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半分本当にあった怖い話
おばけ屋敷
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そのおばけ屋敷は本物の廃病院を改装したもので、配置されている小道具も実際に使用されたもの、というリアリティの高さが売りだった。
それゆえ「本物を見た」という噂が後を絶たず、運営スタッフの離職率の高さがその噂の信憑性を高めていた。
しかし、そんな噂もアトラクションの付加価値となり、全国的にも有名なおばけ屋敷となっていた。
幼少の頃、近所の小さなおばけ屋敷でのトラウマからホラーを出来るだけ避けてきた私は、友人にそのおばけ屋敷に誘われたとき返答に詰まった。
大人から見ればちゃちなおばけ屋敷でも、子供の時分にはとても怖かった。
それは長い時を経て膨らみ、とてつもない恐怖としてのみ心に残っていたし、同時にそれがただの膨れ上がった妄想だという自覚もあった。
だから苦手意識と大人になった今なら行けるのでは?というチャレンジ精神の狭間で揺れた。
「なぁー、行こうぜー。みんな来るってよ。有名なとこだし、1度は行った方がいいって!」
誘ってきた友人はもう一押しとばかりにアピールしてくる。
ありふれた誘い文句ではあったが、存外にもそれらの言葉は私の心を傾けた。
怖さで有名ならなおのこと怖いじゃないか!とも思ったが、付き合いだとか有名どころはやっぱり1度くらい……とか、折角誘ってくれてるし、とか色々な小さな理由から誘いに乗ることにした。
それがあの不気味な体験の始まりだった。
富士山のよく見えるその遊園地は標高が高いのか、私の住む港町よりもかなり気温が低く、日陰で風が吹こうものなら体がぶるりと震える程だった。
「ううぅぅぅぅ~。さみぃぃぃ~」
両手を擦り合わせたりポケットに手を突っ込んだりして暖を取りながら大行列に並ぶ。
90分待ちの看板はとっくに人混みに隠れていたが、それ以上の行列が前に残っている。
「多すぎだろ……。先に予約取っといて正解だったなー」
「休みの日の人気遊園地なんてこんなもんなんじゃない?」
遊園地に入るなりおばけ屋敷にダッシュした結果、他のアトラクションとは違って指定された時間に決められた人数だけ入れる方式で出鼻を挫かれた私達は、どうせならと日暮れに予約をした。そして時間まで遊園地を満喫しようと目玉商品のジェットコースターの行列に並んだのだった。
結局ほとんどの時間を並んで費やした私達は、少し早めにおばけ屋敷に戻ってきていた。
薄暗い夕焼けを背景にした建物は真っ黒な影に見えて一層不気味さを増している。
「うわぁ、縁起悪いよぉー」
既に引き返したい気持ちで一杯だった私は、後悔していると思われたくなくて風を受けて揺れる宙吊りの煤けた人形に毒づいた。
「それだけじゃないよぉ~……」
わざとらしい声でおどかす友人の指差す先を見て、私はひっ、と息を呑んだ。
暗がりと落ち葉で見えにくいが、そこらじゅうに小さな檻が積まれている。その中にはマネキンの生首。
時折建物内から聞こえる悲鳴で、さっきから心臓が早鐘を打ちっぱなしだ。
「お次の方、中へどうぞ」
白衣を着たスタッフが容赦なく私達を廃病院へ誘導する。
「もう、嫌だ~……」
「入る前からそんなんでどうすんの!」
みんなにからかわれながら廃病院のロビーへと足を踏み入れる。
前でスタッフがアトラクションの説明をしている最中も、悲鳴やうめき声が聞こえてきて正直頭に入ってこなかった。
説明が終わって通された廊下は、ロビーでビビらせた割には明るく、いかにも安全、といった雰囲気だった。進行方向の反対側にはスタッフ用の通路すら見えている。
どうやらここで各グループの間隔を調整するようだ。
最後尾の私達はおしゃべり出来る余裕すらあった。
「怖いねー」とか「足震えてきたー」なんて話していると、前にいる友人──必然的に後ろを向いている──がスタッフ廊下を指差して言った。
「それにしてもさー、そこの廊下。ちょいちょいスタッフ通るんだけど、たまにお化けの演技しながら通る人いて、さすがだなーって思うわ」
