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序章 - 廃墟のリキッド王国 -
3.
しおりを挟む『君の名前は、サファだ!』
『くまー!』
そんな風に名付けをして正面からガッシリと抱き合う、七歳くらいの少年と極上のぬいぐるみの可愛らしい出会い。そんな姿を後ろから見て、鼻息荒く悶絶する女神様がいたとかいなかったとか。
忠誠心高めなクレアと巡り会えたのは、女神セレスラクスにとっても少々予想外の出来事だったらしい。
新生活からしばらく経った頃、共生関係となりやすいハニーベアのサファの気配に誘われて、新たな巣作りの場所を探していたハニービークイーンが十体ほどのハニービーナイトを従えて旧き王都を訪ねてきた。
雨風を凌げる広い部屋がいくつも残り、巨大な巣が作りやすそうだからと手付かずだった王宮をお薦めしての探索中のことだ。何かを感じ取ったサファが宝物庫らしき隠された場所までぽふぽふと走り、厳重に鍵を掛けられた扉をズドンと押し倒したことで長き眠りから目覚める機会となった。
代々リキッド王国の王族にのみ契約を試みることが許されていた守護の精霊カード『ランクSR 聖騎士クレア・ヴァルキア』は、国の宝と大切に保管されていた。
しかし、初代国王の子孫には彼女と〈召喚契約〉を結べる者が現れず、王国滅亡という危機的状況にも活躍の場は与えられなかった。もしかしたら、王国騎士の中には誰かしら認められる者がいたかもしれないし、国王が許可さえしていれば王国の歴史は変わっていたかもしれない。
『これ、どうしようかぁ……』
『くまぁ~……?』
貴重さを知っているからこそ、サファから手渡されたアキトはずいぶんと悩んだ。そして、サファは何を悩むのかと帰宅するまで不思議そうにしていた。
だが、王都から慌てて逃げ出したとはいえ、さすがに持ち出されただろうと確認を怠っていた女神セレスラクスから『持ち主が存在しない王宮跡に残されていたわけだから、発見者となるアキト君が貰っておけばぁ~♪』と軽く認める手紙が住処に届けられていたことで、宝石や貴金属などと合わせて所有することになったのだ。
「移動の疲れを取る意味でも、まず味見をしてみると頑張れるかもしれませんね」
「確かに、その場で味わうなんて最高だよねぇ~。……それから、ジャムとかに加工できるくらい大量に収穫したいなー」
軽やかな足取りで疲れた様子など微塵も見せない彼女の提案に、桃狩り体験みたいに白銀桃の樹の周りで食べるのも楽しそうだし、日本のスーパーで見掛けた白桃から五割増しくらいの素敵なサイズだから、ジャムにしてパンに塗ったりかき氷に垂らしたり、ピーチパイのようなデザートに挑戦してみるのも良さそうだと妄想を膨らませていく。
収穫に成功した翡翠梅の蜂蜜漬けはサファの好物になったし、ジャムは十日に一度ほどと節約したが、朝から幸せ気分を運んできてくれるのだ。そのうち、梅干し作りにも挑戦してみたいアキトがいる。
そんな主のにこにこ顔を嬉しそうに眺めていたクレアが、ちょっとだけ意地悪な顔を元気良く両手を振って跳ねるように先導するサファの背中へ向ける。
「ふふふ、朝早くにハニービークイーンのところでこっそりと食べてからずっと元気一杯なサファみたいに、アキト様もきっと疲れ知らずに動き回れると思いますよ~」
「まーっ?!」
クレアから浴びせられた不意打ちに、跳び上がりズザザーッと急停止したサファが『一口で頬張ったのに、何故バレているー!』と言いたげな驚愕の表情を浮かべ振り返った。
いつも通り早起きのクレアは、何故か始まったサファのぴこぴこ体操を微笑ましく眺めたあと朝食の準備に取り掛かっていた。慌てた様子で王宮方面へ気配が移動して十数分ほど、蕩けた顔で戻ってきたと思ったら、バタバタと主人を叩き起こし白銀桃の収穫を主張し始めたのだ。
一部始終見ていた彼女からしたら、何があったか想像しやすい。
「ああ、そういうことかー」
二人の注目を浴びつつ口元をぺたぺたと触ったり毛並みを確かめたり、肉球の匂いまで嗅ぎ始めたサファの行動から、情報が正しいことをアキトは確信した。
「なんか全身から甘い匂いをさせていると思ったらぁ……」
ぐりんとクレアの方へ身体を向けたサファに聞こえないように呟くと、こっそりと忍び寄り後ろから抱え上げた。そして、首筋に顔を埋めてクンクンとモフモフの匂いを堪能し始める。
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