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1章

2話

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 何本か電車を見送るとだいぶ撮影者が増えてきて、現場の雰囲気はだんだんとピリピリしてきた。まだひな壇組むなよ、もうキャパないから帰れなどと罵声が飛び交う。そのとき、

「お腹空いてきちゃったー」

と例の少女がどこから取り出したのか板チョコを食べ始めた。すると途端に場の雰囲気が和んだ。僕が同じことをやっても多分公共の場で菓子を食うなと袋叩きに合うだろうな。

ぐうう、と腹が鳴った。実は朝から何も食べていないのだ。

「お兄さんも食べる?」

少女は板チョコを1列ぱきっと割り、僕に差し出した。

「お恥ずかしい……。ありがたく頂きます」

僕と少女が板チョコを食べていると、先ほどから後ろの方が何やら騒がしいなとは思っていたが、急に大きな怒鳴り声がした。

「おい、もうちょい下げろっつってんだろ!」

僕は一瞬びっくりして振り返ったが、また撮り鉄同士の喧嘩か、まぁいつものことだ、と何事もなかったかのように元の向きに戻りチョコを再び食べ始めた。
しかし、少女はつかつかと騒ぎの起こっている後ろの方に歩いていった。

「いい加減にしてほしいのはあなたの方なんですけど?さっきからなんか騒がしいなと思ったら公共の場で喧嘩まで始めて……みっともない」

「は?うるせぇなカス。女は黙ってろ」

「うるさいのはあなたのほうでしょ……本当に話の分からない人ですね……」

「それからそこの君、もうちょっとだけこっち寄れる?」

「いや、前がこの高さじゃこれが限界で……」

「わかったわかった、んじゃー皆さんひな壇組みましょ」

少女はぱんぱんと手を叩く。

「まず寝ローしてもいいよって人いるー?先着2人ぐらいまで」

はーい、はーいと3人ぐらい手が上がった。

「次ー、ローアンする人ー」

少女は慣れた様子で撮影者にひな壇を組ませていく。

「この脚立誰のー?使っていい?」

「おいそれは俺のだ、触んじゃねぇ」

少女が持ち上げた脚立は運悪くさっき吠えていた撮り鉄のものだった。

「あなたの脚立を使えばみんなが快適に撮影できるんですよ、なので使わせてくれませんか?」

「俺は俺さえ撮れれば他が非V決めようと知ったこっちゃねえ」

「はあ……」

「つかお前さっきから調子乗ってんじゃねえよ。いい加減にしろよ殺すぞ」

そう言って男は脚立を少女の手から奪い、振り上げた。男は今にもそれを少女の頭に振り下ろそうとしていた。
僕はまた止まれ、と心の中で強く念じた。僕はすこし血を吐きながら男の手から脚立を取り、地面に置いた。


ついでに男には僕もムカついていたので、担いで列の一番後ろに追いやってやった。


僕の能力はとても便利だが一つ代償がある。使えば使った分だけ死に近づくのだ。
まぁ僕は自分の命に価値など感じていないから何とも思わないが。


 僕の家は母子家庭だった。父親は物心ついたときにはもういなかった。俺は運動も勉強もあまり得意ではなく、人と会話することもあまり得意ではなかった。ある日家を片付けていると高そうなカメラとレンズが出てきた。母親にこれは何だ、と訊いたところ、父親の遺品でなんとなく残しているだけだから売るなり壊すなり好きにしなさい、と言われ、僕はいつの間にか電車を撮ることを趣味としていた。そしてその母親も去年死んだ。

母親が死んだとき生きる意味を失った僕には、死ぬ勇気もなかった。そこで、とりあえず家の近所の適当な神社に行き、賽銭を投げ入れ、僕を殺してくれと願った。何かが変わるか期待はしていなかった。

僕は神社の階段に座ってひたすら泣いていた。すると、境内を掃除していた綺麗な顔の巫女さんがこちらに近づいてきて言った。

「さっき殺してくれと願ったのはあなたですか?」

「いかにも、そうですが。なぜあなたがそれを?」

「まーまー細かいことは良いじゃないですか。うーん、今この場で殺してあげることもできますがそれではあまりに芸がないと思うんです。なのでこうしましょう―」

巫女から説明された内容は
・あなたに100時間分の時間停止能力を与えます
・然るべき場面で使うようにしなさい
・全て使い切ったら死にます

という内容だった。

「でもぶっちゃけ、時間停止って使わなくても生きていけますよね全然」

「そうですね。なので時間停止を使わざるを得ないようなイベントを適当なタイミングに私の方でつくりだします。そうですね、たとえば目の前で人が飛び降り自殺しようとするとか」

「そんなんで万が一僕が能力を発動させられなかったらどうするんですか」

「そりゃ落ちた子は死んであなたはとてつもない罪悪感に襲われるでしょうね、私の知ったことじゃありません。自分勝手な死にはそれ相応の代償がついて回ります」

「そんな面倒なことしないでさっさと殺してくださいよ」

「言いましたよねそれじゃ芸がないって。私はここ最近境内の掃除ばっかりしていてすごく退屈しているんです」

人の死を暇つぶしに使うなんてなんて悪趣味な巫女なんだと思いながら、仕方ないですね、条件をのみますよ、というと巫女はどこから取り出したのか契約書とペンを僕に差し出した。僕は言われるままにそこにサインをした。

「契約完了ですね、ありがとうございます。またいつかどこかで」
そう言って巫女は風と共に姿を消した。

僕は神社の階段にうずくまってそのままいつの間にか寝てしまっていたらしい。さっきのはきっとただの夢だったのだろう。そんなラノベみたいな話があるわけない。


それでも、もしかしたら―。


これで死ねるかもしれないのだ、もし仮に本当だったとしたら。試しに止まれ、と念じてみると、さっきまで揺れ動いていた木の葉もちょうど飛び立ったところだった鳩もぴたりと止まった。間違いない、本物だ。そう確信して僕は動け、と念じた。




……と、そういうわけで手に入れたこの能力なのだが、そもそも僕が死にたいなんて願わなければ害悪鉄によって少女が殴られそうになることもなかったのか、と考えるとそれだけで罪悪感に駆られる。巫女の、自分勝手な死にはそれ相応の代償がついて回る、という言葉が脳裏をよぎる。

まぁ今更契約してしまったものはどうしようもない。余計なことを考えても仕方ない。

動け―
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