確かに時折後ろから足音が聞こえていた。特に気にはしなかったが、スタッフのものだったのか。振り返らなくて正解だった。
「もう3人も通ったよ、雰囲気バッチリだね」
それに両隣の2人が首をかしげた。
6人で来た私達は3―3で向き合って喋っていた。
「え?2人しか通ってなくない?」「うん、2人じゃね?」
同じくスタッフ廊下側を向いていた2人が物騒な事を言い出す。
「や、やめてよぉ……」
「いや、別にビビらせようとかそんなんじゃ、なぁ?」「うん」
「えー?3人通ったっしょ!」
「ほらほら、あんまり怖がらせないの。泣きそうになってるよ」
よっぽど、私の顔が青ざめていたのだろう。その場は見逃したのだろうということで収まった。
その1件で完全に縮み上がっていた私だったが、おばけ屋敷自体の雰囲気の完成度がハイレベル、お化けスタッフが追ってくる、ということ以外は子供の頃の記憶とあまり変わらず、驚かし系のギミックも列の後ろの方にいるせいか程よくびっくりする程度で純粋に楽しめだしていた。
キャアキャアと騒ぎながら廃ベッドが無造作に置かれた廊下を曲がると、やや開けた真っ直ぐな廊下に出た。
廊下の両サイドには向かい合う様にして錆びた金属製の扉がいくつも並んでいる。扉の丁度視線の高さ程の位置に小さな鉄格子のはまった窓がある辺り精神病棟、といったコンセプトなのかもしれない。
これまでは機材が散乱しているせいで、真っ直ぐな廊下も曲がりくねりながら進まなければならなかった分、何もない、非常灯で真っ赤に照らされた廊下は正に「ここで追いかけるぞ」といった気配を漂わせている。
列の後方はビックリ系のギミックには掛かりにくいが、追いかけられると間近でその恐怖を味わうことになる。
実際ここまでで何度背後にいるお化けの気配を感じたことか。
お化けから必死に目を背けても、後ろからお化けスタッフのスニーカーが放つキュッキュという音がずっとついてくるのだ。
かといって先頭に立つ勇気は無いし……。
「よし、行くよ……」
心の準備が整わない内に先頭が歩き始める。
やむ無く前の人の両肩を掴んでビクビクと歩を進める。
その私の肩に殿の子が片手を添えていた。
もしかしなくても、私は今一番怖くないポジションで一番怖がってるんじゃなかろうか。
そう思ったとき。
───ぺたっ
軽い湿った音が後ろから聞こえた。
「来たああああああ!早く!早く行って!!」
聞こえたと思った時には叫んでいた。
───ぺたっ、ぺたっ、ぺたっぺたっ
徐々に早まるそれとは対照的に先頭は両手を広げて走り出すのを抑える。
「どうどう、走ると危ないぞー」
あれは明らかに遊んでいる。しかし、決して振り返らない辺り、お化け自体は怖いらしい。
───ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた
音がどんどんと近づいてくる。
このままでは追いつかれるのと廊下を渡りきるのは五分五分だ。
スタッフが直接触ってくる事は無いとはいえ、怖いもんは怖いのだ。追いつかれるのは勘弁してほしかった。
───ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた
ずっと叫びっぱなしだったが、ここに来て言葉にならない悲鳴をずっとあげていた。
「ちょっ、うるさっ……」
前の人が耳を塞ごうがお構い無しに叫びながら頭の隅で冷静に(あっ、間に合わんかも)とか思っていた時だった。
「はいはいはーい、お化けはいないですよー(ゴスッ)」
おでこにチョップを食らって、ようやく悲鳴が止まった。
「あ、あれ?いつの間に」
おでこをさすりながら恐る恐る後ろを振り向く。
思っていたよりも全然短い廊下にお化けの姿は無かった。
「凄いよねー。ビビるだけビビらせて気付いたら隠れちゃうんだもん。ほんとに居たの?って感じ」
振り返ってチョップをしてきた友人は振り返ったまま改めて廊下を見渡す。
「いたじゃんか!足音がぺたぺたーって!」
「いやいや、あんたの悲鳴うるさすぎて聞こえなかったし」
「ほんとそれ。耳が痛いわ」
必死の抗議も笑って流されてしまった。
まあ、確かに叫びすぎた自覚はある。ヒリヒリする喉がそれを証明していた。
「ねぇねぇ、どのドアに隠れたんだろうね?」
傍観していた友人が手近なドアに近寄った。
