Holonic 〜百鬼夜行と僕との調和された世界〜

序章 ホロニック

3話 妖狐 氷花

　父さんがある日突然死んだ。
　

　自殺だった。
　上司からのパワハラが原因らしい。
　会社とは裁判で争うことになり、僕の中学3年生の受験シーズンは希望校を狙うどころでは無くなった。

　裁判で会社は父さんへのパワハラを認めなかった。
　
　父さんの仕事ぶりに問題があり、長時間労働を自ら招いていた。
　休みをとれと言っても、勝手に働いていた。
　周りのみんなは定時勤務を守っており、彼だけが指示を聞かなかった。
　自らのミスを認めない時があったので、厳しく指導する時があった。
　などと、会社は父さんの能力と自己管理能力に責任があると主張してきた。

　僕の知る父さんは、口数が少なく優しい人だった。
　物腰が低く、頼まれたら断れないような人、会社からの主張とはまったく違う人物像。
　最初は同僚や後輩の方々も会社に異議を唱えてくれていたみたいだけど、ある時を境にパッタリとそれが無くなった。

　当時、会社が根回ししているのだろう。と弁護士は言っていた。

　いつもニコニコしている母さんが、あの時は必死に父さんの無念を晴らそうと動いていた。
　主人を返して。家庭を返して。幸せな時間を返して。
　母さんから聞こえた忘れられない言葉。

　その言葉を聞いても会社の連中は顔色ひとつ変えないし謝罪もなかった。
　人は何かを守るために平気で嘘を付く信用のできない生き物だと、僕は中学3年生の時に父さんの自殺から学んだ。

　2人ぼっちになった僕たちは、母さんのお兄さんがマンション経営しているこの街に勧められるがまま引っ越すことになった。
　希望校にはいけなかったけど、新しい街と新しい学校、新しい友達との新生活が始まった。

　母さんはすぐに働き始めて、僕も少しでも生活を助けるためアルバイトを始めた。

　ようやく新生活にも慣れてきたところで、あの事故に遭ってしまった。

　危うく母さんを1人ぼっちにさせてしまうところだったが、色々あって今日からまた2人での生活に戻ることができた。
　特に何があるわけでもないが、我が家に帰れることは嬉しい。

　
　――――――

　
　母さんのお兄さん、つまり伯父さんが病院まで迎えに来てくれた。
　伯父さん夫婦は子宝に恵まれなかったせいか、小さな頃から僕のことを本当に可愛がってくれる。
　父さんが死んだ時も、僕たちを支え続けたのくれたのは伯父さんだった。

　「本当にうちに帰っていいのか？煉の事故の感じから見て、こんな短期間でとてもじゃないが回復するとは思えなかったぞ」
　
　「でも、もうどこにも異常が無いって病院にも言われたからいいんじゃない」
　
　「煉！本当に大丈夫なのか？」
　
　「えっ？あぁ、うん。大丈夫」

　みんなびっくりして当然だと思う。
　あの事故から無傷で生還したのだから。
　
　僕たちは伯父さんが管理している。
　いや、母さんの家系で営んでいるマンションというべきなのか、その一室を使わせてもらっている。

　マンションに到着する頃、伯母さんが僕たちを向かい入れてくれた。
　
　「煉ちゃん！良かったね。こんなに早く退院できて！」
　
　「ありがとう。心配かけました」

　叔母さんは涙もろい人だ。
　ずっと心配してくれていたのだろう。
　
　マンションに着いて、みんなで荷物を部屋に運んでくれた。
　伯父さんと叔母さんが部屋を出ていったあと、母さんは病院から持ち帰ったものを整理し始めた。
　僕も荷物を自分の部屋に置いて、リビングのソファに腰掛けようとした。
　すると、そこにはすでに妖狐が横たわっていたのだ。

　「なっなにしてるの氷花さん⁉︎」
　
　「何してるの？ってご挨拶だねぇ、君の護衛に決まっているでしょ」
　
　いくら周りへ見えないようにしていると言えど護衛が横たわるって？。
　いやいや、それより家の中にいることが驚いた。
　
　「母さんに見つかったらまずいですよ」
　
　「君、肝っ玉がちっさい男だねぇ……」
　
　なんだこのひと……本当に狐の化け物かどうかもわからないが、やっぱり性格に難があると思われる。

　「氷花ちゃん、洗濯物とか無いの？今から洗濯機回すけど」
　
　「あぁ、わたしのことはお構いなく」

　なに？……母さん、普通に妖狐と会話してる？
　
　「氷花さん、どうなってるんです？」
　
　「幻術でこのマンションに住む連中は、わたしが火鳥家の親戚だと思い込まされているのさ。爺様得意の広範囲幻術ってやつでね」
　
　「広範囲幻術？」
　
　「化け物多しと言えど、これほどの広範囲に幻術を掛けることができるのは爺様くらいのもんさ。あんたを事故現場から助けた時にも、聴衆達に使ったみたいだけど」

　驚くことばかりだ。化け物ってなんでもありなのか？
　どうしてこんなに凄い存在なのに、この世界は人間が支配しているように見えるんだろう。

　氷花さんって、その気になれば僕のことを瞬殺できるんじゃ……。

　「君、さっきから妙にわたしのことじっと見つめてくるじゃないかぁ」
　
　「はい！？」
　
　「生まれて10数年しか経っていない赤子が、400年以上生きているわたしに発情なんてするんじゃないよ」
　
　「はっ発情なんてしてないし！なんてこというんですか！」
　
　少し、いや、かなり図星を突かれてしまった。
　それにしても400歳って……。
　
　この妖艶さは目のやり場に困る、なぜ着物をこんなに肌けた着方しているんだろう。

