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怒りの咆哮

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それならそうと、どうして狩野は最初からそう言わなかったのだろうか。


仲間を助けたいなら助けたいで、はっきり言えば良いのに。


「……ははーん、そう言うことか。俺は女を信じない。だけど、そんな顔をされちゃあ、信じたいと思うじゃないか」


フフッと笑って、黒井は狩野に背中を向けた。


そんな顔とは、どんな顔をしてるのか。


黒井を納得させるほどだ、きっと一点の曇りもない、力強い眼差しに違いない。


そう思って、野次馬根性でそっと回り込んで狩野の顔を覗き込んだ真治は気付いてしまった。



潤んだ瞳、恥ずかしそうに赤くした両方の頬に、手を当てて照れを隠しきれないでいる表情。



(こ、これは……もしや、恋する乙女と言うやつか!)


いかに鈍感な真治と言えど、何度も色恋に巻き込まれてさすがにわかるようになっていた。


狩野は、名鳥順一が好きなのだろうと。


「な、なんだ……そういうことなら最初に言えば良かったのに」


「わかってないわね真治くん。考えてもみなさいよ。この先、もしもあなた達が順一さんと会ったとしたら、絶対に明ちゃんのことを話すでしょ?」


そう言われなければ、もしかしたら何気なく言っていたかもしれないと真治は考えたが、黒井は冷めた表情で。


「いや、俺は人の色恋沙汰に興味はないんだけど」


「あ、お、俺は……き、気を付けます」


真冬の言葉に頷いて、余計なことは言わないでおこうと誓う真治であった。
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