仮想世界の恋花火

腹ペコ侍

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本編

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 「冬休み」それは多くの学生にとって待ち望んでいたものであろう。そして冬休み前日の学校というのは学生であれば、多くの人々が浮かれた様子で過ごしているものである。青春真っ盛りの高校2年生である。

 俺、充田翔人(ジュウダショウト)も昨年までならば、周りと同様に浮かれながら冬休みの予定なんかを考えていたことだろう。しかし、今年はとてもではないがそんな気分にはなれなかった。理由は俺がこの手に握っている手紙にある。俺には付き合っている彼女がいる。名前を北橋天姫(キタハシソラ)と言って隣の高校に通っている同じ歳の女子だ。彼女はロシア人とのハーフである。金髪に深い青色の瞳をしており一般的な日本人の容姿である黒髪に黒い瞳とはかけ離れている、更に顔は整っておりスタイルもよいため街中を歩けば誰もが振り向くのではないだろうか。

そんな彼女と別段目立った特徴のない俺が付き合うことが出来ているのには理由がある。それはとあるゲームだ。俺達は一昔前に流行したVRMMORPG「IMO」(Infinite Matrix Online)を、今でもプレイしているユーザー同士であるということだ。ゲームで出会い、家が近いと知って実際に会って遊んでいるうちに気づいたときには既に恋人になっていた。

 そんな彼女から今朝この手紙を渡されたのだ。手紙の内容はこうだった。

「大事な話があるので今日の放課後、私の家の前に来てください」

 俺はこれを自身のネガティブな性格のせいなのか彼女が別れ話をしたいということなのではないかと思っている。そう思えば思う程現実から逃げたくなるが、手紙を受け取った以上は行くしかない。俺は覚悟を決めて天姫の家へと向かった。

 天姫の家に着くと、天姫は赤く輝く夕日を背景に立っていた。その金髪は夕日の赤い光によって、より美しさを際立たせている。

「それで話って何?」

 俺は余裕の無さから単刀直入に早口になってしまう。

「私ね。親の転勤で遠くへ引っ越すの。だからね……」

 天姫は少し俯きながら口を開いていたが、途中で言葉を詰まらせる。俺はここまでの天姫の言葉だけで、天姫の言いたいことの予想がつく。それが恐ろしくて俺は気づけば咄嗟に口を開いていた。

「来週の大晦日の夜、IMOに来てほしい。そこで話がある」
「わかったわ。大晦日の夜ね」

 天姫は何か言いたそうだったがどうやら来てくれるようだ。
 俺はそれだけ言うとその場にいるのが辛くて天姫と赤い夕日から逃げるように走った。その日の夜、俺は自分の部屋のベッドで横になりながら大晦日にIMOで天姫と会ってどうするのかを考えていた。いくつか思いついたものもあったが、ピンときたものは1つもない。あのとき言いたいことだけ言って逃げたりしなければよかった。

 俺はため息をつきながらベッドから起き上がるとPCチェアに座って、PCを起動させる。そのままデスクトップに置いてあるショートカットをクリックして、IMOの公式サイトにアクセスした。何か目的があるわけでもないまま下にスクロールしていくと、とあるお知らせに俺の目が留まった。それは期間限定のソロ専用ダンジョンの出現であった。俺の目に留まったのはそのダンジョンのボスドロップの欄だ。

 1番低確率のボスドロップアイテムに「リング・オブ・オース」という指輪型の装備があった。このアイテム名を日本語に直すと「誓いの指輪」である。これを手に入れて天姫に渡して改めて告白しよう。この考えが俺の頭に浮かんだ。思いついたら即行動と言わんばかりに早速俺はIMOにログインした。俺はIMOでネウトリアというアカウントを使っている。早速俺は「リング・オブ・オース」を手に入れるために愛用の片手剣「デューク・エリュシオン」を装備し、ダンジョンへと潜り始めた。

 ダンジョン内は今までパーティーを組んで潜ってきたダンジョンの数々の中でもかなり難易度の高いダンジョンと同レベルの難易度のようだった。敵の数も多く、その1体1体がかなり強力である。

「この難易度をソロで周回しろとかどこのクソゲーだよ!」

 俺は敵を1体ずつ撃破しながら叫ぶ。それからしばらくして何とか敵を全滅させてダンジョンの最奥までたどり着いた。そこは大広間になっており壁際には様々な色の水晶の塊が光を反射して輝いている。そこで待ち受けていたのはサンタコスをした魔神グレファスという敵である。

