氷の令嬢と岩の令息 〜女として見れないと言われた令嬢と脳筋令息〜

ごどめ

文字の大きさ
2 / 10

2 氷の令嬢

しおりを挟む
 リエラ・マリアージュは、この国最強の剣士と名高く王国騎士団長も務めるガラム・マリアージュ男爵を父に持つ、下位貴族のいち令嬢だ。

 そんな彼女にはひとつ歳下の妹がいる。

「お、お姉様……そ、それは本当なんですの?」

 実家のお屋敷。そんなに広くはない居間パーラーで、その妹であるカティアが、手に持っていたティーカップをガシャン、と落っことしながら目を見開いていた。

「ええ、本当よ。昨日の夜のお話。ルイス様とは婚約を解消したわ」

「なんでそんな事を!?」

「なんでって、女として見れないって言われたからよ」

「だ、だからってそんな、いきなり簡単に……ッ!」

「いいのよカティア。私とルイス様は元々そういう感じじゃなかったしね。それにマリアージュ家とグランドール家は貴女が繋ぎ止めてくれるのだから問題はないでしょう?」

「問題はないって……それじゃあお姉様はこれからどうするの!?」

「どうもこうもないわ。普通に生活を送るだけよ」

 リエラは開き直ったかのように淡々とそう告げて紅茶をすする。
 リエラの妹、カティアにも婚約者がいる。
 その名はアーヴィング。フルネームをアーヴィング・グランドールといい、つい先日までリエラの婚約者であったルイス・グランドール公爵令息の、これまたひとつ歳下の弟である。

 マリアージュ家とグランドール家は、両家の両親が実に親交が深く、リエラたちが産まれるよりも前から自分たちの子供同士を婚姻させようと考えていた。結果、姉妹と兄弟の両方を半強制的に婚約者と定められてしまっていた。
 本人たちの意思など、無遠慮に、無配慮に許嫁いいなずけとされてしまっていたのである。

 とは言っても、リエラもカティアも、そしてルイスもアーヴィングも互いの関係性は実に良好であった。
 幼い頃から両家に行き来し、四人で遊びまわるのが日常であったからだ。

 昔はまだ良かった。
 男女の区別も、将来の事も気にせずただ仲の良い友達としていられたから。
 だが、ある程度年月が経てば次第に自分たちの立場や状況も理解してくる。
 つまりは互いにパートナーとして意識を高めていく。

 気づけば妹のカティアと弟のアーヴィングは、二人きりで遊ぶようになる時間が増え、街中では手を繋ぎ、それはそれは理想的な恋人として振る舞っていた。

 カティアとアーヴィングの帰りが遅くなったある日、リエラは屋敷の窓から衝撃的なものを見た。

 屋敷の門にある灯篭に照らされた明かりの下で、カティアとアーヴィングがキスをしていたのである。
 いつも冷静で喜怒哀楽を抑えているリエラもそれには思わず、わあ、と声を出して口に手を当てていた。

 ――ああ、彼女たちはちゃんと恋をしているのね。

 そうリエラは思った。
 対してリエラには恋、というものがよくわからないでいた。

(ルイス様の事は好きよ。私の読書や遊びにも付き合ってくれるし、女性用のお洋服や化粧品のお買い物にも嫌な顔せず付き合ってくれるし、昔から言いたい事も言い合えるし、それに、何を言っても彼にはちゃんと真意が伝わってくれるから。でも……)

 それが異性における恋なのかと言われると、なんだか違う気がしていた。
 というより、彼女は異性に対して恋をする、という概念がずっとわからないままなのである。

「リエラお姉様のルイス様への想いはそんなものだったの!?」

 と、カティアは必死にリエラへと訴えるが、そんなものも何も、そもそも根本的にどんなものなのか、リエラにはよくわかっていない。

「……ありがとうカティア。私の将来を心配してくれているのね。確かに今月のデビュタント社交界デビューには間に合わないかもしれないけれど、適当に代わりを探すか、お父様にでもエスコートしてもらうから」