「やめときなよー、スタッフに怒られるよ」
そう言いながらも止める気は無いようで、次々とドアをチェックしていくのを見ている。
そして最後のドアに駆け寄ったとき、ゆっくりこちらを振り返った。
その顔は明らかに困惑の表情。
「ねぇ、全部、ただの飾りなんだけど……」
ゾッとする、とはまさにこの事だと思った。
背中を微弱な電気が走るような、細い脚の大量の虫が一斉に這い上がるような気持ちの悪い感触が走った。
「嘘でしょ!?」
みんな一斉に扉に駆け寄って鉄格子を覗く。
そこには味気の無いコンクリートの壁があった。
「で、でも確かに足音が!」
「うん、私も聞いた」
一番後ろにいた子も同調してくれる。
「でも、じゃあ、実際に見た人、いる?」
先頭の友人が恐る恐る訊く。
全員が一様に首を降った。
「な、なんかおかしいよ……。早く行こ」
流石に全員が異様な雰囲気を感じ始めていた。
「こりゃ途中でリタイアした方が良いんじゃないか……?」
普段なら弱気だ、といじられそうな発言も今回だけは文句は出なかった。
しかしいくら進んでもそれらしいドアは無く、スタッフの一人も見当たらない。お化けのスタッフすら出なかった。
ただ淡々と驚かせる仕掛けが作動し、その度にパニックになりそうになる心を落ち着けなから進むしかなかった。
列の順番を入れ替えたり、励まし合ったりしながら進むのもそろそろ限界になってきた頃、再び錆びた鉄の重厚そうな扉が現れた。
先頭が扉の前に立つと、ギギーッというあからさまな金属音とともに扉が横にスライドした。
「ヒッ……」
先頭が小さな悲鳴をあげる。
扉の先は人1人が通れる位の細く短い階段になっていて、両側の壁は人の頭蓋骨が天井までびっしりと積まれていた。
「うぇ……気色わる……」
悪趣味の遥か上を行く装飾に顔を歪めながらゆっくりと階段を降りる。
こつ……こつ……
コンクリートの階段に誰かのヒールの音だけが反響する。
ものの数mほど下に降りると、両側に無人の檻が並ぶ通路に出た。
錆びた鉄格子と染みだらけの壁がずうっと奥まで続いていて、地下特有の埃っぽい空気にどこからかすえた臭いが混じる。
何よりも目を引くのが通路の天井から吊るされた無数の麻袋だ。
所々に黒い染みのついた麻袋が頭上すれすれに乱雑に吊るされている。
何が入っているのか、袋はゴツゴツと歪な形で、かなり大きいものばかりだ。
「うぅ……絶対この袋がガチャンって下がってくるパターンだよこれ……」
誰かの呟きで一気に警戒心が上に向く。
こつ……こつ……
袋の真下を通るのを避けながらゆっくりと歩を進める。
どれ程進んだだろうか。
もう随分と歩いた気もするし、大して進んでない気もする。
ただただ、精神がすり減っていく。
代わり映えしない景色に余裕が生まれたのか、ため息を1つついて少し先を見た。
暗い照明で廊下の奥は見えない。
もしかしたら永遠にこの廊下が続くのでは?という恐ろしい妄想が浮かぶ。
その妄想を打ち消そうと、無心で頭上の袋に視線を移した時だった。
袋のでこぼこが、動いた。
もぞもぞと中身が動いて袋が揺れる。
中身は次第に激しく動き、それに伴って袋も激しく揺れた。
「なに?なになになに!?」
全員が足を止めて袋の異様な動きを注視していた。
ギッ……ギッ……ギッ……ギッ……
袋を繋ぐボロボロのロープが軋む。
ギッ、ギッ、ビチッ、ギッ、ギッ、ビチチッ
袋の揺れに耐えきれなくなったロープから断続的に弾けるような音が聞こえると、遂にブチ、と音をたててロープが千切れた。
ドチャッ……
重く湿った音をたてて麻袋が床に落ちる。
袋の口がばらりと開く。
「なに……これ……」
袋から次々と赤黒い液にまみれた太い棒状の物が転がりだしてくる。
周囲に生臭い臭いがたちこめる。
私はその物体が何か分からなかった。理解する事から必死に目をそらしていたのかもしれない。
しかし、私は足元にコロコロと転がってきた一際丸い物を見てしまった。
所々皮が剥がれ、むき出しになった歯、ぽっかりと穴の2つ空いた鼻腔。まばらに残った髪は血で固まっている。
表情はおろか性別すらも判らなくなった首は、私の足に確かな重みを持ってぶつかり、止まった。
静寂が辺りを包む。
誰もが声も出せずにいた。
首の瞼がすうっと開く。
