生きるか死ぬかを問われれば、やがて光は雪へと還る。

藤寝子

文字の大きさ
7 / 15
“冷血の魔女”

白い魔女と、詐欺師

しおりを挟む

「うわああああぁぁぁぁ!!!」

 ――それは、突然に。唐突に。

 “上から”降ってきた。

「ちょ!な、なに!?」
 かつやっちょは声の出所を探した。つかの間、男が空から落ちてきて、彼に直撃する。

 ドーーーン!

「ってーな!おい、なんだお前!誰だ!」かつやっちょは怒りを顕にして男を突き飛ばした。

「痛いのは私の方だ……。なんだ、ここは?天国か?地獄か?まぁいいどちらでも。退屈はなさそうだ。」
 男はスーツについた埃を払い、ゆっくりと立ち上がる。

「おい、シルフィア!聞いてねぇぞ!!」
 かつやっちょが眠るシルフィアの肩を揺らす。

「ん……?んー……。」
 眠そうに目を擦り、ぼやけた視界で男を見据える。「あー、そいつは関わらなくていい。今すぐ扉を開けて追い出す。」

「ちょ、ちょちょ!待てってシルフィア!早いって!」 
かつやっちょがその手を掴んで止める。

「私はこの糞野郎と話すことはない。……はぁ。」
 溜め息と共にシルフィアの目が細まる。
「話す前から分かる。こいつには救いが“ほぼ”ない。見ろ、その顔を。死に対して一片の迷いもないだろう。そんな魂に構うだけ無駄だ。」

 その目は氷のように冷たく、鋭かった。

「そっかー、救いないのかー!偉そうだしスーツだし! じゃ、今すぐ出てってもらおう。はい決定~!……って、ダメに決まってんだろーが!」

 寒いノリつっこみに、シルフィアの視線が突き刺さる。
「……はぁ。あんた。」

「“あんた”ではない。藤沢光介。ベータアルファジャパン製薬の営業部長だ。聞いたことくらいあるだろう。」

「黙れ詐欺師。貴様とは会話ができぬ。私は“嘘で自分を塗り固める者”が何より嫌いだ。お前の相手は――」 
 シルフィアはかつやっちょを指差す。
「――そいつに任せる。私は聞くだけだ。」

「ちょ!俺ぇ!?なんで!?」

「……。」

「くそ!あとで覚えてろよシルフィア!」
 パン!かつやっちょは自分の頬を叩いた。

「ベータアルファって……アメリカの巨大企業じゃねぇか。そんなお偉いさんがなんでここにいるんだよ。何がどうなればそんな勝ち組のアンタがそうなる。」

「はっはっは!なぜ貴様のような下層の者に説明せねばならん。」

「……こいつ。」

「“こいつ”ではない。藤沢光介だ。」

 くっそムカつく!
 千里ちゃんのときはシルフィアの勘だった。なら俺も使ってやる。
 ええい、ままよ!

「はっ!高慢ちきの詐欺野郎が!どうせカジノで有り金全部スったんだろ!借金地獄で家族に見放されて、プライドだけで生きて、最後は孤独死だ!……だろ!」

 静寂。

 藤沢の頬に、一筋の汗が伝った。

「…………な、貴様。……なぜ、それを知っている!」

「……は?」 
 まじ?まじで当てちゃった?これガチのやつ?
「も、もちろんだ!藤沢!お前のことはお見通しだ!」

 シルフィアをちらりと見る。
 その目は、氷よりも冷たかった。
  
 こうまでして初対面で嫌われる奴、いるもんだな。

 ――さぁて。どうしようか。
 ここからはこいつとの対話だ。
 一目見りゃわかる。こいつは頭がいい。俺みたいな体を張るしか脳のないYouTuberとは違う。
 本気で行かないと。シルフィアが出てくる前に。

「藤沢、あんたの名前はわかった。すげえ企業のお偉いさんって事もな。ここは“白い部屋”。まさに生と死の狭間にある。俺もまた死んだ人間だ。自ら命を絶った者が、語り、生前の罪を語り合う場所。もしかするとお前の魂も救われるかもしれねぇ。救われたい、救われたくない関係なしにな。だから話すんだよ。話して、話して、話尽くすんだ。な?難しくないだろ?」
 全てシルフィアの受け売りだ。
 シルフィアが千里ちゃんにしたように、俺もこいつの罪の自覚を表せ。
 いけ!かつやっちょ!炎上商法の成れの果て!

