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発覚

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『その人は私の放送にほとんど来てくれて……今思えばコミュ登録してたから放送開始の通知が届くって分かるんだけど、その時の私はちょっと運命とか感じちゃったりして……』
 みぃほの語りは続く。
 難波は声の後ろからかすかに聴こえるせせらぎに気づいていた。
 ポケットから地図の載ったパンフレットを引っ張り出し、ライトで照らす。
 パンフレットの大雑把な地図ではあったが川のある大まかな方向は分かった。
 問題は細長くのびる小川のどの辺りにいるかだった。
「くそっ、どこにいるんだ」
 難波は他に何か情報が聴こえないか、耳をすませた。
『でもね、その後ホントに運命的な事があってね……』

────────────────────
 それから少し経って、新曲が出来上がる頃。すっかり俺はみぃほの雑談枠の常連になっていた。
 最初はちょっと応援してやろう、くらいの気持ちだった。
 同じ学生なのか丁度放送時間と暇な時間が重なることが多く、特にやることが無いときは顔を出した。
 初めはしどろもどろだった彼女も回数を重ねる内に慣れてきて、学校であった事だったり悩み事だったりと色々喋れるようになった。
 話すのが苦手と言っていた彼女だったが、案外根はおしゃべりなのかもしれない。
 それに気づいた頃には俺にとってもみぃほの放送は日常の一部になっていた。

 そんなある日。廊下でのこと。
 前を歩く女子生徒がハンカチを落とした。
「おーい、ハンカチ落としたぞ」
 俺はそれを拾って、呼び掛けた。
 女子生徒が振り返る。
(えーっと、誰だっけな……)
 いつも独りでいる女子で特に喋ったこともない為、パッと名前が出ない。
「……ぁ」
 女子生徒はハンカチを受け取ると俯いてモジモジとしている。
(あ!そうだ、中谷だ)
 思い出して満足した俺は「それじゃ」と一言告げて横を通りすぎた。
「あ、あのっ!」
 後ろから呼び止められて振り返る。
「あ、ありがとう、ござい、まし、た……」
 みるみるフェードアウトしていく声。その声に俺は少し驚いていた。
 中谷の声を聴くのはほとんど初めてだったからだ。
 なのに何故か初めて聞いた気がしなかった。よく知った声だと思った。

 その日の夜、みぃほの放送に顔を出した時。
『あ!醤さん!聞いてください!』
 いつになくテンションの高いみぃほが迎えてくれた。
「どうした?なんかあったの?」
 コメントが表示されるまでのラグも焦れったそうに、みぃほは話を進めた。
『今日ね、クラスメイトと話せたんですよ!』
 最近話す勇気が出てきたと言っていた彼女の戦果報告だった。
(おー、遂にか。相談に乗った甲斐があった)
 なんて思いつつ「おめでとう」とコメントする。
『ふふっ、ありがとうございます』
 とても楽しそうなみぃほに他のリスナーからお祝いのコメントや質問のコメントが流れる。
(そういや俺も中谷と初めて会話したな。会話という会話でもなかったが……)
 放送を聴きながら学校であった出来事をふと思い出す。
(中谷の声……誰に似てんのかな……)
 疑問が再び蘇り、頭を捻る。
 みぃほは自慢げに語り続けている。
『それでですね、その人が私の落としたハンカチを拾ってくれて。私、ありがとうって言えたんですよ!』
「お前か!!!」
 つい咄嗟に叫んでしまった。
 どこかで聞いたどころか今聞いている。
 中谷の声はみぃほのそれと全く同じだった。
 それは会話とは言わねぇよ!というツッコミも忘れ──他のリスナーが代わりにツッコミを入れていた──みぃほの声に聞き入った。
『えぇ~、凄い勇気出して言ったんですよぉ?会話ですよ!』
 やっぱり同じ声だ。
 その日は気持ちがザワつき、コメントもほどほどに放送枠を出た。

 次の日、昼休みにいつも通り教室の隅で独りで弁当を開く中谷の隣に座り、何気ない様子(のつもり)で話しかけた。
「よう、お前いつも独りだよな」
 中谷は肩をビクッとさせると、探るような視線を向ける。
 俺も人と話すのはあまり得意とは言えない。いきなり警戒させてしまった。
 仕方ないので一気に本題に切り込む事にする。こういうときにお調子者達のトークスキルが羨ましくなる。
「お前、みぃほって生主、知ってる?」
「───ッ!!!?」
 中谷の肩が、先程の数倍跳ね上がった。
 目を見開いてこちらを見つめたまま動かない。
 そのうち口をぱくぱくし始めた。
(なんだコイツ、ちょっと面白いな)
 初めて放送を聞いた時から少し変な奴だとは思っていたが、どうやら素らしい。
 金魚よろしく口パクを続ける中谷が少しかわいそうになって、俺も正体を明かすことにした。