何かを言おうと口が開き、喉からシューッと細長い空気が漏れた。
「いやああああああああああああああ!!!」
誰かの悲鳴か、あるいは自分の悲鳴か。
止まっていた時間が動き出し、我に返った。
我に返った時には生首も悪臭も嘘のように無くなっていた。
それどころか埃っぽい壁に染みは無く、鉄格子も錆びていない。
おどろおどろしい装飾がわざとらしいまでに散らかっていた。
「なに?どういうこと?」
一切理解が追いつかない。
視界の端に麻袋が映る。
ひっ、と小さな悲鳴をあげて見上げるとあの麻袋がずらりとぶら下がっていた。
しかし袋にも染みはなく動く様子は無かった。
先程までまとわりついていた嫌な雰囲気は霧散し、ほとんど内装は変わらないのに全く別の世界にいるようだった。
誰ひとり動けずにいると、廊下の奥から白衣の男がライトを持って駆け寄ってくる。
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
かなり慌てた様子の男はどうやらスタッフらしく、彼に誘導されるまま非常用の出口から外に出るまで誰ひとり喋らなかった。
緊張の糸が切れて、しかし安堵しきれず魂が抜けたように歩きながらスタッフの男が話した事の顛末によると、安全のために施設内の各所に設置された防犯カメラに私達の姿が映らなくなり、お化け役のスタッフも見ておらず、非常口の出入りも無い行方不明状態から突然悲鳴が聞こえて近傍のスタッフが駆けつけた、ということらしい。
時間と共に少しずつ落ち着きを取り戻した私達はスタッフに色々と話を聞かれた。
コースは間違っていなかったようだったが、裸足のお化けも、麻袋の仕掛けも存在しないと言われた。
私達が見たのは果たして何だったのだろうか。
病院の昔の記憶に迷い込んでしまったのか。
そのお化け屋敷の前身が本当にただの病院だったのか、疑問が残る。
それゆえ「本物を見た」という噂が後を絶たず、運営スタッフの離職率の高さがその噂の信憑性を高めていた。
しかし、そんな噂もアトラクションの付加価値となり、全国的にも有名なおばけ屋敷となっていた。
幼少の頃、近所の小さなおばけ屋敷でのトラウマからホラーを出来るだけ避けてきた私は、友人にそのおばけ屋敷に誘われたとき返答に詰まった。
大人から見ればちゃちなおばけ屋敷でも、子供の時分にはとても怖かった。
それは長い時を経て膨らみ、とてつもない恐怖としてのみ心に残っていたし、同時にそれがただの膨れ上がった妄想だという自覚もあった。
だから苦手意識と大人になった今なら行けるのでは?というチャレンジ精神の狭間で揺れた。
「なぁー、行こうぜー。みんな来るってよ。有名なとこだし、1度は行った方がいいって!」
誘ってきた友人はもう一押しとばかりにアピールしてくる。
ありふれた誘い文句ではあったが、存外にもそれらの言葉は私の心を傾けた。
怖さで有名ならなおのこと怖いじゃないか!とも思ったが、付き合いだとか有名どころはやっぱり1度くらい……とか、折角誘ってくれてるし、とか色々な小さな理由から誘いに乗ることにした。
それがあの不気味な体験の始まりだった。
富士山のよく見えるその遊園地は標高が高いのか、私の住む港町よりもかなり気温が低く、日陰で風が吹こうものなら体がぶるりと震える程だった。
「ううぅぅぅぅ~。さみぃぃぃ~」
両手を擦り合わせたりポケットに手を突っ込んだりして暖を取りながら大行列に並ぶ。
90分待ちの看板はとっくに人混みに隠れていたが、それ以上の行列が前に残っている。
「多すぎだろ……。先に予約取っといて正解だったなー」
「休みの日の人気遊園地なんてこんなもんなんじゃない?」
遊園地に入るなりおばけ屋敷にダッシュした結果、他のアトラクションとは違って指定された時間に決められた人数だけ入れる方式で出鼻を挫かれた私達は、どうせならと日暮れに予約をした。そして時間まで遊園地を満喫しようと目玉商品のジェットコースターの行列に並んだのだった。
結局ほとんどの時間を並んで費やした私達は、少し早めにおばけ屋敷に戻ってきていた。
薄暗い夕焼けを背景にした建物は真っ黒な影に見えて一層不気味さを増している。
「うわぁ、縁起悪いよぉー」
