扇屋あやかし活劇

桜こう

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八章

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「”天空の千里眼”さん、あのひとを捕まえて! あのひとがましろさんをかどわかしたんだ!」
「落ち着け、すずめ。あいつが本当にましろをかどわかした賊なら、今すぐに捕まえる必要はねえ。賊の狙いも、仲間がいるかもわからねえんだ。野郎がどこに向かっているか見極めてからでも遅くはねえ」
 すずめは賊から目を離さないまま反論する。
「でも、ましろさんがもし大怪我でもしていたら!」
「怪我はわからねえが、賊はましろの命まで奪う気はねえだろ」
「どうしてそんなことわかるんですか!?」
「殺す気ならとっくに殺してる。わざわざ死体を抱えて逃げ出すなんて面倒なことはしねえ」
 夢一の発言はたしかに一理ある。しかしそれでも溢れる不安と焦燥は抑えきれない。
「でもわたしは早く……一刻も早くましろさんを助けたい」
「すずめ、ましろを助けたいのは俺も同じだ。というより、扇屋の者に手を出す奴はこの俺が許さねえ。命をかけて許さねえ。賊がなにを思ってこんなことをしでかしたのかは知らねえが、この俺を怒らせたんだ。賊にはその報いをたんと受けてもらうぜ」
「旦那様」
 夢一の頼もしい言葉に感動して、すずめは背後を振り返った。
「……え?」
 そこに夢一の凛々しい顔でもあるかと思いきや、のし烏賊いかのように大鷹の背に張り付いた情けない主人の姿しかなかった。
「旦那様……。」
「なんだ」
 頑なに顔を上げようとしない。
「下の様子、見てないんですか?」
「まあな」
 まあな、じゃないわよ!
「俺はこの年で初めてわかったぜ」
 妙にしみじみと夢一は呟いた。
「俺は高いところが苦手だったんだ」
「”天空の千里眼”さん。旦那様を振り落として」
「ば、馬鹿野郎、おまえ、冗談でもそんなこと言うな!」
 言い返しながらも、顔を伏せたままの夢一にすずめが嘆息したときだ。
「ギギッ」
”天空の千里眼”が短く鳴いた。
「下を見ろ、すずめ。賊の野郎、どっかに入っていくらしいぜ」
 顔を上げてあんたが見なさいよ、と言いたいのを堪え、すずめは再び地上へ視線を戻した。
”天空の千里眼”は小名木川を越え、深川の東、田畑が目立ちはじめた町外れの上空を旋回していた。
「あいつはあそこだぞ」
 今は誰よりもしっかりしているはちみつが指差す先は、畑と雑木林の間に構えた大きな屋敷だった。鉤型に建つその屋敷は前面に広い庭を配し、ぐるりと塀に囲まれている。
 武家屋敷かしら。
 すずめがそう思うほど、上空から見るその屋敷は敷地も広く、上屋敷と思われる建物は瀟洒しょうしゃな御殿といった趣だ。
 そしてその庭を屋敷に向かって走るひとつの影。大きな荷袋を担いだその影はやはり飛ぶように庭を突っ切ると、迷うことなく屋敷の中へと姿を消した。
「あのお屋敷に入ったわ」
「そこが賊の本陣ってわけか」
 夢一は「よし」と気合を入れると、”天空の千里眼”の背中をポンッと叩いた。
「そこに降ろしてくれ」
”天空の千里眼”は翼をはためかせ、それから滑空をはじめた。
「な、なるべく、そ~と、ゆっくり、あまり怖くねえようにだぜ」
 慌てて夢一が言い足した。
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