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後章 断罪、真相解明編
最終話 リセット・ボタン
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――二ヶ月後。
長い、長い私の巻き戻しの旅はようやく終焉を迎えた。
当然、今の私にはもうそんな力はどこにも残されていない、と思う。
あの力は死の際にしか発現しないうえ、ヴァレンシュタイン様の想いが詰まった魔力が必要だ。ヴァレンシュタイン様の意思も完全に消滅してしまった今ではおそらくあのボタンが現れる事はもうないだろう。
「アメリア、こんな所にいたのか」
「ええ。やっぱりここの花壇は相変わらず、でしたから」
魔法学院の中庭にある薔薇園で、水を撒きながら私はそう答える。
クロノス様との最初の出会い、会話をした場所だ。
「……アメリア。キミはこんな世界にいきなり放り込まれてしまって後悔はないか? 前の世界とは色んなものが違うだろう?」
「そんなもの、全くありませんわ。だってここは全てが叶った理想郷ですもの」
確かにここは前の世界とは違う。
しかし学院の友人であるレイラとマリアは相変わらず親友として存在してくれているし、彼女たちにも素敵なパートナーがいる。
本当に全てが都合の良いように作り替えられてしまった世界だ。
「私はこの世界で生きた記憶が濃い。だが、キミの場合はおそらく前の世界での記憶の方が強そうだ。だから未練などがあるかもしれないと思ってな」
私は首を横に振って、
「これっぽっちも未練なんてありませんわ。前の世界は全てが歪んでおりましたもの」
「そう、だな。あのような、姉妹で互いを傷つけ合う世界など、あってはならない」
「ええ、その通りです。ここは理想郷ですけれど、このくらいの幸せは当然の権利ですわ。だって私たちは、こんなにも頑張って生きてきたんですもの」
人生をやり直せる、なんて奇跡は本来ありえない。
例え魔法だって普通は不可能だ。
それを私の血筋、リセット家には可能にする力があった。
きっと今もこの血には時を操る魔力の源が流れているのかもしれないけれど、それを容易く使えるとは思わない。
本来なら覆す事のできない過ぎ去ってしまった過去をやり直すなんて、まるで神の所業。
それを実現させる為にはたくさんの魔力と、計り知れない時間と、愛が必要だ。
ヴァレンシュタイン様は死した後も自分の意識を魔力の残滓に残して、そして私へと託した。おそらく何十年もの月日をかけ、リセットの血筋の中でこの巻き戻しの魔法を成功させる為に眠り続けていたのだろう。
それがようやく私で華開いたのだ。
「そうだな。アメリア、キミは本当によく頑張った。だからこそ、ここに辿り着けたのだ」
「はい、クロノス様。私が求め続けた世界に……」
「いや、それは少し違うな」
「え?」
「この世界は私も求め続けていたのだから、な」
「まあ。うふふ、ありがとうございますわ、クロノス様。そうですわね。私たちが求め続けた世界、ですわね」
「そうさ」
クロノス様が王家の証である煌びやかな銀髪を風になびかせながら優しく微笑む。
「心より愛しております、クロノス様」
「私も世界で一番キミを愛している。アメリア」
私たちは互いに見つめ合い、薔薇の香りに包まれながら口付けを交わした。
普通の魔法なら小さな魔力を対価にすればいい。
けれど、時間を操るには大層な対価を要するのだ。
膨大な時間、願い、そして愛。
それらを何十年も掛けて、ようやく小さな奇跡を起こせるのだ。
だからヴァレンシュタイン様はリセット家の手記にこう残した。
『時を操る、という魔法は実に費用対効果が悪い。たくさんの何かを犠牲にしても得られる何かがあまりにも少ない。決して、安易な気持ちで時を操ろうなどとは考えない事だ。だが――』
ヴァレンシュタイン様は警告を残したのだ。
時を操るという事の大変さ、そしてその危険性について。
けれども最後の一文にはこうある。
『真実の愛を求めるならば、きっと、その費用対効果は、これ以上のものはないだろう』
と。
『リセット令嬢の巻き戻し』 ~fin~
●○●○●
