Holonic 〜百鬼夜行と僕との調和された世界〜

序章 ホロニック

4話 流浪の化け物

　鳳凰の手。

　その能力と発動条件が未だにわからない。

　妖狐は「不死の象徴であり、あらゆる悪鬼を焼き尽くす妖鳥鳳凰」と言っていた。
　事故の怪我からの異様な回復スピードは鳳凰の力が働いていたらしい。
　ただ焼き尽くすための炎はどうすれば発動するのだろう？
　
　
　直接目にした者の心を読むことができるさとりの眼は常に発動状態となっている。
　天狗からもらった眼鏡を付けていないと、さとりの能力を解放し続けることになってしまうんだ。
　
　妖力量というものがあって、それは個々に差があるらしく、心を読むという術は半端じゃないほどの妖力を消費するみたいだ。
　おそらく、鳳凰の能力も膨大な妖力消費量なのだろう。

　輸血された天狗の血だけど、天狗はその昔大妖術使いと呼ばれていたらしい。
　その血が流れる僕も凄い術が使えるのか？と思いきや、そうは上手くいかないようだ。

　「さとりや鳳凰は彼らの先天性能力だから君にも使えるようだけど、爺様の陰陽術は後天性の物で修業して手に入れた力だから君には使えないんだよ」
　
　と、いう話だ。

　ただ天狗の血は、その血が流れる僕に膨大な妖力量を付与してくれている。
　妖狐の話では日本の化け物の中でも天狗は1・2を争うほどの妖力量の持ち主で、僕にはその妖力量が与えられた。

　天狗から受け継いだ膨大な妖力を使い、敵の心を読んで、敵を焼き尽くす力と再生能力を備えている。
　バラバラだった個が纏まり、1つの個となって全体を調和している。
　
　
　「いろいろと不安があるけど、僕って何げにチート能力をゲットしたんじゃないかな？」

　「だったらいいんだけどねぇ……」

　気のせいか妖狐は力なく答えた。

　夢の中で特殊能力を持ったヒーローになる。
　現実になってしまった。
　この力を持ってして、悪をくじき弱気を助ける。
　素晴らしい人生の始まりに感じた。

　しかしこの日の夜、僕は自分の置かれている立場をようやく知ることになった。


　――――――


　僕と母さん、妖狐の3人で夕飯を食べた。

　その後妖狐は家を出て行った。
　寝泊まりもここでするのかと心配だったけど、さすがに違ったようで一安心だ。

　僕はと言えばお風呂に入って、アイス食べて、あとは寝るだけ。
　アルバイト先には明日にでも連絡して今後の予定を決めてもらおう、そんな普通を過ごすはずだった。

　

　深夜3時ごろ、そいつは突然現れた。
　
　左目が疼き、何か嫌な感じがして目が覚めた。
　さとりは警戒心が強い化け物だと聞いているので、何かを伝えようとしている？
　
　妖力を感知したようだ。
　マンションの外からか？
　まったく良い気分のしない気配。

　起き上がった僕はベランダから外を見た。
　マンションの裏には大きな川があり、街灯でうっすら周りは見えるものの人の出歩いたりなど時間でも場所でもない。
　その川の真ん中にひとり男性が立っており、マンションの3階にいる僕をずっと見つめていた。
　男性はスーツを着たサラリーマン風の男性に見えた。

　僕に向かって手招きをしている。

　異質な者であり、決して手招きに応じてはいけないことがわかった……。
　眼鏡を外しているせいで、男の心の声が聞こえる。

　ー殺す、千切る、喰う、殺す。千切る、喰う、殺す、千切る。喰う、殺す、千切る、喰うー
　
　そいつはただそれだけを繰り返していた。
　生まれて初めて向けられた本気の殺意に、今にも吐きそうな気分だ。
　
　「河童ねぇ」
　
　いつの間にかベランダの淵に妖狐は腰掛けて、川の中央に立つ男を眺めていた。

　「氷花さん！」

　「流浪の河童だね」

　「河童？……流浪？」
　
　「目、使ってんだろう？殺気満々なのがわかるかい？」
　
　「はい。……でもあれが河童？流浪ってなんですか？」
　
　「流浪ってのは、どこにも属していない野生の化け物をいうのさ。生まれてからずっと一体なのか、居たはずの所属から出たのか？追い出されたのか？それはわからないけどね」
　
　「野生って、響きが怖いですね」
　
　「わたしたちと違い自由気ままな連中だからね、君を喰って自分の力に変えようか！くらいに思っているんだろうさ」
　
　「僕を喰うっ！？……」
　
　「なに怖がってるんだい。君たちも生きるために色々殺して喰ってんじゃないか、一緒よ」

　流浪の化け物から目を離せない。
　目を離した瞬間この距離を無視して一気に襲いかかってきそうな恐怖を感じる。
　意識が飛びそうだ。
　吐きそうで、恐怖で汗と震えが止まらない。

　妖狐は着物の袖から小さく古ぼけた木製の通行手形を取り出して僕に見せた。

　「このマンションは爺様の結界が張られているんだ、この手形を持たない化け物は絶対に入ってこれない。だからあいつはこっちに来ることはない。心配なさんな」

　マンションに入って来ないとしても、あんな恐ろしい生き物が居るってことが問題なんだ。
　僕からすればこれからの日常生活において、毎日野生の肉食動物から狙われ続けるようなものじゃないのか。

