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2話 誰……?

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「ごめん、本当にごめんね。でも、もうこんなことは誰にもさせないーーーー守るから」

 誰……? 温かく優しい手が私の頬を撫でる。まるで愛情が篭った手みたい。泣きそう……絶対泣かないけど。この温かい手に撫でられ、心に日が灯るような……愛されるってこんなことなんじゃないかと思ったーーーーそしてまた眠りについた。




「お嬢様……起きてください」

 専属侍女であるメアリーが私を起こした。彼女は男爵家の三女でプライドが高く義兄の嫁の座を狙っている。

「……んっ」

 疲れが取れない怠い体を身じろぎしながら、起きようしていたときだった……

――バシャ

 冷たい水を掛けられた。

「クスクスッ……お嬢様がだらしがないからですわ。これも侍女としての教育です」

――大丈夫、こんなことなんでもない

「着替えを用意しおいて。あなたのことはいずれ首にしてあげるわ」
「ぷっ……出来るならどうぞ。この屋敷で誰にも相手にされてないくせに」

 彼女の言うことは事実だった。お父様に訴えても、きっと私がマヌケだから舐められるのだと逆に叱責されるに違いなかった。悔しくて奥歯をギュッと噛んだ。無言でバスルームに向かい顔を洗った。蛇口を撚るが、冷たい水しか出ないのも、メイドの仕業だろう。
 昨晩のことは夢だったのだろうか? 優しく頬を撫でる誰か……そんな人はこの邸宅に存在しない。私を愛してくれる人なんて居ないのに、誰か一人でいいから、愛されたいと欲望を捨てられない。諦めればいいのに。虚しくて苦しい。やるせない気もする。

ーー愛されたらしてあげたいこと&してほしいこと『頭を優しく撫でて慰めてほしい』

 をリストに追加しようと決めた。私は誰かに愛されることを諦められくて、愛されたらしてあげたいこと&してほしいことのリストを作っている。愛するにも愛されるにも慣れてないから、上手く愛情を表現出来るようにと。

 顔を洗って戻るとトランクが一つベットの上に置かれていた。

「この役立たず! 修道院にいけとのこと伯爵様から言伝です」

 見下した顔をしたメイドが出ていき、まだ夜明け前、私は蝋燭の火を頼りにもくもくと荷造りを始めた。

 我が家に仕える騎士が部屋まで迎えに来た。彼は微妙な表情をしていて、その顔から困惑しているのが見て取れた。トランクは彼が持ち、馬車まで案内された。東の空が少し明るくなってきている。こんな朝早く立つのは、恥だからだと思った。

 遠ざかる首都の街並み、ランドロフを愛していた。だから彼に尽くした。大公妃教育も頑張ったし、彼の執務も寝る間を惜しんで手伝った。それなのになぜ私を愛してくれないのだろう。私は愛される資質というものが完全に欠如してるのかもしれない。未来永劫私を愛してくれる存在は、いないのだ。
 いつも心に雨が降っていた。今もそう。これまでの人生で楽しかったことを思い出そうとしたけど、何も思い出せなかった。

 3日目事だった。いきなり馬車が山道で止まった。山賊かと不審思い、扉に鍵を掛けた。何も守るものなど無いのに、滑稽に感じた。いっそここで死ん……

――ドンドンドン……ドンドン……ドンドンドンドン!!!

 激しく扉を叩かれ、思わず恐怖に震える。

「ロージィ、開けてくれ」
「お義兄様!?」

 安堵しつつ馬車のドアを開けるとお義兄様が乗り込んできて、隣に腰を落とした。いつもは向かい合わせで座っていた彼との距離が近くて鼓動が早くなるのは、男性が近くにいるのになれてないせい。
 彼は私の手を取って、真摯な顔で私を真っ直ぐ見つめている。エメラルドグリーンの海の色の目がとても綺麗だと思った。

「ロージィ、俺と結婚しよう」
「何を言ってらっしゃるのかしら? 寝言は寝てから申してください」
「お義父様からは許可を貰っているよ」
「なんで私と!?」
「ロージィが好きだからに、決まってる」

 甘やかに笑って、ステファンが私の手の甲に口づけをする。ドキドキしているのは慣れてないだけ。婚約者だったランドロフもこんなこと一度もしてくれなかったから。

「馬鹿なこと言わないで。からかわないでよ」

 私は緊張して、思わず手を振り払った。

――あっ、気分を害してないかしら……?

 彼の表情は変わらず笑っていたのを見てホッとすると同時に顔が熱くて動機が速い。
 なんで私は可愛く対応できないのだろかと、こんなんじゃ今でさえ好かれてないのに、きっとすぐに嫌われてこんなことしてくれなくなってしまう。嫌じゃなかったのに。忸怩たる思いを胸に抱きながら、彼を目線だけ上に向きながら盗み見たはずだったが、お義兄様と目があってすぐに逸してしました。

「クスクスッ…………」
「なっ、何かしら?」
「かわいいなって。食べちゃいたいくらい。ちゅっ!」
「!!!!」

 あ゛あ゛あ゛あ゛あぁーーーー!!! 頬にキスされた! ああ、頬どころか耳まで熱い。

「きゃぁっ!」

 ステファンが私を膝の上に横抱きにして乗せ、抱きしめた。心臓が暴走してる。

「家に戻って」

 ステファンは御者に伝え、馬車は走り始めた。
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