『……リセットの血は、今後も我が子孫を必ずや幸せに導くであろう。何故なら、キミは時操りの大悪魔と呼ばれた偉大な魔女の血を受け継いでいるのだからな。……などと呟いても、残念ながら、もはやこの声も届く事はなさそうだ』
『あら、でも私は嬉しいですわ。だってこうして、クロノスの中であなたと共に生きられるんですもの』
『意思の欠片を魔力化し、半永久的に子孫の中で生きる。……その原動力は我が子孫の魔力。だからこそ、以前のリセット家は代々魔法が不得手になってしまっている。それはつまり、私の責任だ』
『でも、その代わりに長い年月をかけて練り上げたヴァル様の魔力は、宿主に時間を操る力を差し上げましたわ。条件は些かシビアでしたけれど』
『その力もこの世界の今ではもはや使用不能だ。その代わりにキミは別世界の記憶を移動する力をアメリアたちに授けた。そんな荒技を考えついたキミは、なんとも見上げた大魔女だ、イリーシャ』
『うふふ、ヴァル様の精神魔力があってこそですわ』
『今回はこのクロノスという男の中に入り込んだが、無事アメリアと結ばれればまたいつの日か、我らはリセットの血に還り、いずれリセットの力は取り戻されるだろう』
『はい。そうでないと私たちが会話もできなくて困りますもの』
『ああ。それにここなら永遠にキミといられる。こんな幸せな事はない』
『ええ。アメリアの更に子孫。私たちの子供たちがまた大いなる苦難に苛まれた時、また目覚めましょう。そしてその子にも私たちの力で幸せになってもらいたいですわ』
『そうだな。だがまずはクロノスとアメリアの子が授かるそれまでの間、また少し眠るとしよう。リセットの血と私たちはいつまでも共に』
『はい。おやすみなさいヴァレンシュタイン様』
『ああ。おやすみイリーシャ。また別の時代で』
長い、長い私の巻き戻しの旅はようやく終焉を迎えた。
当然、今の私にはもうそんな力はどこにも残されていない、と思う。
あの力は死の際にしか発現しないうえ、ヴァレンシュタイン様の想いが詰まった魔力が必要だ。ヴァレンシュタイン様の意思も完全に消滅してしまった今ではおそらくあのボタンが現れる事はもうないだろう。
「アメリア、こんな所にいたのか」
「ええ。やっぱりここの花壇は相変わらず、でしたから」
魔法学院の中庭にある薔薇園で、水を撒きながら私はそう答える。
クロノス様との最初の出会い、会話をした場所だ。
「……アメリア。キミはこんな世界にいきなり放り込まれてしまって後悔はないか? 前の世界とは色んなものが違うだろう?」
「そんなもの、全くありませんわ。だってここは全てが叶った理想郷ですもの」
確かにここは前の世界とは違う。
しかし学院の友人であるレイラとマリアは相変わらず親友として存在してくれているし、彼女たちにも素敵なパートナーがいる。
本当に全てが都合の良いように作り替えられてしまった世界だ。
「私はこの世界で生きた記憶が濃い。だが、キミの場合はおそらく前の世界での記憶の方が強そうだ。だから未練などがあるかもしれないと思ってな」
私は首を横に振って、
「これっぽっちも未練なんてありませんわ。前の世界は全てが歪んでおりましたもの」
「そう、だな。あのような、姉妹で互いを傷つけ合う世界など、あってはならない」
「ええ、その通りです。ここは理想郷ですけれど、このくらいの幸せは当然の権利ですわ。だって私たちは、こんなにも頑張って生きてきたんですもの」
人生をやり直せる、なんて奇跡は本来ありえない。
例え魔法だって普通は不可能だ。
それを私の血筋、リセット家には可能にする力があった。
きっと今もこの血には時を操る魔力の源が流れているのかもしれないけれど、それを容易く使えるとは思わない。
本来なら覆す事のできない過ぎ去ってしまった過去をやり直すなんて、まるで神の所業。
それを実現させる為にはたくさんの魔力と、計り知れない時間と、愛が必要だ。
ヴァレンシュタイン様は死した後も自分の意識を魔力の残滓に残して、そして私へと託した。おそらく何十年もの月日をかけ、リセットの血筋の中でこの巻き戻しの魔法を成功させる為に眠り続けていたのだろう。
それがようやく私で華開いたのだ。
「そうだな。アメリア、キミは本当によく頑張った。だからこそ、ここに辿り着けたのだ」
「はい、クロノス様。私が求め続けた世界に……」
「いや、それは少し違うな」
「え?」
