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第四章

新入社員

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「この度、我が社に新人の二人が入った。主な業務内容は俺と鈴木が教えることになったが、みんなも二人に色々教えてあげてくれ」

 いつもの朝礼が済んだ後、二人の新入社員が紹介された。まだ新入社員を受け入れる時期でもないが、それほどまでに人手不足ということか。まあ何はともあれ、どうやら田中と鈴木が担当として付き添うことになったらしい。

寺島てらしま 右京うきょうです、宜しくお願いします」

寺島てらしま 左京さきょうでっす! 宜しくお願いしまぁす!」

 まるで陰と陽な双子だった。顔立ちも瓜二つで、身長や体格もほぼ差がない。違いと言えば、服装くらいだ。
 兄だという右京の方は髪型七三で黒縁くろぶち眼鏡をつけ、いかにも真面目で大人しそう。対して弟の左京は前髪ごと後ろで結い、小動物のような可愛らしい笑顔が輝いている。

「右京は俺と、左京は鈴木のところに。……よし、解散!」

 田中の一声で、工場のロボットのごとく、社員たちが自身の持ち場へと直行する。その様子を尻目に、右京と左京はそれぞれその場から離れていった。

「鈴木先輩っ! 宜しくお願いしますっす!」

「田中先輩、宜しくお願いします」


       ❀✿❀✿


「右京、お疲れ! どうだった? 今日一日は」

「あぁ左京。比較的、楽な業務でしたよ。田中さんが懇切丁寧こんせつていねいに教えてくれましたから」

「しっかし、村田から入社を頼まれるとはなぁ~。アイツ、社長秘書やってるんだってさ~」

「幼馴染が出世してるのは嬉しいですよ」

 二人は夜の繁華街へ足を踏み入れていた。キャッチの人たちの声が飛び交う中、ふと、右京が足を止める。

「どうした右京?」

「……いえ、そろそろ戻って・・・もいいかな、と」

「それもそうだね」

 二人は互いの体に手を伸ばし、ネクタイに指を絡めた。
 そして、ゆっくりと、ネクタイを解いていく。

「右京、お前、オメガくせぇな」

「そう言う左京もアルファくさくて仕方ねぇよ」

「会社ではちゃんと薬飲んでんだ、文句ねぇだろ」

「それは私も同じなんだよ」

 二人が歩く道には、二人のフェロモンにアテられた男どもが列を作っていた。

「ほら見ろ、お前がアルファくせぇから、私まで巻き添いだ」

「あ? 右京がオメガくせぇのも原因だろうが」

「……はぁ、仲良し兄弟を演じるのも疲れるわ」

「こっちのセリフだわ」

「つか、なんだよアレ。お前、あんなフワフワキャラでやってくつもりか?」

「それはお前もだろ。右京のあのお堅い演技、真面目キャラで売ってくのか?」

 二人の口論に終止符はなく、あれやこれや、あーでもないこーでもない、と、時折ときおり少し笑顔になりつつも、長らく続いた。

「そういや右京、ストーカーの男はどうなったんだ?」

「んあ? あぁ、元ナンバーワンホストのストーカーねぇ……。なんか私を気に入ったみたいでね。金も腐るほど貯まって、そして私を一日中追いかけたいらしく、仕事を辞めたみたいだ」

「お前、昨日ソイツを自宅に連れ込んだんだろ? 怖いわその発想」

「なんも手出しはしなかった。ただ食事に誘っただけだ」

「ソイツ、アルファなんだろ? 本気にされてもしらねぇからな」

「私が欲しいのは、アイツの金だけだ。それよか、お前の方はどうなんだ」

「先生のことか? 先生は今、締切間近の原稿と戦ってる。先生の小説は面白いんだぞ」

「お前が勝手に一目惚れして、勝手に先生の家に出入りして、勝手に『先生』って呼んでるのに、怒らないのが凄いわ。しかも先生はアルファだって聞いたぞ。お前もアルファだろ、どうすんだよ」

「……どうすればいいんだ?」

「いや、知らねぇよ」

「まだ先生と会話すらしたことない。いつも俺が一方的に話しすぎるんだ」

「それ、無視されてるだけだろ」

 左京の怒声が響き、また二人は激しい口論となった。
 ジャケットを掴み合い、互いを睨む。会社の人には見せない、二人の裏の顔。

「まあいい。が、とりあえず左京、警察沙汰にだけはするなよ」

「お前が言うな右京」

 繁華街を抜けた辺りで、二人は別れた。一方は金があるストーカーの元へ、一方は見向きもしてくれない先生の元へ。
 これは、そんな兄弟の物語。


       ❀✿❀✿


 ———同時刻、右京宅にて。

「あ、右京さんのGPSがちゃんと駅に行った……。帰ってくる……! 早く会いたい早く会いたい早く会いたい♡ 右京さぁん可愛い可愛い……あぁ~~~~~~……」

 ————同時刻、先生宅にて。

「はぁ……。そろそろアイツが来る時間か……。はぁ……」



 二人の運命はいかに。
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