既に引き返したい気持ちで一杯だった私は、後悔していると思われたくなくて風を受けて揺れる宙吊りの煤けた人形に毒づいた。
「それだけじゃないよぉ~……」
わざとらしい声でおどかす友人の指差す先を見て、私はひっ、と息を呑んだ。
暗がりと落ち葉で見えにくいが、そこらじゅうに小さな檻が積まれている。その中にはマネキンの生首。
時折建物内から聞こえる悲鳴で、さっきから心臓が早鐘を打ちっぱなしだ。
「お次の方、中へどうぞ」
白衣を着たスタッフが容赦なく私達を廃病院へ誘導する。
「もう、嫌だ~……」
「入る前からそんなんでどうすんの!」
みんなにからかわれながら廃病院のロビーへと足を踏み入れる。
前でスタッフがアトラクションの説明をしている最中も、悲鳴やうめき声が聞こえてきて正直頭に入ってこなかった。
説明が終わって通された廊下は、ロビーでビビらせた割には明るく、いかにも安全、といった雰囲気だった。進行方向の反対側にはスタッフ用の通路すら見えている。
どうやらここで各グループの間隔を調整するようだ。
最後尾の私達はおしゃべり出来る余裕すらあった。
「怖いねー」とか「足震えてきたー」なんて話していると、前にいる友人──必然的に後ろを向いている──がスタッフ廊下を指差して言った。
「それにしてもさー、そこの廊下。ちょいちょいスタッフ通るんだけど、たまにお化けの演技しながら通る人いて、さすがだなーって思うわ」
確かに時折後ろから足音が聞こえていた。特に気にはしなかったが、スタッフのものだったのか。振り返らなくて正解だった。
「もう3人も通ったよ、雰囲気バッチリだね」
それに両隣の2人が首をかしげた。
6人で来た私達は3―3で向き合って喋っていた。
「え?2人しか通ってなくない?」「うん、2人じゃね?」
同じくスタッフ廊下側を向いていた2人が物騒な事を言い出す。
「や、やめてよぉ……」
「いや、別にビビらせようとかそんなんじゃ、なぁ?」「うん」
「えー?3人通ったっしょ!」
「ほらほら、あんまり怖がらせないの。泣きそうになってるよ」
よっぽど、私の顔が青ざめていたのだろう。その場は見逃したのだろうということで収まった。
その1件で完全に縮み上がっていた私だったが、おばけ屋敷自体の雰囲気の完成度がハイレベル、お化けスタッフが追ってくる、ということ以外は子供の頃の記憶とあまり変わらず、驚かし系のギミックも列の後ろの方にいるせいか程よくびっくりする程度で純粋に楽しめだしていた。
キャアキャアと騒ぎながら廃ベッドが無造作に置かれた廊下を曲がると、やや開けた真っ直ぐな廊下に出た。
廊下の両サイドには向かい合う様にして錆びた金属製の扉がいくつも並んでいる。扉の丁度視線の高さ程の位置に小さな鉄格子のはまった窓がある辺り精神病棟、といったコンセプトなのかもしれない。
これまでは機材が散乱しているせいで、真っ直ぐな廊下も曲がりくねりながら進まなければならなかった分、何もない、非常灯で真っ赤に照らされた廊下は正に「ここで追いかけるぞ」といった気配を漂わせている。
列の後方はビックリ系のギミックには掛かりにくいが、追いかけられると間近でその恐怖を味わうことになる。
実際ここまでで何度背後にいるお化けの気配を感じたことか。
お化けから必死に目を背けても、後ろからお化けスタッフのスニーカーが放つキュッキュという音がずっとついてくるのだ。
かといって先頭に立つ勇気は無いし……。
「よし、行くよ……」
心の準備が整わない内に先頭が歩き始める。
やむ無く前の人の両肩を掴んでビクビクと歩を進める。
その私の肩に殿の子が片手を添えていた。
もしかしなくても、私は今一番怖くないポジションで一番怖がってるんじゃなかろうか。
そう思ったとき。
───ぺたっ
軽い湿った音が後ろから聞こえた。
「来たああああああ!早く!早く行って!!」
聞こえたと思った時には叫んでいた。
───ぺたっ、ぺたっ、ぺたっぺたっ
徐々に早まるそれとは対照的に先頭は両手を広げて走り出すのを抑える。
「どうどう、走ると危ないぞー」
あれは明らかに遊んでいる。しかし、決して振り返らない辺り、お化け自体は怖いらしい。
───ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた
音がどんどんと近づいてくる。