　「発情鬼、今だけはわたしの心を読むこと許すからしっかり見ておきなよ」

　そういうと妖狐はベランダから数十メートルは離れている、河童が待つ川の中央部までふわりと飛んで行った。


　――――――

　
　川の水面へ降り立った妖狐に河童と対峙した。


　河童が先に口を開いた。
　
　「お前はあの人間のなんだ？」
　
　「話す必要がない。このまま退けば君を殺さないでいてやるよ」
　
　「妖狐を相手にするほど馬鹿ではない…………と言いたいが、まだ若いな。狐火を得意とする妖狐が河童相手に水上へ向かってくるなど世間知らずにも程がある」

　川の中心で妖狐と河童は睨み合っている。

　ー「いいかい発情鬼、川の上の我々は結界があるので人間には見えない。そしてこれから起こることも見えない。今後、君はいろいろな化け物と接触するだろうけれど、大体の奴は遠巻きに君を見ているだけだろう……」ー
　ー「でもたまに彼みたいに自分から寄ってくる奴もいる。もし殺気を出して化け物側から寄ってきた場合は速やかに殺すんだ。さもなくば間違いなく君が殺される」ー
　
　妖狐は心で僕に語りかけると同時に、妖狐の両足から両腕にかけて、蒼い炎がうねる巻き付く大蛇ように現れた。

　「愚かな…………蒼い狐火とは珍しいが川の上にいる河童相手へ見せるものではないぞ」

　河童は2本の渦巻いた水柱を川の水で作りあげ、空高く舞上げた。
　素人目からしても相性が悪そうだ。
　相手は水に対してこちらは火なのだから。
　
　その水柱が凄まじいスピードで妖狐目掛けて襲う。

　ー「しばらくはわたしが君を護るけど、君は1日でも早く自分自身を守れる様にならなければいけない。その眼と手を使って、こんなふうに」ー
　
　妖狐が両手を河童に向けて広げると、蒼い狐火は爆ぜて2本の水柱と河童を飲み込んだ。

　ー「化け物を殺してね」ー

　狐火に飲み込まれた2本の水柱と河童は一瞬にして凍結していた。
　炎が飲み込んだものを凍らせた？
　見ていることに頭が追い付かなかった。
　
　蒼い炎はすべて凍結させても燃え続け、凍結した水柱と河童が崩落すると蒼い炎は消えた。

　「終わったよ」
　
　妖狐はふわり飛んでベランダまで戻ってきた。

　
　衝撃的だった。
　
　河童が居たこと、妖狐が本物の化け物だったこと、化け物同士が殺し合いをしていたこと、すべてが衝撃的だった。
　特殊能力を持って無双する、夢の中で描いていたヒーロー像と違い過ぎた。
　あんなのと僕が戦いあえるはずない……。

　「氷花さん、僕もこんなことをして行かなきゃいけないんですか？」

　「えぇ、そうよ」
　
　「漫画の魔法バトルみたいな」
　
　「魔法バトル？……ただの殺し合いさ」

　妖狐は相手を殺しばかりなのに、何事もなかったような仕草でいる。

　「河童、一瞬で凍ってましたよね……」
　
　「わたしは妖狐でも異端でね。狐火が炎ではなく凍気なのさ。それを知らない河童《やつ》の油断を突いただけさ」
　
　何もかもが狂った世界。
　命を守るために命を奪うことが当然の世界。

　直接見た化け物同士の戦いは、自分自身の考えを改めさせられる大きな出来事になった。
　
　天狗に言われた【ひとでありながら人でなくなった者】の意味。

　本物を見たことなかったから……。
　想像すらできていなかったから……。
　目の前の妖狐やあの河童と同じ者に自分がなったということを、簡単に受け入れてしまっていた。

　僕はようやく後戻りできない世界に入り込んだことを理解し恐怖し始めた。
　それと同時に僕は天狗を恨んだ。


　――――――


　河童との戦いを見てから、マンションから出ることが恐ろしくて仕方がなくなった。
　そのせいで軽い引きこもり状態になっている。

　妖狐は河川敷にでもいって、鳳凰の力を発動させる練習をするべきだと訴えてくる。
　でも、もしも、その時にまた襲われたらどうするのか？
　
　そして、なぜあんな戦いがあったばかりの川のそばで練習なのか？
　別の河童が出てくる可能性だってあるだろう。
　万が一にでも河童よりずっと強い化け物が現れて、妖狐でも手に負えないとなれば僕など一貫の終わりだろう。

　「外に出ないかい？君は怖がりすぎだよ。わたしが居るっていうのに」
　
　「氷花さんより強かったり、敵が大勢で襲ってきたらどうするんですか？」
　
　「わたしの力も見くびられたものだねぇ」

　妖狐は強いだろう。
　強いけど、その強い相棒が簡単にやられてしまう漫画がいっぱいある。

　フラグってやつだ。
　だいたいそんな感じで妖狐はやられてしまうんだ。

　僕は恐怖からまともな思考が働かなくなり、それを見た妖狐は呆れている。

　「あのさ、日中は基本的に化け物どもは活動していないから外にでても問題ないと思うよ」
　
　「……」

　何を言われてもフラグにしか聞こえない。

　信じて外出して、二人とも殺される。
　そんなの良くある漫画の話じゃないか。

　情けない僕は、そのまま貴重な毎日を無駄に過ごしていくことになる。