「かつやっちょと言ったか……。なるほど。理解した。1つ質問だ。俺を敵視するその女は何だ。」
 藤沢はシルフィアを指さした。

「彼女は“冷血の魔女”シルフィア・ローズ。
 生と死を操る白い住人だ。あんたを最期に送り届ける役目だな。……その手をおろせ。頼む。」

「そうか……。死しても尚役目があるのか。それはご苦労な事だ。私が雇用主なら残業代はきちんと払わねばな。ブラック企業じゃなし。ははは。おっと済まない。ビジネスジョークだ。」

「何が面白いんだ?それ。とにかく、俺は藤沢の事を知りたい。教えてくれ、洗いざらいに。」

「ふむ。ここには時間の概念がない。時計は死んだ時間を指したままだ。タイパは考慮されないらしい。いいぞ話してやる。ただし、私は私が最低な奴だと知っているからな。胸糞の悪さは勘弁してほしい。」

「ギャンブル依存症で賭博中毒で金の亡者で亭主関白で最低な父親だろ?聞く前から糞やんけ。」
 ……まぁ炎上系YouTuberの俺も似たようなもんか。「OKだ。」

「何とでも言え。
 ……俺は有名大学から大企業に勤め、年収もそこそこ。裕福な家庭を持っていた。妻は恵美子。息子の海斗と、娘の真由、4人家族だ。
 俺の趣味は、10代の頃からやっていた賭け事。パチンコ、競馬、ボート、toto、ポーカー。……賭け事と言っても少額の趣味程度だった。
 趣向が変わったのは研修でラスベガスに行ってからだ。上司に誘われてやったルーレットで600万、勝った。
 その勝利の味が全て俺を狂わせた。」

 藤沢の「俺を狂わせた」という一言。それに、シルフィアの眉がピクリと動く。
 ほんの一瞬、彼女の心が軋む音がした。
 
「帰国後、俺は家族に内緒でパチンコや競馬通いに明け暮れた。仕事が遅くなる、と嘘をついては通った。またあの味を味わいたいからだ。勝っては負けて、勝っては負けてを繰り返した。と思っていた。」

「実は負けが増えてたんだな。……ありがちなパターンだよ。嘘を付く必要があったかって話だ。ま、人の事は言えねぇ。俺だってYouTuberやってるなんて、しかも破天荒炎上系だなんて親に気づかれるまで言えなかったしな。」

「はん!YouTuber!まったく下らないお遊びで小遣いを稼ぐ、ネットのおもちゃ達!」

「ギャンブル依存症よりましだわ。パチプロ系YouTuberにでもなりゃ良かったな。……いいよ。そう言われても仕方ないし。で?」

「稼いだお金だけでは足りなくなる。貯金に手をつけた。沢山稼いでいたからな。ギャンブルの負けはギャンブルで取り返す。それがギャンブラー。我々の魂だ。」

「はいはい。で?」

「妻にバレた。貯金が10万単位で減れば誰でも気がつく。俺はギャンブルを辞めると妻に誓った。が、その時には取り返しがつかなくなっていた。ギャンブルをやらなければ落ち着かないんだ。気持ちが荒れるんだ。やりたくてやりたくて仕方がないんだ。
 次第にこの思いを妻のせいにした。ギャンブルを辞めろとお前が言ったからだ、とね。」

「藤沢、知ってたけどやっぱお前最低だな。」

「ああ、知っている。大いに知っている。それからまた隠れてやってしまった。今度はもっと甘美な。FX。」

「あー、なる。お前みたいなのがやらん方がいいやつな。」

「ああそうだ。……見事に2000万溶かした。
 俺のような大物ビジネスマンなら行けると思った。だが既にビジネスマンじゃなくギャンブラーだ。ギリギリを攻めて負けてしまった。
 ……妻にはバレるまで投資だ、と誤魔化した。さらに1000万、溶かしてしまった。貯金はまだあった。が、さすがにこれ以上は諦めた。妻にも土下座で謝った。誠実に働くと決めた。2度目だ。だが――。」
 藤沢の言葉に熱が篭った。
 
 恐らくこの先が彼の本当の後悔なんだろう。シルフィアは救いが“ほぼ”ない。と言った、ほぼ、の部分だ。

「ギャンブルは辞めたがアルコールに依存したんだ。再び荒れた。家に帰れば妻と子供に当たったんだ。
 わかるか?ギャンブル依存から抜けた先に待ち受けていたのは家族をDVするアルコール依存だ!
 俺はそんな自分に絶望したよ!
 ……そして呑み過ぎて倒れた。アル中だ。」

