生きるか死ぬかを問われれば、やがて光は雪へと還る。

藤寝子

文字の大きさ
8 / 15
“冷血の魔女”

白い魔女と、藤沢光介

しおりを挟む

 何故私はこの男、藤沢光介に熱くなるのか。

 記憶の断片――ユキ。

 ユキの父親が、こいつと重なっている……のか。

 ユキは誰だ。

 分からない。
 少しづつ色が灯っていく。

 もっと教えてくれ。この記憶の“意味”を。

 
「ダメだシルフィア!熱くなるな!
 まだ話は終わってないんだ。俺に任せてくれ。もうちょっと、もうちょっとなんだ。」
 深紅の怒りを爆発させたシルフィアを制止する。
 
 ……まぁ、その怒り。まじで分かっけどな。こんなヤツと話すだけ無駄だって思ってんだろうけどさ。
「任せてもらったんだ。最後まで話させてよ。」

「チッ……。まぁいい。」
 シルフィアは再び壁にもたれた。
 深紅の激情が薄まっていく。 

「藤沢!罪はまだあるはずだ。ここにいる意味はお前しか分からない!勝手に自己完結してハイ死にましたー。じゃシルフィアはまだ扉を開けられない!話せ!」
 かつやっちょは真剣だった。
 
 普段おちゃらけているが、ちゃんと真を見定めている。

「YouTuber。お前もまた熱くなっている。他人の事でそうなれる理由が分からない。……まぁいい。どうせ天国地獄どっちに行くか、みたいな事だろう。
 俺はアル中を治療し、退院した。家族にとっての悪夢はそれからだ。恐怖の父親が帰ってくるのだからな。
 妻も、海斗も、真由も、俺を避けた。……当たり前だ。……孤独だった。俺がそうしたんだ。
 だから俺はやはり。……あぁ、本当に恥ずかしいがやってしまった。今度はオンラインカジノ。家族のお金は使えない、迷惑を掛けられない。闇金負債を抱えた。……3000万。
 自分の責任だ。」

「何も言えねぇぞ藤沢。そりゃさぞ逃げるしか出来ねぇ人生だな。あんたは救われねぇ。罪にしか辿り着かねぇだろ、そりゃ。」
 かつやっちょの藤沢を見る目も変わる。

「いや、それは違う。」

「何?」

「3000万だぞ。流石に死を覚悟した。
 ……それよりも私は妻と子供に愛想をつかされてしまっていた事にようやく気がついたんだ。
 事態は深刻だった。周りの人間関係が全て上手くいかなかった。幸いだったのが、仕事だけは私に付いてきた。仕事だけは誠実であり続けた。
 ついに俺はギャンブル依存を治療し始め、仕事も昼夜問わずに働き詰めた。
 必死で全て返済したんだ。家族には借金も、治療も、迷惑を掛けないように言わなかった。いや、今更家族に伝えても信用されないから。
 ……だが、妻は子供を心配した。妻は俺の両親に洗いざらい伝え勘当された。」

「奥さんもか?」

「あぁ、妻にも責任はある、と。ウチは厳格な家系でな。そこで妻は離婚を決意した。話し合いには子供は参加しなかった。
 ギャンブル依存は解決した、お金の問題は解決したと、そこで初めて伝えたが信じて貰えなかった。
 ……精一杯謝罪したさ。ここまで連れ添ってくれたのだからな。」
 藤沢の目に悲しみの色が灯る。

 かつやっちょには怒りの色。
「なんでそれを初めから言わねぇんだ!バカか!迷惑かける!?ふざけんな!ちゃんと治療してた姿見せていればなんとかなったかもしれねぇだろ!!」

「無理だ。アル中時代に離婚は決意していたらしい。お金の問題だ。妻にはきちんとお金を入れていたから直ぐに離婚は言えない。
 私もそれは分かっていた。
 ……そして、妻と子供は出て行った。全て私の責任だ。」

「馬鹿野郎!!!」
 かつやっちょは拳を握ったまま、歯を食いしばる。殴れば終わりだと分かっている。
 それでも――殴らなきゃ、伝わらねぇ。
「てめぇ、それでも父親か!!」

