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一章 - 満開のアキツベル公爵領 -

31.

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「人々の往来で漂う魔力が撹拌かくはんされることで、リキッド王国ほど強敵を警戒しないでも良いのでしょう」

 アキトの理解が追い付いていない範囲を狙って、クレアが小さな声で耳打ちした。
 ちなみに、オルフィリアスの世界では、魔物の出現に三通りのパターンあることが広く知られている。
 ダンジョンでは、神出鬼没の怪しく輝く魔法陣からぬるっと湧いてくる。複数体が湧き出ることもあるので、その輝きを見逃さないことは大事だ。
 地上や水中では、澱んだ魔力溜りから形成された等身大の黒い歪な塊がひび割れて生まれてくる。
 最後は、存在している魔物の生殖行為から赤黒い卵として産み落とされ、卵殻ごとぐにぐにと成体の大きさまで成長して飛び出してくる。
 どのパターンで出現した魔物でも、斃されることで光の粒と消えドロップアイテムを残すところは変わらない。
 ちなみに因みに、三番目はダンジョンと地上のどちらでも確認されている現象なのだが、この過程のみ攻撃でダメージを与えることが可能だ。猶予がある内に、巨大な卵ほどさっさと卵のまま斃してしまえと教えられる。

「あ~、なるほど」

 不測の事態は起こり得るけれど、ある程度は予測できるのかとアキトが納得の顔を見せた。

「過剰すぎない、良い対策なのではないでしょうか」

 アキツベルグの街のように、開拓を進めながら程良い魔物の出現ポイントを残しておくことは、想定外で手に負えない強大な魔物を生み出さない秘訣と言えるだろう。
 人間や動物など、魔力を撹拌する要素が少なく滞りやすい魔物の領域の奥底や自然の厳しい極所ほど、高ランクの魔物が出現しているのだから。


   ☆   ☆   ☆


 街壁を見上げるような距離までアキト達は歩いてきた。
 どんどん追い抜かされた今は駆け込むような馬車もいないため、水堀を渡るための石橋から足下をのんびりと覗き込んでいる。

「防御のための水堀と言えなくもないけど、思ったよりは離れているよね?」
「街中から続く溝らしき箇所が見えますから、どちらかと言えば排水のためでしょうか?」
「どっちの用途も考えてあるんだろうが、現状はクレアさんの方が正解、かなぁ」

 五メートルほどの横幅がある水堀は、掘り下げられて石垣で固められていることも相まって水位が必要以上に低く感じる。
 街壁まで押し寄せるほどの魔物を相手取った経験の無いジャックからすれば、防衛のために使用するというよりは街の汚水を流しているイメージの方が強いのだ。
 ちなみに、石橋を渡り終えた橋台部分から東門まで、一台の幌馬車が残る検査広場らしき場所が十メートル以上は続いている。忙しいときは、雑草すら禿げ上がり地面が広がっている辺りまで、検査待ちの列が蛇行して溢れていくのだろう。
 今は四十代くらい、こんがり日焼けした農家のオヤジらしき四人組が、運んできた荷台の商品を検められているところ。警備兵と談笑している様子から、頻繁に出入りしている顔見知りなのだろう。

「この水堀を埋めている水生植物が、噂に聞く虹花草にじはなそうですか?」
「ええ、多少の偏りはありますが、領都の水堀ではほとんどの時期に紫色から赤色まで咲き誇っていますよ」
「グラデーションが綺麗だよね~。……でも、虹花草って何さ~?」

 顔を上げたアキトが眺めていた北側の紫色から南側の赤色までぐるりと視線を巡らせて、そこから首を傾げた。

「虹花草というのは、二百年近く前にギルド連盟領にある上級ダンジョンで発見された新しい水草のことだ。六十階層のダンジョンボスを斃して進んだ先、初めて人類が六十一階層へ足を踏み入れたときに、祝福や歓迎してくれているかのように小さな池で美しく咲き誇っていたんだそうだ。それから二十年ほどして、タチバーナ王国でも王都近くの上級ダンジョンの探索が進んで、全く同じ六十一階層にて発見されたことから公爵領でもあっという間に広まったらしい」

 その後、六十三階層に辿り着いたところで、王都ダンジョンは現状の最深部が判明してしまった。
 だから、ギルド連盟領と競うように進む、現在の最高到達地点がゴルヴィン伯爵領の上級ダンジョンであることも、アキツベル公爵領に冒険者が集まり賑やかな要因であるはずだ。
 ちなみに、このことをアキトが知るのは、しばらく新人ぽい冒険者生活を楽しんでからのこと。
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