「せめて、サンタコスさせるなら美少女とかにしやがれ!」

 俺はそう叫んで敵の頭上から思い切り剣を振り下ろす。渾身の一撃だったが敵のHPが多いのかHPゲージがあまり減ったように見えない。

「クワッド・スラッシュ‼」

 スキルで追撃するがやはり大したダメージはないようだ。その直後魔神グレファスがこちらへ突進を始める。避けようとしたが、ほんの少し間に合わず俺は壁際の水晶に思い切り叩き付けられる。俺のHPゲージを確認すると全体の6割程のHPが一撃で飛んでいったことが確認できる。

「これを周回しろとか運営は本当に頭大丈夫かよ」

 俺は片手で頭を掻きながらため息をつく。そしてデューク・エリュシオンを構えなおし、魔神グレファスに剣先を向ける。大きく息を吸い込んだ後、俺は突撃して無我夢中に魔神グレファスを切り続けた。

 しばらくして魔神グレファスのHPが残り1割程になった頃俺のHPは3割程度しか残っていなかった。しかも手持ちの回復アイテムを使い切っての3割だ。もう俺に回復手段は残っていなかった。それでも俺は自分のHPより魔神グレファスとそのHPゲージに釘づけになっていた。もう頭には突撃の2文字だけしか思い浮かばない。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」

 俺はもう一度突撃し始める。使えるスキルは何でも駆使して、ただ魔神グレファスを倒すことだけを考えて、雄叫びを上げながら俺は剣を振るい続けた。その間も俺のHPは容赦なく削られていく。

 魔神グレファスのHPは残り一撃で倒せる程まで削れていた。そして俺のHPも残り1桁、つまり一撃でも攻撃を受ければ死んでしまい、またやり直しになってしまう。そして俺と魔神グレファスは向かい合う。俺は気づけば剣を持つ手が震えていることに気づく。息を吐いて俺はもう一度デューク・エリュシオンを構えなおす。そして俺は全身全霊の力を込めて愛剣を振った。それと同時に魔神グレファスの拳がこちらへ向かってくる。だが避ける余裕もない。俺はそれをデューク・エリュシオンで受けた。すると魔神グレファスの拳が弾かれて、その体は大きく仰け反る。しかしデューク・エリュシオンはその反動で遠くまで弾き飛ばされてしまう。

「まだだ‼」

 俺は全力でメニューを操作して適当な片手剣を取り出して自分の態勢が崩れるなかで魔神グレファスに向けて思い切り投げた。

「届けぇぇぇぇぇぇぇ‼」

 俺はその場で倒れこみながら力一杯叫ぶ。その叫びが届いたのか投げた片手剣は魔神グレファスの腹に突き刺さり残り僅かなそのHPを削り切った。

「うぎゃぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」

 魔神グレファスは呻き声を上げながら光となって消えていった。そして俺の視界には「STAGECLEAR‼」の文字が浮かぶ。俺は立ち上がると片手を天に突き上げて勝利のガッツポーズを決めた。そして広間の中央に出現した宝箱を開けて中身を確認すると数々の貴重なレアアイテムやレア装備が入っており、レアのオンパレードだった。

「うぉっ! こんな貴重なアイテムの山とか見たことないぞ。まあ難易度に見合った報酬ってことなんだろうけど」

 俺は1つずつアイテムを確認してアイテムボックスに収納していく。

「さてさて、お目当てのリング・オブ・オースはいつ出てくるかな~♪」

 喜びで胸をいっぱいにしたままノリノリでアイテムの山をどんどん減らしていった。

 それからしばらくしてアイテムの山をアイテムボックスに収納し終わった頃、俺は青ざめた顔でその場にへたり込む。

「な、ない……。あれだけのレアアイテムの山があったのに、その中に1つもないなんて……」

 これだけレアアイテムがあれば1つくらいはあるだろうと完全に思い込んでいた。だが目的の物がない以上はまた再挑戦するしかないだろう。

「明日から何回も潜らないとな」

 俺はそう言って立ち上がるとダンジョンを出て、そのままログアウトした。

 翌日から冬休みが始まり、俺は朝からIMOにログインして食事と睡眠以外の時間を全てIMOの昨日のダンジョンにただひたすら潜っていた。何回も全滅したり、クリアしても肝心の「リング・オブ・オース」がドロップしなかったりと、途中からは精神的にもかなりきつかった。

 そして「リング・オブ・オース」がドロップしないまま大晦日の朝を迎えていた。俺は拠点としている街の中を歩いてはため息をつくという行為を繰り返している。

「これだけ周回してもドロップしないとかどんだけ運悪いんだよ俺……」

 俺が歩いているのは市場で活気があり賑わっている。今のテンションで自分がここにいるのは場違いだなと思い、俺はまたダンジョンに潜るしかないと市場から去ろうとする。俺が市場の出口を通り抜けようとしたときにチラッととあるアイテムが俺の目に留まった。それはとても綺麗なネックレスだった。アイテム名は「星空のネックレス」というらしい。店まで近づきよく見てみると飾りの細部まで作りこまれており、俺は思わず感嘆する。一応「リング・オブ・オース」がドロップしなかったときのために買っておこうと思い値段を確認する。