 鈍い音。
 藤沢の頬が、静かに赤く染まった

「てめぇ。いい歳こいて!勝手に自己完結してんじゃねーよ!!何が私の責任だ~、だ!
 ほんもんのクソッタレだ!死んだ事だけは褒めてやんよ!……くそっ!」
 
 かつやっちょが一呼吸置く。
 シルフィアは目をひらく。ゆっくりと。
 
「海斗と真由には一言も謝ってねーじゃねーかああああああああああああああああああ!!」
 この日1番の怒号。叫び。
 叫び過ぎて一瞬声が裏返る。

「な!?……な、なんだと!?」
 ハッとした。

 そうだ。俺は、海斗と真由に謝ってない。
 妻はわざと俺と子供達を引き離した、のか。
 自分と、妻の事ばかり考えていた。妻はいつも家族皆んなの事を考えていた。

 それが妻の復讐だったとでも……。

 そんな。そんな。そんな事が……。

「それから、自ら命を捨てたんだな。……チッ。殴って悪かった。すまねえ。」

「いや、馬鹿な……。そんな。そんな事。」
 藤沢にはかつやっちょの謝罪は聞こえていない。
 子供達への思いに支配されている。倒れ込み、四つん這いになる。
「は!!……早く!……海斗、真由……。」

 シルフィアにとってもこれは予想外の結末だ。
 

 ――改心していた。
 

 直ぐに扉を開き“その先”へ送り届けようと思った。
 だか、かつやっちょの熱が全てを変えた。シルフィアにはない、熱。
 かつての仲間、勇者イヴァンの熱感そのもの。
 シルフィアの裂けるような深紅の赤に対し、彼らの持つそれらは全てを受け止める青。

 シルフィアはゆっくり目を閉じた。

「藤沢光介。」シルフィアが静かに呼んだ。

「そ、そんな。海斗……真由……。」

「――藤沢光介。」
シルフィアの声が空気を震わせた。冷たく、どこまでも冷たい中に、温もり。
「貴様が背負うのは、贖えぬ“生”そのものだ。逃げるたび、後悔が増える。それがお前の地獄だ。」

 白い空間が歪み、軋む。
 
「謝罪なき者に死は甘え。
ならば――生きて償え。」
 
「は、はい!」ビクッと返答する。
 もう先程までの詐欺師の姿は見当たらない。

「最期に貴様に問う。
 生きるか、死ぬか。」

「や、……やり残した事が。あ、ある。魔女、生きたいと言えばど、どうなる。生きて償う事がで、出来るのか……?」
 
 奇跡にすがる浅ましさ。
 歪む白い部屋が、いつもより少し光ってみせた。

 かつやっちょにも、シルフィアにも、彼を生かす事に躊躇いはあった。偽りの代償は死ではない。

 ――後悔。

「かつやっちょ。」
 シルフィアは問う。
「この愚かで最低な男をどうするか、お前が決めろ。」

「あぁ。」
 悔しいが、死して初めて本当に大事な事に気がついた彼を許さない訳にはいかない。
「戻してくれ。……シルフィア。本当にこいつは戻れるんだよな?」

「分からない。私は扉を開ける。それだけだ。」

「藤沢、お前を“死ぬ前”かどうかわからんが。とにかく生前へ戻す。
 ……だから約束してくれ!海斗くんと真由ちゃんに真正面からぶつかるんだ。ちゃんと謝るんだ!!そしてまた糞野郎の詐欺師野郎になるなら!俺がお前を地獄に連れてってやる!!いいな!」

「かつや……ちょ。済まない、済まない!ありがとう……ございます。う、う。」
 藤沢の目に涙が流れた。

「かつやっちょ。お前がこの男を導いた。その重責を背負えるか?」
 鋭さを増す、深緑の左目が大きく開く。

「あぁ、大丈夫だ。お前ばっかりに任せちゃいられねぇだろ。
 何せ相棒だからな!」

「馬鹿者。……扉を開ける。」
 魔女が手をかざすと、白い光に包まれ扉が現れた。
 藤沢は扉に手を掛けた。

 ……シルフィアの声が冷たく響く。
「生きて償え。それが、お前の刑だ。」

 一転、かつやっちょの声は温かかった。
「……でもな、藤沢。刑ってのは“終わらせるため”にあるんだ。その先に、ちゃんと帰る場所がある。
 だからよ。帰れ。海斗と真由のもとへ。」
 
