主従の契り

しおビスケット

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第1章

織田家の毒見役 四話

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「う~ん……、そうですね、材料さえそろえばこの城でも作れるんだけど……」
(厨房の近くが仕事場だけど、勝手に料理なんか、できないんだろうな……でも、どうにかお市様にも南蛮菓子を食べさせてあげたい!)
小料理屋に育ったからか、人が美味しいといって顔をほころばせてくれることが私にとって何よりの喜びだった。
「無理だろう、このような城では」
「いえ、でもなんとか作れないかな……‘‘かすてら”とか、すっごく美味しいんですよ!絶対食べさせてあげたい!」
どうにかしてそうゆう機会を得られないものか考えをあぐねていると、
「おぬしのような人は初めてじゃ」
お市様がぽつりとそう言った。
(え……?)
「生まれてこの方、出会った人間はわらわの機嫌をきにする者ばかりだった。一見楽しげに話してるように見えて、皆、わらわの顔色を窺うのに必死でな」
そういって、お市様は寂しげに息をつく。
「だが伊吹、おぬしは違う。普通の人間としてわらわに接してくれた。実に、楽しかった」
「そんな……とんでもないです……」
「また、話をしよう、伊吹」
「は、はい!……では、私はお役目がありますので、ここで」
一礼をして納戸を出ようとしたその時、
「それに、そなたは女子であろう?」
「!!」
「南蛮菓子について熱心に話すうち、言葉や声が女に戻っていたぞ」
(しまった!どうしよう……)
男装にまだ慣れてないこともあり、ぼろが出てしまった。
(これ以上はごまかせない……ここは白状するしかない!)
「…申し訳ありません!事情があって、どうしても男のフリをしなければならなくて…!」
「ふーん…よし!」
何か面白いことを思いついたと言わんばかりに、ニヤリとほほ笑みかける。
「このことは兄上には黙っていよう」
「えっ!」
「その代わり…」
そういって、お市様は私の目をじっと覗きこむ。
「わらわと友達のなってはくれまいか?」
私はその目を見つめ返し、大きく頷く。
「…もちろんです!喜んで!」
城へやってきた日に、私はその後も長いつきあいを続けることとなる親友と出会ったのだった。

初めての毒見役の任務を終え、ホッと胸をなでおろす。
(ひとまず、今日は死なずに済んだ。よかった…)
無事お役目を終えた私は、お市様の部屋へ向かう。
夕刻、納屋で別れる際、仕事が終わったら部屋へ来るようにと言われていたのだ。

「失礼します」
お市様の部屋に足を踏み入れ、その調度品の煌びやかさに、目を奪われる。
(うわあ…、まさにお姫様の部屋!)
「他の者に見られはしなかったか?」
「はい、大丈夫です…!」
「ところで、そなたの本当の名はなんという」
「吉乃と申します」
「吉乃…そうか…では先程申しておった事情とやらを教えてくれぬか?」
「はい…」
私はこれまでの、弟の身代わりに毒見役として仕官してきた経緯を説明すると、お市様は真剣な表情で話を聞いてくれる。
「初めはどこかの間者ではないかと疑っておったのだがな…吉乃が話す目を見ておれば、そのようなものではないとわかる…。よく決心し参られたな」
(こんな風に理解してくれる人ができるなんて…なんてお優しい方なのだろう)
「わらわは城の外に出たこともないからな…外の話を聞くのは楽しい」
「友達ですし、もっとたくさんお話しましょう!」
「ありがとう」
その後も話が尽きることがなく、気づけば亥の刻となっていた。
「長く引き留めてすまなかった」
「こちらこそ、遅くまですみませんでした。おやすみなさい、お市様」
「帰りの廊下、くれぐれも気をつけるよう」
「はい…」
私は慎重に戸を開け、廊下に誰もいないのを確認したのち、お市様に頭をさげて部屋を後にした。

(よし、誰にも見られてない)
人気のない廊下を忍び足で歩き始めたその時だった。
「伊吹…」
「!」
「何故こんなところにいる」
「…い、いえ、これは」
「答えによっては…」
なんと、目の前に立っているのは光秀様であった。
光秀様は言いながら、そっと刀に手をかけた。
「申し訳ありません!」
「…何故、謝る」
「それは…」
次の瞬間、お市様の部屋の戸が開く。
「待て光秀!吉乃を斬ることは許さん!友達になってもらったのじゃ」
「吉乃…?あなた…やはり女性でしたか…」
(えっ?)
「初見からそうではないかと思っておりました」
「光秀、このことはくれぐれも内密に…」
「信長様に知られれば、殺されてしまうかもしれません。この者のためにもすぐに追放するべきかと思います」
「わらわの花嫁修業を手伝うことにし、南蛮菓子作りを教えればいい!吉乃は南蛮人から直に南蛮菓子の作り方を教わっていつのだぞ!」
「お市様…」
「せっかくの初めての友達ができたのに、もう離れるなんて嫌じゃ!なんとかならぬか…?光秀…最後に、楽しい思い出をつくりたい。この城での思い出を」
懸命に訴えるお市様を前に、光秀様は観念したように息をつく。
「仕方ない。お市様のお輿入れが無事に終わるまでなら…なんとかしてみましょう」
光秀様は、しぶしぶ首を縦に振ったのだった。
その日は遅くなったこともあり、私は侍屋敷に戻ることなく、城に泊まることになった。
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