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ずっと叫びっぱなしだったが、ここに来て言葉にならない悲鳴をずっとあげていた。
「ちょっ、うるさっ……」
前の人が耳を塞ごうがお構い無しに叫びながら頭の隅で冷静に(あっ、間に合わんかも)とか思っていた時だった。
「はいはいはーい、お化けはいないですよー(ゴスッ)」
おでこにチョップを食らって、ようやく悲鳴が止まった。
「あ、あれ?いつの間に」
おでこをさすりながら恐る恐る後ろを振り向く。
思っていたよりも全然短い廊下にお化けの姿は無かった。
「凄いよねー。ビビるだけビビらせて気付いたら隠れちゃうんだもん。ほんとに居たの?って感じ」
振り返ってチョップをしてきた友人は振り返ったまま改めて廊下を見渡す。
「いたじゃんか!足音がぺたぺたーって!」
「いやいや、あんたの悲鳴うるさすぎて聞こえなかったし」
「ほんとそれ。耳が痛いわ」
必死の抗議も笑って流されてしまった。
まあ、確かに叫びすぎた自覚はある。ヒリヒリする喉がそれを証明していた。
「ねぇねぇ、どのドアに隠れたんだろうね?」
傍観していた友人が手近なドアに近寄った。
「やめときなよー、スタッフに怒られるよ」
そう言いながらも止める気は無いようで、次々とドアをチェックしていくのを見ている。
そして最後のドアに駆け寄ったとき、ゆっくりこちらを振り返った。
その顔は明らかに困惑の表情。
「ねぇ、全部、ただの飾りなんだけど……」
ゾッとする、とはまさにこの事だと思った。
背中を微弱な電気が走るような、細い脚の大量の虫が一斉に這い上がるような気持ちの悪い感触が走った。
「嘘でしょ!?」
みんな一斉に扉に駆け寄って鉄格子を覗く。
そこには味気の無いコンクリートの壁があった。
「で、でも確かに足音が!」
「うん、私も聞いた」
一番後ろにいた子も同調してくれる。
「でも、じゃあ、実際に見た人、いる?」
先頭の友人が恐る恐る訊く。
全員が一様に首を降った。
「な、なんかおかしいよ……。早く行こ」
流石に全員が異様な雰囲気を感じ始めていた。
「こりゃ途中でリタイアした方が良いんじゃないか……?」
普段なら弱気だ、といじられそうな発言も今回だけは文句は出なかった。
しかしいくら進んでもそれらしいドアは無く、スタッフの一人も見当たらない。お化けのスタッフすら出なかった。
ただ淡々と驚かせる仕掛けが作動し、その度にパニックになりそうになる心を落ち着けなから進むしかなかった。
列の順番を入れ替えたり、励まし合ったりしながら進むのもそろそろ限界になってきた頃、再び錆びた鉄の重厚そうな扉が現れた。
先頭が扉の前に立つと、ギギーッというあからさまな金属音とともに扉が横にスライドした。
「ヒッ……」
先頭が小さな悲鳴をあげる。
扉の先は人1人が通れる位の細く短い階段になっていて、両側の壁は人の頭蓋骨が天井までびっしりと積まれていた。
「うぇ……気色わる……」
悪趣味の遥か上を行く装飾に顔を歪めながらゆっくりと階段を降りる。
こつ……こつ……
コンクリートの階段に誰かのヒールの音だけが反響する。
ものの数mほど下に降りると、両側に無人の檻が並ぶ通路に出た。
錆びた鉄格子と染みだらけの壁がずうっと奥まで続いていて、地下特有の埃っぽい空気にどこからかすえた臭いが混じる。
何よりも目を引くのが通路の天井から吊るされた無数の麻袋だ。
所々に黒い染みのついた麻袋が頭上すれすれに乱雑に吊るされている。
何が入っているのか、袋はゴツゴツと歪な形で、かなり大きいものばかりだ。
「うぅ……絶対この袋がガチャンって下がってくるパターンだよこれ……」
誰かの呟きで一気に警戒心が上に向く。
こつ……こつ……
袋の真下を通るのを避けながらゆっくりと歩を進める。
どれ程進んだだろうか。
もう随分と歩いた気もするし、大して進んでない気もする。
ただただ、精神がすり減っていく。
代わり映えしない景色に余裕が生まれたのか、ため息を1つついて少し先を見た。
暗い照明で廊下の奥は見えない。
もしかしたら永遠にこの廊下が続くのでは?という恐ろしい妄想が浮かぶ。
その妄想を打ち消そうと、無心で頭上の袋に視線を移した時だった。
