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一章 - 満開のアキツベル公爵領 -

13.

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 公爵一家の護衛をしているから選んだ措置であり、その場を支配する空気感は平時と変わらない。冒険者の戦況次第で、騎士団だけならそのまま素通りしていたくらいなのだろう。

「ああ、あれね~」

 しかし、報告に加わらず、窓ガラス越しに外を眺め続けていたルルシアが声を上げたことで、緩んだ雰囲気が一変することとなる。

「ん? シアの席から見えたのか?」
「ええ、草原を走っていく騎士が見えましたから……、……それよりも、あの男の子はちょっと問題あり、かもしれませんね」

 直接的な危険が迫っていないと聞いて白色カーテンを全開にして、栗皮色の髪を風に揺らす若者の後ろ姿をルルシアが腰を浮かせるほど注視している。

「それは、彼等がオークを斃せそうにない、という問題とは違いそうだな、ルルシアよ?」
「どこかの間諜かんちょうだったか?」
「……さすがに、あの子の目的までは分かりかねますけど、わたくしの〈人物鑑定〉にはあの子が名乗れるだろう名前が二つ見えましたの」

 向かいの席までズリーッと移動してきたマーティンの発した、ちょっと嬉しそうな声色に非難の視線を投げ付けて、座り直したルルシアが判明した問題点とやらを落ち着くように告げた。

「「それは……、確かに、問題だなぁ……」」

 通常、鑑定術にて見透かせる対象の名前は、一つだけだ。
 その人物が他人を欺こうと長く偽名を名乗っていても、魂と結び付いた本名が一つ浮かび上がるはずだ。
 ただし、誰もが知っている情報ではないけれど情報を持ち得ている者にとってその現象は、鑑定した相手が異なる人生を終えた転生者である証とされている。そのことを伝えられた公爵と次男の反応が揃ったのは、転生者という存在の影響が良くも悪くも大きくなりやすいことを知っているからだろう。
 ちなみに、鑑定術の一つ〈人物鑑定〉では、対象者の名前の他に、年齢やレベル、毒や呪い、病気などの状態変化、覚えている魔法の系統なども把握できたりするが、対象とする相手に応じて段々と熟練度などが必要な見えにくい情報となっていく。

「どういたしましょうか、閣下? 積極的にの青年を保護なさいますか?」
「公爵家に囲い込まれて喜ぶようであれば、扱いやすいと言えるかもしれぬが……」

 行動の指針を求めるクラウスの静かな問い掛けに、難しい顔を見せたままの公爵が答えに窮する。
 数多くの転生者を迎え入れてきたオルフィリアスの世界では、前世の記憶を留めたまま新しい日常に、人知れず歴史に溶け込んでいった者も多いとされる。
 だが、その経験や趣味を活かして暮らしを向上させた者、騒動の起点となって村や街、国家を崩壊させた者、転生者が関わった事柄と確定されているだけでも数え切れないほどだ。

「もし、あの子が冒険者をしながら自由な旅をしたいと考えていれば、相当な悪手となりかねませんね」

 街の外は危険が付きまとうというのに、そういう憧れを口にする転生者が多いことも知られている。

「うむ、ルルシアの言うように、悪い印象を与えかねないのだろうな。……たまたま街道で遭遇したとはいえ、彼等がどこを目的としているかも分からぬ。今までの事例から考えると、こちらから過剰に反応するのも良くない、であろうな」

 金を生むと見下し取り込もうとしたある貴族が、束縛を良いと思わなかった転生者に閉じ込めていた騎士団ごと壊滅させられたなんて話も伝え聞いた。全ての者が礼儀正しいわけでもなく、僅かばかりの力を得て増長していることも無くは無い。権力者の接触自体を嫌がる者もいたし、当たり前が当たり前として通じないことから交渉がこじれた事例も、公爵は記憶している。
 他家以上に転生者と関わりやすいアキツベル公爵家の歴史が、手元に情報を集めてあったからこそ、個人を見極めて接触の仕方を考えなければと頭を悩ませる。

「なぁ、シアよ?」
「何でしょうか?」

 少々真面目な顔をして向き直った次男に、ルルシアも背筋を伸ばして応じる。

「あの、青年の側に控える鎧姿の女性は鑑定したのか?」
「しておりませんよ、不躾ぶしつけな視線を送り続けることも良くないと判断しました。兄上が一目で感じ取られたように、わたくしも守護の精霊であろうと思いましたもの」
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