「そういう事を言ってるんじゃ……ッ」

「ほら、そんな風に立ち上がって地団駄踏んだら埃が舞うでしょう? 落ち着いて座りなさいカティア」

「お姉様が落ち着きすぎなんですわ! おかしいですわよこんなの!」

「おかしいと言われてもねえ……。女として見られていないのなら、婚約破棄されても致し方ないのではなくて?」

「ど、どど、どこをどう見たらお姉様ほどの超絶美少女を女として見れないんですの!? やや童顔で整った小顔。青空のように透き通ったマリンブルーの美しい長い髪。小柄なのにしっかりと発達した胸! 悩ましいくびれ! 桃尻! 私が殿方でしたらとっくに襲っていますわよ! 百回はお姉様で色々下卑た妄想を膨らませますわよ!? それを……女として見れない、ですってぇ!? ルイス様は頭がイカれてるんですのッ!?」

「あらあらカティアったら、イカれてるだなんて言葉づかい、はしたないわねえ。とりあえず落ち着いて、紅茶でも嗜みなさい。せっかくのアールグレイが冷めてしまうわ」

「もう! お姉様のとんちんかん! そんなんだから氷の令嬢とか言われちゃうんですからね!」

 そう言い残してカティアはダンダンと音を鳴らして、バキィッ! という何かの破砕音と共に屋敷から飛び出して行ってしまった。

「カティアお嬢様! 気分で柱に穴を空けないでくださいませッ!」

 という侍女の怒鳴り声がしていた。

 それにしてもとんちんかんって今時聞かないわね、と思いつつ全くせわしない子ね、と呟いてリエラは小さく笑う。

「氷の令嬢、ね……」

 氷の令嬢、というのはリエラに付けられた陰口みたいなあだ名だ。
 この国では成人するまで皆、王立学院に通うのが義務化されている。その学院内でリエラは、愛想の振る舞い方や奇妙な落ち着きぶり、そして変化の乏しい喜怒哀楽から『氷の令嬢』などという皮肉じみた名で密かに呼ばれている。
 その事をリエラ自身も知っているが、リエラにはいまいち腑に落ちておらず、

(……これでも私、自分の事を喜怒哀楽が激しい方だと思ってるのだけれど)

 と、本人は全くもってとんちんかんな事を思っているので、カティアの言葉はあながち間違っていない。

 ルイスに婚約破棄をされた事について、落ち込んでいないわけではない。
 だが、リエラには思い当たるフシがある。
 それはルイスが自分と同じように、リエラの事を仲の良い幼馴染とは思っていても、恋人としては見ていないのだろうな、と元々感じていたからだ。
 何故なら、自分がそうだったからだ。
 自分と同じような振る舞いを取るルイスもまた、自分と同じく仲の良い幼馴染であり親友だと、ルイスも思っているに違いないと。
 だからこそ、いつかこんな日が来てもおかしくはないと思っていた。 

 リエラはふぅっと小さく溜め息を吐いて、とりあえず父や母になんて言おうかと悩むのだった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

転生令嬢は学園で全員にざまぁします!~婚約破棄されたけど、前世チートで笑顔です~

由香
恋愛
王立学園の断罪の夜、侯爵令嬢レティシアは王太子に婚約破棄を告げられる。 「レティシア・アルヴェール! 君は聖女を陥れた罪で――」 群衆の中で嘲笑が響く中、彼女は静かに微笑んだ。 ――前の人生で学んだわ。信じる価値のない人に涙はあげない。 前世は異世界の研究者。理不尽な陰謀により処刑された記憶を持つ転生令嬢は、 今度こそ、自分の知恵で真実を暴く。 偽聖女の涙、王太子の裏切り、王国の隠された罪――。 冷徹な宰相補佐官との出会いが、彼女の運命を変えていく。 復讐か、赦しか。 そして、愛という名の再生の物語。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

処理中です...