寺嶋くんは祓いたい

野良猫のらん

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第十二話 本当に隣に寝るのか?

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「ソウ、大丈夫か、ソウ⁉」

 城ケ崎は寺嶋に必死に呼びかけていた。

 突然、首が絞められているかのように息が苦しくなったと思ったら、寺嶋に首に触れてもらった途端に楽になった。
 だが、寺嶋は真っ青な顔になってなにやらぶつぶつと呟いている。その顔面の青白さといったら、悪いゴーストに憑りつかれているのはまるで彼の方じゃないかと城ケ崎は感じた。

「だ……大丈夫だ」

 何度か呼びかけていると、ようやく彼は返事した。

「大丈夫なものか、すごく顔色が悪いぞ。今日はもう帰った方がいいんじゃないか? 家まで送ろう」

 提案すると、彼はふるふると首を横に振った。

「今、城ケ崎から離れるわけにはいかない。こんな痕がつくほど呪いが強まっているのに……」
 
「こんな痕?」

 城ケ崎はスマホを手に取ると、インカメにして自分の首を確かめた。

「な、なんだこれは……⁉」

 まるで本当に首を絞められたかのように、首筋には青黒い指の痕が残っていた。

 ――これが悪いゴーストの仕業だというのか。
 城ケ崎はこの時、自分が悪霊に憑りつかれている証をはっきりと目の当たりにした。
 間違えた、という寺嶋の呟きから、どうやら城ケ崎自身の思念とやらが原因ではないらしいことも察した。
 
「これは一体、どうすればいいんだ?」

「祓っても、すぐにまたレイに憑いてしまうんだ。俺が泊まり込んでずっとレイの傍にいるしかない」

 真面目な口調で、寺嶋は爆弾発言を投下した。……

「と、泊まり込み⁉ いや、それはまだ早いというか、キミの体調が悪そうなのに泊まって大丈夫なのかとか、そもそもキミは泊まる準備をしてないだろうとか、いろいろと問題がだな……!」

「別に体調は悪くないから大丈夫だ。むしろ、俺がいないとレイの方がヤバいんだ。このままじゃ、俺がいない間にレイがどんな目に遭うか……」

 寺嶋は真剣な眼差しを城ケ崎に向けた。

 やっぱり恋愛対象としてはまったく意識されていないのだな、と城ケ崎は思った。
 最初から城ケ崎に憑いている悪霊を除霊するつもりで、付き合ってくれたのだろう。

 なんの躊躇もない様子を見て「ボクはキミのことが好きなのに、泊まり込むなんて安全だと思うのか」と問いかけたくなる。
 けれども寺嶋はあくまでも真剣に城ケ崎の身を案じてくれている。意識してくれと言わんばかりの言葉なんて、口にできるはずもない。
 強い意思で自制しなければならないと、城ケ崎は悟った。


「本当に隣に寝るのか?」

 布団を敷く寺嶋に、城ケ崎は尋ねた。

 話し合った結果、結局寺嶋は泊まっていくことになり、祖父母に許可を取ったり、コンビニまで必要なものを買いに行ったりした。

「もちろん。別室なんかにいたら、レイの異変に気がつけないだろ」

 当然だという顔をして、寺嶋は頷く。

「そうか、そうだな……」

 期せずして想い人と隣同士で寝ることになったのだが、喜びよりも憂いの方が勝った。だって彼はまったくもって意識してくれていないのだから。

 寺嶋は城ケ崎のジャージを着ている。城ケ崎が寝間着として、彼に貸したものだ。

 修学旅行のようなものと考えよう、と城ケ崎は自分に言い聞かせた。

「寝ている間になにかあったら、すぐに俺を起こせよ」

 城ケ崎の布団の横に敷いた布団に寝転びながら、寺嶋は真剣に忠告した。

「わかった」

 頷き、城ケ崎は部屋の灯りを消して布団をかぶった。

 周囲が暗闇に包まれる。
 先ほど悪霊に首を絞められたばかりだが、城ケ崎は怖くなかった。
 だってすぐ隣に想い人が寝ているのだ。吐息を意識してしまうばかりで、恐怖を感じる余裕などなかった。