　
　妖狐　氷花。
　20歳くらいの見た目に、白い肌、小さな顔、切れ長の目、長い黒髪。
　160㎝くらいの身長の中に収まっているナイスボディな抜群のスタイル。
　もはやチートレベルだ。

　「ひとの心を盗み見る力を持つ上に助平なんて、君はけしからん子だよ。そんな子はしっかりとお仕置きしないとねぇ」
　
　小悪魔的な笑みを浮かべ、上目遣いで僕を見つめた。
　
　「発情する鬼、君のことをこれから発情鬼って呼ぶよ。どうだい気に入ったかい？」
　
　「気にいるわけないでしょ！」
　
　僕は必死に拒否をした。
　しかし妖狐は本当に性格が悪そうな顔で笑った。
　この女狐は性格に難ありとかではない、普通に性格が悪い女狐だ……。

　
　発情鬼。

　
　不本意だけど、これから僕はそう呼ばれることになった。

　
　――――――


　僕の部屋には特に面白いものはない、デスク、チェアー、ベッド、本棚、タブレット、それとエアコンくらいだ。
　ベッドで横になって、動画を見たり、漫画を読むことが最高の娯楽となる。

　部屋に入るや否や、狐がベッドを占拠した。
　
　「この部屋にいるときはここをわたしの定位置にさせてもらうよ」
　
　護衛されている僕はなんでこんなに肩身が狭いのだろう？
　ドラマや映画では護られる方が偉そうにしているんだけどな……。

　部屋に招いた理由は、さとりの眼と鳳凰の手に関して妖狐に教えをもらうためだ。
　さとりの眼に関しては少しわかった気にはなっているが、鳳凰の手に関してはまるでわからない。
　鳳凰って、不死鳥とか火の鳥ってイメージがあるので凄い腕なのはなんとなくわかる。

　「さとりの眼も鳳凰の手も、化け物からしたら恐ろしい物でもあり、宝のような存在だよ。さとりなんて警戒心が強くて探しても見つかるような化け物じゃないよ。激レアな眼をてにしたって認識しておきなよ」
　
　……普段はコンタクトレンズを着用しているけれども今後はやめよう。
　
　「それより鳳凰だよ。正直我々の中でも衝撃が走ったんだ。あの怪我の回復も鳳凰の恩恵があってのものさ。なにより人間が神として祀っている霊獣だからねぇ」
　
　「神？」

　思わず大きな声が出た。
　
　「ネット？とかいうもので調べてみなよ。さとりと鳳凰も多少の間違いはあっても何かしら情報が載ってるような有名な連中さ」

　「たしかに僕も名前くらいは聞いたことあります」
　
　「不死の象徴であり、あらゆる悪鬼を焼き尽くす妖鳥鳳凰だからね。その力は想像以上だよ」
　
　「聞くだけで怖くなりますね……」
　
　「君は心を読んで、敵を撃つことができるんだ。それって最強だよね。そこに大妖術使い天狗の血が入ってるんだ。化け物からしたら君は恐怖の対象にしかならないよ」
　
　「やっぱり僕は命を狙われ続けるんですか？」
　
　「その覚悟は必要だね。君はそれを払い除くために、力の使い方を覚えなくてはいけない。力の使い方を教えるのはわたしの仕事さ。これから厳しくいくよ」
　
　実感は湧かない、でも眼鏡の隙間から妖狐の心を見ていたので何１つ嘘がないことはわかった。
　逃げられない、どうしても避けることはできない事実なんだ。
　
　「これから……よろしくお願いします」
　
　「ほう、ものわかりが良くて助かるよ。さすが眼鏡の隙間からわたしの心を盗み見てただけあるね」
　
　「へっ！？」
　
　「次、勝手にみたら…………君、承知しないよ」

　鋭い目で脅された。
　妖狐って相当優秀な種族なんだろうな。
　天狗が護衛に選定したくらいだから、当然か。
　
　「すっすみません。2度としないのでよろしくお願いします。氷花さん」

　このひとは根っからの性悪狐だ。
　無駄に怒らせてはいけないな。
　
　「お利口なのが一番さ、こちらこそよろしく頼むよ。発情鬼」

　「！」


　今、発情鬼って呼ばれた。


　発情期と掛けたあだ名。
　このひと分かって言ってるんだよな。


　まったく、化け物なのに上手いこと言う……。

　
　――――――


　さとりの眼。
　
　生きとし生けるものの感情を読み取り、危機感知能力に長けている化け物の眼のことだ。
　天狗からもらった眼鏡をかけていないと、手当たり次第心の中を読んでしまう。
　これは持っていると持っているで辛い能力だ。

　常に情報が入ってくるしんどさがある。
　そして、知りたくもないことを知ることになるかもしれない。

　さとりの眼は、病院の先生と看護師さんで能力は試し済みなので、だいたいの使用感はわかった。
　基本的には眼鏡をかけていれば、平穏な生活が送れるはずだ。

　しかし今のところ、ウンともスンとも言わない鳳凰の手が気がかりだ。

　本当に天狗の言う通り、僕の右手は鳳凰の脚を加工して手に変えた物なのだろうか？
　如何せん、今のところ信じられないお話だ。

　とにかく鳳凰の手に関しては、いろいろ試したり調べたりする必要がある。