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6話 

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「コノヤロー!! 手間をかけさせやがって」

 迎えに来たのはお父様ではないのに、父に怒声を浴びせられ頬に平手打ちをされた。平手打ち程度で良かったとホッとする。
 私のせいではないけれど、無駄に費用を使ったのは私なので頭を下げた。

「申し訳ございません」
「金を稼ぐ脳がないやつが、宿など使うな! 馬車で寝ればよかろうに」

 貴族が野営など、どうしても宿が無い場合だけである。

――コンコン

「お義父様、ステファンです」
「入れ」
「申し訳ございません。わざとでは無いのですが、たまたま通りかかったらお声が耳に入ってしまって、婚約者破棄の件で御心を揉んでいるお義父様の手を煩わせるわけにはいくまいと思い、今回の費用は僕の方で負担させて頂きました」
「そうか。お前も難儀だな。こんな出来損ないと結婚しようだなんて」

 お父様は守銭奴だ。お母様と結婚したのも、持参金とその美貌が目的である。

「お前も母親譲りの美貌があれば、高値で売れたのに。婚約破棄された瑕疵物件になりおって、ただでさえ低い価値が更に低くなるわ」

 いつも寝不足で落ち窪んだ目とくまが酷く、老けた印象を与えていた。褒めるところは、鮮やかな赤色の髪と紫の瞳の色、それに胸はそこそこ大きい。ブスというほど酷くもないが、特段目を惹く容姿ではなかった。

「お義父様、僕がいるじゃありませんか。沢山稼いでお父様に煩わしさなど一欠片もない安穏とした生活をプレゼントしますね」

 美麗な&笑みをスチューは浮かべていた。私に向ける微笑みは嫌いじゃないが、この笑みは嫌いだなと思った。

「お義父様、ちょっと二人きりでお話したいことがあるのですが……」

 ちらりと私を見たスチューに気がついて、お父様は手で追い払ったので、辞去した。

――もしかして庇ってくれたのかしら?

 もっと叩かれると思っていたので、ホッとしただけじゃなく、降り積もる雪が溶ける時の温かな陽射しを思い起こすような感情が胸に広がる。庇ってくれた人などいなかったから、ただそれだけだ。

 私は自邸にある図書室行くことにした。元婚約者の実家のドムニエル大公領のことは大公妃教育を受けたので詳しいが、キャシーヌ伯爵家の領地は勉強してなかった。これからは伯爵夫人になるため勉強し、忙しいスチューに代わり執務を代行しなくてはならない。元婚約者のランドロフの執務も肩代わりしていたのだから、婚約者として当然責務だ。

「何やってるの?」
「これからは伯爵夫人になるのだから、キャシーヌ伯爵領について調べてるのよ」
「暫く休めばいいのに」
「一度休むと今まで普通だったことが辛くなったりするし、次の日も休みたくなっちゃうから」

 ジーンと目頭が熱くなるのは、休めなんて言ってくれた人がいないから。でもあなたを真っ直ぐ慕うほど幼くもない。だって優しさが単純な好意じゃないことを知っている。

「えらいな。ロージィは」

 スチューが私の頭を撫でた。胸が擽ったい感じがする。そうは言っても、私が執務の手伝いをさぼったら不機嫌になるでしょ、ランドロフみたいに。

「私は大丈夫。スチューこそ忙しいでしょ。だから何か手伝いたくて」
「ありがとう。今から馬の買い入れに出張に行くんだ」
「そういってらっしゃい」
「それだけ?」
「えっ?」
「ほら」

 スチューは少し屈んで、柔らかそうな自身のほっぺたを指で刺した。その意味を理解した瞬間、顔が朱に染まる。けれども、その白くて柔らかな頬に触れたかった私は…………

――ちゅっ

 恥ずかしかった私は、早く行きなさいよと可愛さの欠片もない声音で言った。それなのに可愛いなどと言う彼はどうかしている。否、絶対に私を懐柔するための言葉だ。

「お土産買ってくるね。なるべく早く帰ってくるから」

 笑顔を見た女子全てを虜にするような笑みを浮かべて、出ていった。




 翌日、お父様の怒りに任せ、殴る蹴るの暴行を受け、納屋に監禁されていた。
 
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