「この世界は私も求め続けていたのだから、な」
「まあ。うふふ、ありがとうございますわ、クロノス様。そうですわね。私たちが求め続けた世界、ですわね」
「そうさ」
クロノス様が王家の証である煌びやかな銀髪を風になびかせながら優しく微笑む。
「心より愛しております、クロノス様」
「私も世界で一番キミを愛している。アメリア」
私たちは互いに見つめ合い、薔薇の香りに包まれながら口付けを交わした。
普通の魔法なら小さな魔力を対価にすればいい。
けれど、時間を操るには大層な対価を要するのだ。
膨大な時間、願い、そして愛。
それらを何十年も掛けて、ようやく小さな奇跡を起こせるのだ。
だからヴァレンシュタイン様はリセット家の手記にこう残した。
『時を操る、という魔法は実に費用対効果が悪い。たくさんの何かを犠牲にしても得られる何かがあまりにも少ない。決して、安易な気持ちで時を操ろうなどとは考えない事だ。だが――』
ヴァレンシュタイン様は警告を残したのだ。
時を操るという事の大変さ、そしてその危険性について。
けれども最後の一文にはこうある。
『真実の愛を求めるならば、きっと、その費用対効果は、これ以上のものはないだろう』
と。
『リセット令嬢の巻き戻し』 ~fin~
●○●○●
『……リセットの血は、今後も我が子孫を必ずや幸せに導くであろう。何故なら、キミは時操りの大悪魔と呼ばれた偉大な魔女の血を受け継いでいるのだからな。……などと呟いても、残念ながら、もはやこの声も届く事はなさそうだ』
『あら、でも私は嬉しいですわ。だってこうして、クロノスの中であなたと共に生きられるんですもの』
『意思の欠片を魔力化し、半永久的に子孫の中で生きる。……その原動力は我が子孫の魔力。だからこそ、以前のリセット家は代々魔法が不得手になってしまっている。それはつまり、私の責任だ』
『でも、その代わりに長い年月をかけて練り上げたヴァル様の魔力は、宿主に時間を操る力を差し上げましたわ。条件は些かシビアでしたけれど』
『その力もこの世界の今ではもはや使用不能だ。その代わりにキミは別世界の記憶を移動する力をアメリアたちに授けた。そんな荒技を考えついたキミは、なんとも見上げた大魔女だ、イリーシャ』
『うふふ、ヴァル様の精神魔力があってこそですわ』
『今回はこのクロノスという男の中に入り込んだが、無事アメリアと結ばれればまたいつの日か、我らはリセットの血に還り、いずれリセットの力は取り戻されるだろう』
『はい。そうでないと私たちが会話もできなくて困りますもの』
『ああ。それにここなら永遠にキミといられる。こんな幸せな事はない』
『ええ。アメリアの更に子孫。私たちの子供たちがまた大いなる苦難に苛まれた時、また目覚めましょう。そしてその子にも私たちの力で幸せになってもらいたいですわ』
『そうだな。だがまずはクロノスとアメリアの子が授かるそれまでの間、また少し眠るとしよう。リセットの血と私たちはいつまでも共に』
『はい。おやすみなさいヴァレンシュタイン様』
『ああ。おやすみイリーシャ。また別の時代で』
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久しぶりにアルファポリスでこんなに読み応えのある作品に出会えました(T^T)
こちらに語彙力がなく薄い感想で申し訳ないですが練り上げられた世界観に、無駄のない起承転結、途中の見せ場や目的がどんどん変わっていく様、盛り上がり続けたお話を中断せず最後まで一気に読めたことが幸せです
書籍化されたら手元に置いておきたいくらい良かったです。これからも応援しています!
ご感想ありがとうございます。
過分なほどに絶賛賜りまして、深く深く御礼申し上げます!
そのように仰っていただけた事が非常に嬉しく思います。
次作や他作品も楽しまれてくだされば幸いです。
この度は拙作をお褒めいただきまして、まことにありがとうございました。
アメリアたんえらいえらい
(╹◡╹)\(^-^ )ヨシヨシ
すごく面白かったです
作品をありがとうございます
ご感想ありがとうございます。
アメリアも最初はこんな風になるとは想像もしていなかったでしょう。
えらいえらいしてくれてきっと喜んでくれています!
ありがとうございました!