「よ、400万ジェリー‼ ま、マジかよ。俺の全財産の2倍か」

 俺の現在のゲーム内通貨であるジェリーの全財産は約200万ジェリーだ。このネックレスを買うには全財産の倍のジェリーが必要である。

「何か金になるようなものは……あるな」

 アイテムボックスを見ていた俺は「リング・オブ・オース」を手に入れるために周回しているうちに貯まっていったレアアイテムの数々を見つける。「リング・オブ・オース」ではないため周回していくうちに気づけばハズレ扱いしていたこれらのアイテムを売ればあのネックレスを買えるのではと考えた俺は買い取りを専門にしている店を目指して一目散に駆け出した。

 店に着いた俺は少し躊躇しながらもネックレスのためだと決断し、必要最低限のアイテム以外のレアアイテムを全て売ることで全財産を500万ジェリー程に増やすことができた。そしてネックレスを買うことができたのだった。

 大晦日の夜23時45分、俺は天姫のアバターであるスカイプリンセスに集合場所をメッセージで送り、自身もその場所へ向かっていた。ネックレスを買った後もダンジョンに潜り続けたが結局「リング・オブ・オース」を手に入れることは出来なかった。

 そして俺は指定した集合場所である街の外れにある「コルキスの白亜城」の最上階にある王座の間へと足を踏み入れる。すると玉座の間の端にあるバルコニーでスカイプリンセスは外の景色を静かに眺めていた。俺がバルコニーに出てスカイプリンセスの隣へ行くとスカイプリンセスがこちらへ目を向ける。

「それで話って何? 私も君に伝えないといけないことがあるんだけど」
「それは……」

 俺はそこまで言ったところで急に言葉が詰まる。緊張のせいかうまく言葉が出ないのだ。仮想世界にはないはずの心臓がバクンバクンと音を立てている気すらするのだ。俺は自分の手に隠し持っている「星空のネックレス」を見て俺は自分が何のためにここにいるのかを思い出す。

「少し目を瞑ってくれないか?」
「えっ? わかったわ」

 目を瞑ったことを確認すると俺はスカイプリンセスの首にそっと「星空のネックレス」をかける。何かされたことにスカイプリンセスは目を開けて首にあるネックレスを発見する。

「これ、君からのプレゼント? すごく嬉しい! 」
「本当は今回のイベントのリング・オブ・オースをプレゼントしたかったんだけど何度周回しても出てこなくてね。ごめん」
「謝らないで。君からまさかこんなプレゼントを貰えるなんて思ってなかったから。本当に嬉しいの」

 俺は彼女の幸せそうな顔を見ながら全財産なんかよりもずっと尊いものを手に入れたような気分になった。そして俺は自分の中で決心すると本題を切り出す。

「スカイプリンセス、いや天姫。俺はお前が好きだ。大、大、大好きだ。絶対に別れたくない。遠距離だろうが何だろうが関係ない。だから、だからな。ずっと俺の彼女でいてほしい」

 俺は自身の中にあるありったけの思いを天姫に伝えた。すると天姫は最初驚いたように目を見開いていたが、そのうち目尻に涙を浮かべながらとても嬉しそうなにこやかな表情をする。

「私も君と、翔人と離れたくない! 本当は私が君に遠距離でもいいから私の彼氏でいてほしいと伝えようと思っていたんだけどね。翔人も同じ気持ちでいてくれたんだね」

 スカイプリンセスが一度深呼吸をすると大きな声でバルコニーから見える景色に向けて叫ぶ。

「私も翔人が大、大、大好きだからーーーー‼」
 俺はその一言で思わずスカイプリンセスを抱きしめる。
「ずっと一緒にいような。天姫」
「ずっと一緒にいようね。翔人」

 そして俺たちは愛のキスを交わす。そのタイミングで日時は1月1日0時0分を迎え、新年を祝う花火が街の方から打ち上げられる。そのとき俺たちの側に広がる夜の景色に色とりどりの花火が加わり夢のような空間が作り上げられていた。0時1分になり花火が終わると俺たちは唇を離す。

「明けましておめでとう。天姫」
「あけましておめでとう。翔人」

 恋人としての関係が戻った俺たちは新年の言葉を交わした。

「「今年もよろしくな(ね)‼」」
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