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一章 - 満開のアキツベル公爵領 -

37.

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 アキトが訳した言葉を聞いて、少年のように喜んだケヴィンが優しくサファの頭を撫で『ほわぁ~』と警備兵には見せられないだらしない顔を晒していく。

「……ここかなぁ、……ここはどうかなぁ~」
「くぅ~、くままぁ~~~♪」

 首回りを撫で回されて、これでもかと顎を上げたサファが『くぅ~、良いぞぉ~~~♪』と喜びを高らかに奏でる。

「あはは、この分なら二人のことは街中でもサファが嗅ぎ付けてくれそうだね」
「くまぁ~」

 撫で回しが一段落したことを感じ取ったアキトの言葉に、サファが袋の外に出ていた両腕を使い、任せろと言うように大きく丸を作った。
 ただし、自分の丸い頭に邪魔をされ手の先、爪の先すら届かず、視力検査の上向きマークのように最上部がくっついていない。真正面から見ていて、動きの意図を理解できていたジャックとケヴィンが微笑ましそうに『クツクツ』と頬を緩めている。
 ちなみに、ケヴィン・ヤートは代々騎士を輩出するヤート騎士爵家の出身であり、基本的に家名などを名乗るのは貴族階級の偉い人が偉いことを知らせる意味がある。今回はクレアにつられたからだろうけど、領都アキツベルグの一軒家にて育ってきた彼が、家猫を可愛がれていたのも割と裕福な立場だったからなのだ。
 ちなみに因みに、アキトがきちんとフェアルフまで名乗ろうとしないのは、生まれを勘違いされないよう予防線を張っているからである。地上について抜け落ちている知識、常識も少なくはないが、リキッド王国を出発する前にクレアと予習はしていたのである。
 副団長クラウスのときは、実は合わせて名乗りそうになり危なかった。まぁ、馬車から見ていたルルシアの〈人物鑑定〉にてそれ以上を知られているが、ジャックとは気さくに話せているから良い出会いだったのだろう。

「ふむふむ、色合いだけじゃなくて、触った感じもちょっと違うね」

 ケヴィンの触れ合いを待つ間、ずっと視界に捉えていた街壁へアキトが近寄った。リキッド王国で見掛けた石壁とは違う感触をペチペチと確かめたくなったのだ。

「街道の白い石材も綺麗だけど、こっちのしっとりという風合いも、整えられているから美しさが際立つね」
「まぁ~?」
「機能面を優先したような、飾り気のない武骨な感じも悪くない」
「ままぁ~」

 アキトの反応に興味を抱いたのか、いそいそと背負い袋から抜け出して、ガシッと肩車の状態になったサファも身を乗り出してペタペタと肉球を合わせ始めた。

「ほとんど隙間もないみたいだし、凄い技術だねぇ」
「くぅままー」
「ちなみにな、どちらの石材も領都から南、ランガルス山脈の麓にあるダンジョン産なんだぞ」
「魔物のドロップアイテムってこと?」

 二人揃って頷いている後ろからジャックに説明されて、目の前の寸法で手に入ると言われれば納得できそうな硬さだとアキトは思った。

「いや、何というかドロップアイテムとは違うんだよな。そこは、石切場ダンジョンなんて言われているんだが、開けた階層なんかに成長する大岩が存在しているらしいぞ。俺らは潜るダンジョンじゃないから、冒険者とかに聞いた話だけどな」
「ええ、何それ……」
「目に見えるほど早くはないらしいが、確実にちょっとずつ上昇していて採石しないと天井部分まで到達するんだと」
「ダンジョンの壁と違うことに、よく気付いたね」

 アキトが知る洞窟ダンジョンの岩肌は、殴ったくらいで簡単に破壊できるものではなかった。構造上は隣の通路でも、突き破って近道することは難しい。そして、地面を掘り進んだところで、下の階層へ辿り着くような造りでもない。

「元々一部が削られたり砕かれたりしている状態は知られていたから、切り出せるんじゃないかと言い出したのが始まりらしい。その階層で出没するレッサーガーゴイルやゴーレムの餌としてダンジョンが用意している、なんてことが言われているぞ」

 アキツベル公爵領が成立する以前、ランガルス街道と呼ばれるようになる田舎道の南部は、僅かながら探索が進んでいた。そのことで、石材を確保する場所として初代公爵が目を付けていたダンジョンだ。建築素材を揃えやすい前提があったからこそ、彼は謀略をあっさりと受け入れたのだろう。
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