袋のでこぼこが、動いた。
もぞもぞと中身が動いて袋が揺れる。
中身は次第に激しく動き、それに伴って袋も激しく揺れた。
「なに?なになになに!?」
全員が足を止めて袋の異様な動きを注視していた。
ギッ……ギッ……ギッ……ギッ……
袋を繋ぐボロボロのロープが軋む。
ギッ、ギッ、ビチッ、ギッ、ギッ、ビチチッ
袋の揺れに耐えきれなくなったロープから断続的に弾けるような音が聞こえると、遂にブチ、と音をたててロープが千切れた。
ドチャッ……
重く湿った音をたてて麻袋が床に落ちる。
袋の口がばらりと開く。
「なに……これ……」
袋から次々と赤黒い液にまみれた太い棒状の物が転がりだしてくる。
周囲に生臭い臭いがたちこめる。
私はその物体が何か分からなかった。理解する事から必死に目をそらしていたのかもしれない。
しかし、私は足元にコロコロと転がってきた一際丸い物を見てしまった。
所々皮が剥がれ、むき出しになった歯、ぽっかりと穴の2つ空いた鼻腔。まばらに残った髪は血で固まっている。
表情はおろか性別すらも判らなくなった首は、私の足に確かな重みを持ってぶつかり、止まった。
静寂が辺りを包む。
誰もが声も出せずにいた。
首の瞼がすうっと開く。
何かを言おうと口が開き、喉からシューッと細長い空気が漏れた。
「いやああああああああああああああ!!!」
誰かの悲鳴か、あるいは自分の悲鳴か。
止まっていた時間が動き出し、我に返った。
我に返った時には生首も悪臭も嘘のように無くなっていた。
それどころか埃っぽい壁に染みは無く、鉄格子も錆びていない。
おどろおどろしい装飾がわざとらしいまでに散らかっていた。
「なに?どういうこと?」
一切理解が追いつかない。
視界の端に麻袋が映る。
ひっ、と小さな悲鳴をあげて見上げるとあの麻袋がずらりとぶら下がっていた。
しかし袋にも染みはなく動く様子は無かった。
先程までまとわりついていた嫌な雰囲気は霧散し、ほとんど内装は変わらないのに全く別の世界にいるようだった。
誰ひとり動けずにいると、廊下の奥から白衣の男がライトを持って駆け寄ってくる。
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
かなり慌てた様子の男はどうやらスタッフらしく、彼に誘導されるまま非常用の出口から外に出るまで誰ひとり喋らなかった。
緊張の糸が切れて、しかし安堵しきれず魂が抜けたように歩きながらスタッフの男が話した事の顛末によると、安全のために施設内の各所に設置された防犯カメラに私達の姿が映らなくなり、お化け役のスタッフも見ておらず、非常口の出入りも無い行方不明状態から突然悲鳴が聞こえて近傍のスタッフが駆けつけた、ということらしい。
時間と共に少しずつ落ち着きを取り戻した私達はスタッフに色々と話を聞かれた。
コースは間違っていなかったようだったが、裸足のお化けも、麻袋の仕掛けも存在しないと言われた。
私達が見たのは果たして何だったのだろうか。
病院の昔の記憶に迷い込んでしまったのか。
そのお化け屋敷の前身が本当にただの病院だったのか、疑問が残る。
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オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/7:『かわぞいのみち』の章を追加。2026/1/14の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/6:『まどのそと』の章を追加。2026/1/13の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/5:『おちゃ』の章を追加。2026/1/12の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/4:『かみ』の章を追加。2026/1/11の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
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