「魔女、YouTuber。済まなかった。子供達に会ってくる。……ダメならまたここに来ても、いいか?」

「断る。」
「もう来んな。」

 藤沢が扉に入ると、またも白い光に包まれ消えていった。

 ……ごきげんよう。シルフィアは心の声で呟いた。
 

 ……白い部屋は静寂と純粋な白を取り戻した。
 

「なあシルフィアよ。」
 かつやっちょは振り向く。

「なんだ。」

「お前、すげーな。……こんな重圧。千里ちゃん送る時どう感じてた?」

「……忘れた。」

「魔女って忘れっぽいんだな。」

「黙れ“口は災いの元”。」

「ひどっ。
 ふあーあ。なんか疲れてきたな。あ、魔女サマ?
 一緒に寝る?」

「貴様を枕にしよう。」

「ひどっ。」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

国王像にヒゲを生やしただけで無人島に送られました!

忍絵 奉公
ファンタジー
国王像にヒゲを一本描いただけ。それだけの理由で青年リオは「国家反逆罪」というとんでもなくくだらない冤罪を着せられ、島流しにされてしまう。だが護送中の船は嵐に遭遇し、辿り着いたのは地図にも載らない完全な無人島だった。 生存能力ゼロ、知識ゼロのポンコツ状態で始まったサバイバル生活は、なぜか喋るカニや歪む空間など、次第におかしな方向へ転がり始める。 やがてリオは、 一番偉い悪魔、四大神獣、そして偉そうな神様たちが軽く喧嘩しながらバーベキューをしている場所に辿り着く。 しかも、国王像ヒゲ事件は――実は宇宙規模の因果の一部だったと知らされる。

《完結》悪役聖女

ヴァンドール
ファンタジー
聖女になり、王妃となるため十年間も教育を受けて来たのに蓋を開ければ妹が聖女の力を持っていて私はには聖女の力が無かった。そのため祖国を追放されて隣国へと旅立ったがそこで……

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

天才王子、引き篭もる……いや、引き篭もれない

戯言の遊び
ファンタジー
平穏に暮らしたいだけなのに、なぜ問題が山積みなんだ……!?」 辺境に飛ばされた“元サラリーマン王子”、引き篭もるつもりが領地再生の英雄に――! 現代日本で社畜生活を送っていた青年・レオンは、ある日突然、 中世ヨーロッパ風の王国「リステリア」の第五王子として転生する。 怠惰で引き篭もり体質なレオンは、父王により“国の厄介払い”として 荒れ果てた辺境〈グレイア領〉の領主を任される。 だが、現代知識と合理的な発想で領内を改革していくうちに、 貧困の村は活気を取り戻し――気づけば人々からこう呼ばれていた。 『良領主様』――いや、『天才王子』と。 領民想いのメイド・ミリア、少女リィナ、そして個性派冒険者たちと共に、 引き篭もり王子のスローライフ(予定)は、今日もなぜか忙しい! 「平穏に暮らしたいだけなのに、なぜ問題が山積みなんだ……!?」 社畜転生王子、引き篭もりたいのに領地がどんどん発展していく! ――働きたくないけど、働かざるを得ない異世界領主譚! こちらは、以前使っていたプロットを再構成して投稿しています 是非、通学や通勤のお供に、夜眠る前のお供に、ゆるりとお楽しみ下さい

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった

あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。 戦闘能力ゼロ、初期レベル1。 冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、 新人向けの雑用クエストしか回ってこない。 しかしそのスキルは、 ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する” という、とんでもない能力だった。 生き残るために始めた地味な探索が、 やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。 これは、 戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。 同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。

処理中です...