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第1章 神獣復活

第7話 邂逅01

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じゃん。ラッキー♪」


 小夜は春馬の口から落ちかけたアイスバーを取り上げる。そして、ブランコを囲む鉄柵に腰かけた。


「さ、小夜さん!?」
「ん? ナニ?」
「え……あ……いや……」


 小夜は制服から私服に着替えていた。ハイカットスニーカー、クラッシュデニムのショートパンツに白いブラウスを着て、グリーンのメッシュキャップをかぶっている。

 小夜の私服姿は新鮮で可愛らしく春馬は目のやりばに困った。『深夜の公園で二人きり』という状況に戸惑っていると小夜は不思議そうに首をかしげた。


「春馬って真夜中に出かけるんだね」
「え? うん。たまにだけど……」
「そうなんだ。なんか意外。もしかして彼女と待ち合わせとか?」
「え!? そ、そんなことないよ!! 彼女なんていないよ!!」
「ふぅん……このアイス、美味しいね」


 小夜は春馬の反応を面白がってわざとらしくアイスバーに舌をわせる。桜色の薄い唇。ブラウスから覗く胸元。すらりと伸びた白い足。どれもがなまめかしく、春馬は見とれてしまった。


「視線がイタイ……」
「えっ!? ゴ、ゴメン!!」


 春馬は慌てて下を向き、取り繕うようにオズオズと尋ねる。


「小夜さんはこんな時間まで『幽霊狩り』をしてるの?」
「今日はもう終わったよ。春馬が気になったから来ただけ」
「僕が?」
「うん」


 春馬が顔を上げると小夜は真っすぐにこちらを見つめている。春馬はなんだか照れくさい気持ちになった。


「よく僕がここにいるってわかったね」
「……知ってたから」
「知ってた?」
「兄さんの言ってた『デッドマンズ・ハンド』には予知夢を見るって人がいるの。正確には『バンテージ・ポイント』って呼ばれる能力で、人とか幽霊の出現場所を予測できるんだ」


 春馬は『幽霊狩り』をの当たりにしている。今さら予知夢と言われても驚くことはなかった。むしろ納得できることの方が多かった。


「予知夢ってすごいね。だから小夜さんは『すぐに会うことになる』って言ったんだ」
「うん。それだけじゃないよ……春馬がバス停にいることも、幽霊マンションに『雨傘女あまがさおんな』と『宿やどり女』が出ることも……全部、知ってた」
「じゃあ、やっぱり僕を『デッドマンズ・ハンド』へ誘うために声をかけたんだね……」
「そうなる……かな」
「そっか……そうだよね……アハハ!!」


 春馬は自嘲するように顔を歪めた。


「おかしいと思ったんだ。小夜さんって高校の上位ランカーじゃん? 僕みたいなランク外をデートに誘うわけないって!! ほら、僕って二酸化炭素だろ? 期待してんじゃねーよって話だよね!! ウワー。僕は本当にイタイな~」


 春馬は自虐的におどけてみせる。そうでもしないと、自尊心が粉々に砕け散ってしまいそうだった。小夜はそんな春馬をジッと見つめていたが、おもむろに口を開いた。


「夏実ちゃんのことも知ってる」
「え……」


 夏美という名前を聞いたとたん春馬はギクリとして固まった。小夜は春馬の顔色を伺いながら続ける。


「夏実ちゃんが入院しているのも、その原因も知ってる」
「……」
「わたしと一緒に来て『デッドマンズ・ハンド』に入れば夏実ちゃんを……」
「夏実の名前を駆け引きに使うな」


 突然、春馬の雰囲気ががらりと変わった。ゆっくりとブランコから立ち上がり、小夜の前までやってくる。


──は、春馬……。


 小夜はバス停での出来事を思い出してビクッと身体が強張こわばった。しかし、聞こえてきたのは落ち着いた優しい声だった。


「小夜さんだって、家族のことを好き勝手に言われたら……嫌だろ?」


 春馬はどこか悲しげに小夜を見つめていた。瞳に以前の狂気は感じられない。かわりに、例えようのない苦悩が揺らめいていた。


「駆け引きしなくても『デッドマンズ・ハンド』に入るよ……いや、まだ間に合うのなら僕の方こそ入れてほしい」
「本当にそう思ってるの?」
「正直に言えばビビッてるよ。だって、本当に幽霊が出て襲ってくるから……。でも、ひろしさんの誘いを断ったあとに考えたんだ。夏実が戻ってくる可能性が少しでもあるのなら、僕は『デッドマンズ・ハンド』に入りたい」
「そっか……よかった」


 何が「よかった」なのだろう。小夜は自分の心がわからなくなった。キングの命令を達成できたからか? 春馬が自分から「入りたい」と言ってくれたおかげで罪悪感が少し軽くなったからか? 考えだすと迷いが出てきた。


──このまま、何も知らない春馬を『デッドマンズ・ハンド』へ入れていいの?


 小夜は迷い、考えこんだせいで一瞬だけ無防備になった。そのすきを突くように春馬が近づいてくる。


「はる……ま?」
「……」


 春馬は身体が触れ合うほど近づき、鉄柵に座る小夜を見下ろしている。無警戒だった小夜は恋人のような距離感を許してしまっていた。
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