでいる。酷い顔色だ。彼の体にかけられた布団をゆっくりとはがす。痛々しいエリオットの姿がヴィクトリアの目に飛び込んだ。

「……っ」

 思わず息をのむ。彼の怪我は酷いものだった。全体に包帯が巻かれ、左腕は変色している。骨が折れているのかもしれない。腹部は出血が酷いらしく、巻かれた包帯に赤い血が滲んでいる。
 素人でも分かる。エリオットはかなり危険な状態だ。

「エリオット様……なぜこんな……一体何が……」
「精霊術師殿を狙った南国の工作員と戦闘になりまして」

 リュカがふう、とため息をつきながら語り始めた。
 クリステルが結界を張り終えた後、帰途につこうとしたところで、陣営に潜り込んでいた工作員が彼女を連れ去ろうとしたらしい。事態に気付いたシリルたちが応戦し、激しい戦闘となったという。

 国境を挟んだ南方の隣国は、わが国よりも魔獣被害が深刻だと聞く。クリステルを攫い、結界を張ろうとたくらんだのかもしれない。

「精霊術師殿は何とか無事に守り通したようです。しかし戦力がそちらに集中しているその隙に乗じて、殿下にも襲撃が」

 リュカとエリオットも魔法で応戦したものの、不意打ちの襲撃にエリオットの護衛は乱れ、苦戦した。

「あってはならないことですが……殿下は私を庇って、このような……」

 沈痛な面持ちでリュカが言った。エリオットの怪我はリュカに放たれた魔法を代わりにエリオットが受けたことで負ったのだという。
 結局その後、襲撃者たちはリュカ達の猛追を受け、数人は逃したものの、大方捕らえられたらしい。前回と同じ轍を踏まないよう、彼らには自害されないよう対策済みだという。

「奴らがエリオット様を狙った理由は分かりません……しかし必ず吐かせます」

 よく見ると、リュカの顔色は酷く青白い。守るべき主に庇われ、主が酷い怪我を負ったのだ。彼の心情は察するに余りある。

「リュカ、エリオット様の状態は」
「何とか耐えていらっしゃいます。帯同した医師にも診てもらっていますが、良い状態とは言えないと……」

 彼の言葉を聞きながら、ヴィクトリアは恐怖に包まれた。

 もしエリオットの命が尽きるようなことがあれば、どうすればいいのだろう。一体どうやって生きていけるというのだろう。
 知らずに手が震えてくる。足元が底なし沼になったように、立っていられないような感覚がヴィクトリアを襲う。

(エリオット様、エリオット様、エリオット様……嫌ですわ。いかないでください。必ず戻ってきてください。わたくしは、あなた様がいないと……)

 泣き叫びたくなるような激情を抑え、ヴィクトリアはエリオットの手をとった。すると、エリオットの枕元からにゃーお、と声がする。

「アンバー……」

 何か言いたげな黄金の瞳が、ヴィクトリアを映している。
 エリオットの耳元に付いていた菫色の魔石は、砕け散っていた。きっと守りの力が発動したからだろう。アンバーが持つ守りの力が。

 不思議な猫。言葉を話し、ヴィクトリアを助けてくれる。そして、その正体はきっと……。

 ヴィクトリアは両手を組み、瞳を閉じて、祈りを捧げる体勢をとった。

(わたくしの大切な方を助ける力をどうか授けてください。お願いいたします。エリオット様がいらっしゃらないのなら、わたくしはとても生きていけません)

 ヴィクトリアは一心に祈りを捧げる。
 ヴィクトリアにとって、エリオットは唯一無二の存在だった。初めて会ったその日から今に至るまで、いつだってヴィクトリアに誠実で、好意的に接してくれた。態度で、言葉で、その気持ちを示してくれた。

(このお方を愛しているのです。ですから……)

 知らずに目尻から涙が溢れる。
 すると突然、そこにいた猫が消え、周囲は光に包まれた。

「えっ……」

 一体何が起きたのか分からず、ヴィクトリアは周囲を見回す。そこは先ほどまでいたテントではなく、何もない不思議な空間だった。困惑したヴィクトリアは、立ち上がる。

『ヴィクトリア』

 アンバーの声が聞こえたので、声の方向を見ると、そこには信じがたいほど美しい白い髪の女性と、幼い頃から繰り返し見た精霊の絵画そのものの姿の羽虫が飛んでいた。

(精霊様だわ……)

 ヴィクトリアの胸は感動に震える。
 精霊がヴィクトリアの元に飛んできた。これはアンバーだ、とヴィクトリアはすぐに理解する。

「あなたは、アンバー?」
『ヴィクトリア。やっとこの姿であえた』

 弾むような精霊の声は確かにアンバーだ。

『こっちにきて。あれは女神様だよ』

 アンバーの言葉に、ヴィクトリアは驚愕する。アンバーは急かすように女神の元へとヴィクトリアを案内した。

(女神様ですって……!?)

 アンバーに促されるまま足を進めるが、近付くたびに押し寄せる神々しい空気に、ある地点から進めなくなり、自然とヴィクトリアは跪いた。
 女神は精霊を統べる存在と言われている。歴史上何度も人の前に現れ加護を授けた精霊とは違い、神話の中の存在だ。ヴィクトリアも今の今まで本当に存在するとは思わなかった。

 女性の声がヴィクトリアの脳裏に響く。

『人の子よ。お前はこの国の第二王子を助けたいと心から祈った』
「はい」
『お前は美しい。この我が子がお前を大層気に入っているらしい』

 我が子というのは、もしかしてアンバーのことだろうか。アンバーは女神様の子だったのだろうか。ヴィクトリアは震えるような心地になる。

『我が子の加護を受ければ、お前は第二王子を救えるだろう。お前は加護を欲するか』
「はい。あの方を救えるのなら」

 ヴィクトリアの迷いない返答に、女神は満足そうに頷いた。

『名を告げ、それを呼ぶことで人と精霊との契約が成立する。人の子よ。そなたの名を告げよ』
「はい。わたくしはヴィクトリア・ベルトランでございます」

 ヴィクトリアが名を告げると、アンバーがヴィクトリアの眼前に飛び、止まった。

『わたしの名は、スピカ。なまえをよんで』

 アンバーの本当の名前はスピカというらしい。美しい名だ。
 スピカの加護を貰えれば、エリオットを救える。ヴィクトリアの心に迷いは微塵もなかった。

「スピカ!」

 その名を口にしたと同時に、ヴィクトリアは何かに体を貫かれた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...