────────────────────
 心臓がばくばくする。冷や汗が噴き出す。
(なぜこの男が放送の事を……?)
 名前は確か難波秀雄、だったはず。
 クラスでは特定のメンバーで固まっていて、あまり目立った印象のない人だ。
 私は動揺して難波を見つめたまま固まっていた。
(どうしよう、しらを切ろうか、でもあんな反応をしてしまった後じゃ……)
 沈黙に耐えきれず何か言おうとしてみるが、考えがまとまっていないせいで口をぱくぱくしただけだった。
 難波は何が面白いのか少しにやけ顔だ。
(ううー、こういう時はなんて言えばいいの?助けて醤さん……)
 いつも相談に乗ってくれるリスナーに助けを求めるが、声が届くわけもなくアドバイスも流れてこなかった。
 結局先に話し始めたのは難波の方だった。
「あー、ごめんごめん。俺、醤。声と昨日の放送聞いてさ、もしかしてと思って」
 いや、届いた。
「え?ひし、え……?」
「そう、醤」
「えええええええええええええ!!?」
 まさかクラスメイトだったとは思わなかった。
 自分でも驚くほどの声が出てしまう。
『え?今の中谷の声?』『あの子あんな声出せるんだ…』『つーか難波の奴何言ったんだよ』
 教室中がざわついていた。
「うぉ、びっくりした」
 元凶はなんとも呑気なものだ。
「醤さんって、あの醤さん?」
「どの醤か知らんが、恐らくその醤だよ」
 頭が状況を把握していくに従って、次第に恥ずかしさが湧いてくる。
(つまり醤さんは難波君で、難波君は私の悩みを全部知ってて……)
 顔が熱くなっていくのが分かる。どうしていいのか分からなかった。
「あー、なんか混乱させちゃった?ごめんな、ちょっと確認したかっただけなんだ」
 そう言うと難波は「それじゃ」とはにかんで席を立った。
(あれ、気を遣ってくれたのかな?)
 そういう優しさに醤の面影を感じる。
(そっか、醤さんは難波君だったのか……)
 一人になって落ち着いてくると、先の事を考える余裕が出てきた。
(今日の放送どーしよー……)
 放送すればきっと醤さんは来てくれるだろう。
 だからこそ、どんな放送をすればいいか分からなかった。

 結局夜まで悩み続けてPCの前に座っている。いつもならそろそろ放送を始める時間だ。
 PCの画面には自分のホームが映る。コミュニティ登録数はゆっくりと増えて、先日二桁になった。
(学校じゃこんなに話を聞いてくれる人はいないよね。私、ちゃんと喋れるようになってるって事かな……)
 初めて放送したときの事を思い出す。
(ここで喋れるようにならないとダメだよね!)
 両手をきゅっと握りしめ、気合いを入れる。
(今から私はみぃほだ!だから大丈夫!)
 初放送の時とは少し違う緊張感で胸がドキドキと激しく鳴る。
 私は放送開始ボタンをクリックした。
 ほどなくしてリスナーが顔を出し始める。
『わこつ』
「こんばんは、わこつありがとうございまーす!」
『初見』
「初見さんいらっしゃい、ゆっくりしてって下さいね」
 我ながら中々すらすらと話せるようになった実感がある。

 いつも通りとりとめもない話をしていると、コメントビュワーに新しい来場者が表示される。
『わこつ』[醤]
 心臓がどくんっと跳ねる。
「あ、えと。醤、さん……」
 画面の向こうにいる難波を意識してしまう。
『どうしたの、みぃほ?』[醤]
(あ、そうだ。私はみぃほだし、この人は醤さん、なんだよね)
 そう思うと気持ちが軽くなった。
「あ、いえ、大丈夫です。それで、学校で──」

 その日の放送も醤はみぃほの話を聞いて楽しそうなコメントをしたり、悩み相談に乗ったり、いつもと変わらない様子を見せた。
 画面の向こう側を気にしている自分が恥ずかしくなるほどに。
「それじゃ今日はこれで終わりです。お疲れさまでした!」
『乙』『乙』
『乙~ノシ』
『おつ』[醤]
『乙でした』
 別れのコメントが流れきると同時に放送が自動的に止まる。

「ふぅ、難波君いつも通りだったな……」
 明日は自分から話しかけてみよう。
 そう心に決めた。

 翌日の朝。
 私はいつも通り教室の隅で本を読んでいた。
 目線は文字の上を滑り、物語は空回って全く頭に入らない。
 教室の扉が開く度にちらりと顔を上げる。
 難波はイヤホンをして入ってきた。
 弾かれるように立ち上がると椅子がガタッと大きな音を立て、難波がこちらを驚いた顔で見つめる。
「お、おはよう、ございます」
 一瞬きょとんとした難波は、察したような微笑みで「おはよ」と返すと自分の席についた。
 難波の周りではバンドメンバー達が何かひそひそと話しているが、私には気にならなかった。
 次はお昼かな。私は両手をきゅっと握りしめた。
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