「なぁ、子供にまで手を上げたのか?」

「あぁ。成績が落ちれば怒鳴りつける。出来なければ叩いた。……妻が代わりに殴られることもあった。」

「それを分かってて、やったのか。」

「ああ、分かっていた。」

 ――その瞬間、白い部屋がぐにゃりと歪む。

「おい!シルフィア!これは……!」

 かつやっちょが振り返る。
 

 ――鬼の形相。
 

 初めて見る、真の怒り。 氷ではない燃えたぎる、真紅の激情だった。

「貴様ぁぁぁ!!それでいてその飄々とした顔!今すぐ叩き割ってやる!!」 
 シルフィアの声が部屋を震わせる。
「分かっていてやった!?済まなかったと思っている!?何様のつもりだ!!
 我が子を殴り、我が子を庇った者まで殴る!?そんなもの、愛でも家族でもない!!
 貴様には、生き返る資格などない!!
 我は“冷血の魔女”シルフィア・ローズ!!
 ――問う!生きるか!死ぬか!
 貴様はそれでも、“生きたい”と言えるかああああ!!!」

「……何を熱くなっている。魔女。
 してしまったことに後悔はない。仕方ないだろう。
 自分の行動の結果だ。……現に俺は死んだ。それで悪いというのか。」

 

 ――ザザ……。

「ユキ。お前の目がこうさせた。
 お前は疫病神だ、ユキ。全部父さんが悪いのか?」

「………………。」

「そうだ。偉い子だ。そうやって目を閉じていなさい。その目を見ると――」

「やめて!!ユキはやめて!!
 ――私が!!」

 ――ザザ……。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

国王像にヒゲを生やしただけで無人島に送られました!

忍絵 奉公
ファンタジー
国王像にヒゲを一本描いただけ。それだけの理由で青年リオは「国家反逆罪」というとんでもなくくだらない冤罪を着せられ、島流しにされてしまう。だが護送中の船は嵐に遭遇し、辿り着いたのは地図にも載らない完全な無人島だった。 生存能力ゼロ、知識ゼロのポンコツ状態で始まったサバイバル生活は、なぜか喋るカニや歪む空間など、次第におかしな方向へ転がり始める。 やがてリオは、 一番偉い悪魔、四大神獣、そして偉そうな神様たちが軽く喧嘩しながらバーベキューをしている場所に辿り着く。 しかも、国王像ヒゲ事件は――実は宇宙規模の因果の一部だったと知らされる。

《完結》悪役聖女

ヴァンドール
ファンタジー
聖女になり、王妃となるため十年間も教育を受けて来たのに蓋を開ければ妹が聖女の力を持っていて私はには聖女の力が無かった。そのため祖国を追放されて隣国へと旅立ったがそこで……

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

天才王子、引き篭もる……いや、引き篭もれない

戯言の遊び
ファンタジー
平穏に暮らしたいだけなのに、なぜ問題が山積みなんだ……!?」 辺境に飛ばされた“元サラリーマン王子”、引き篭もるつもりが領地再生の英雄に――! 現代日本で社畜生活を送っていた青年・レオンは、ある日突然、 中世ヨーロッパ風の王国「リステリア」の第五王子として転生する。 怠惰で引き篭もり体質なレオンは、父王により“国の厄介払い”として 荒れ果てた辺境〈グレイア領〉の領主を任される。 だが、現代知識と合理的な発想で領内を改革していくうちに、 貧困の村は活気を取り戻し――気づけば人々からこう呼ばれていた。 『良領主様』――いや、『天才王子』と。 領民想いのメイド・ミリア、少女リィナ、そして個性派冒険者たちと共に、 引き篭もり王子のスローライフ(予定)は、今日もなぜか忙しい! 「平穏に暮らしたいだけなのに、なぜ問題が山積みなんだ……!?」 社畜転生王子、引き篭もりたいのに領地がどんどん発展していく! ――働きたくないけど、働かざるを得ない異世界領主譚! こちらは、以前使っていたプロットを再構成して投稿しています 是非、通学や通勤のお供に、夜眠る前のお供に、ゆるりとお楽しみ下さい

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった

あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。 戦闘能力ゼロ、初期レベル1。 冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、 新人向けの雑用クエストしか回ってこない。 しかしそのスキルは、 ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する” という、とんでもない能力だった。 生き残るために始めた地味な探索が、 やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。 これは、 戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。 同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。

処理中です...