「……ソウ」

 まだ寝ていないだろうと、城ケ崎はそっと話しかけた。

「うん? どうした、レイ?」
 
「明日からはどうすればいいんだ? まさか、毎日泊まりにくるわけにはいかないだろう?」

 寺嶋の話では、自分に憑いている霊は祓ってもまた憑りつく。彼が傍にいないと、どんな大変なことになるかわからないということだった。
 それはつまり彼がずっと傍にいなければならないということだが、そんなことは不可能なのではないだろうか。

「……とにかく今夜を乗り切ることしか、考えてなかった」

 それもそうだと彼は認める。
 互いに悩み、しばらく二人の間に沈黙が落ちた。

「そうだ。ソウの親父さんに除霊を頼めばいいんじゃないか? 手に負えない悪霊は父親に頼むのだろう? 週末に行けるような距離感ではないと言ったが、ちょうどもうすぐ夏休みじゃないか」

 雑談で彼が零していたことを思い出し、提案した。

「親父……そうか、その手があったか。なんで思いつかなかったんだろう」

「よし、なら決まりだな。夏休みは旅行だ!」

「ふ、ふふ。なんだそれ。悪霊に憑りつかれているっていうのに、お前は楽しそうだな」

 貴重な彼の笑い声が聞けた、と嬉しくなる。

「どうせならば、楽しまなければ損だろう。ソウの実家に行けるのだから、楽しくなるに決まっている」

「愉しまなければ損、か。レイらしいな。まあ元気がないよりはいいか」

「その通りだとも」

 首についた指の痕を見た時は恐ろしかったが、なんてことはないじゃないか。むしろ寺嶋の実家を訪ねる口実になって、憑りつかれてラッキーなくらいだと城ケ崎は思った。

 その時だった。

「ははは、くすぐったいぞソウ」

 足に触れる感触がある。
 てっきり彼が触れているのだと思って、城ケ崎は笑い声をあげた。

「俺は何もしてないぞ?」

 だから、怪訝な返事を聞いて凍りついた。

「じゃ、じゃあ足に触れているのは一体……?」

 足に触れているものが、少しずつ這い上がってくる。
 その動きから、触れているものが五本の指だとわかった。手だ。

 寺嶋は自分と同じ方向を頭にして寝ているはずだから、布団から抜け出しでもしていない限り、足に触ることはできないはずだ。

 つまり、足に触れているのは悪霊の手だということになる。

「ソ、ソウ!」
「レイ!」

 血相を変えて助けを求めると、ばさりと城ケ崎の布団が剝がされた。寺嶋が剥がしたのだ。
 彼が布団をその辺に放り投げると、死人のように青白い手が自分の足にまとわりついているのが露わになった。暗闇の中だというのに、なぜだかぼんやりと「手」が見える。前まではこんなもの、見えなかったのに。
 
 ゴーストが見えてしまった。
 恐怖のあまりに声が出なかった。

「はぁ!」

 寺嶋が「手」に触れると、「手」は消え去った。いや、正確には彼が触れる直前に「手」の方から逃げ去ったように見えた。
 ともかく、「手」は消えた。
 
「レイ、大丈夫か?」
 
「あ、ああ。大丈夫だ。今のは……ソウがいてくれなかったら、何が起こっていたんだ?」

 本当に彼が隣で寝てくれていなかったら、危うく「手」に害されるところだった。そのことを認識して、身体が氷水に浸けられたみたいに一気に冷えた。

「わからない」
「もしかして……殺されてた、とか?」

 おそるおそる、最悪の想像を口に出す。

「そこまではいかないと思う。けれども呪いが強まったら、ありうる」

「そんな……」

「悪霊の傾向によっては、憑りついている人を操って他人を害させようとしたりすることもある。レイが最初に指摘してたみたいにな」

「ホラー映画みたいなことが、現実に起こりうるっていうのか」

 憑り殺されるよりも、他人に危害を加えてしまう方がより最悪だと青褪めた。特に……寺嶋になにかしてしまった日には、悔やんでも悔やみ切れないに違いない。

「これから一体どうすれば……」
「とにかく、寝るぞ」
「あ、ああ……ってソウ。何をしているんだ?」

 放り投げた布団を拾ってきた寺嶋は、布団を広げるとそのまま横になった。城ケ崎の布団にだ。

「『手』のやつは、布団の中にまで潜り込んできたんだ。一緒に寝ないと不安だろ?」

「いやいや……え?」

 さっきまでの恐怖や、未来への不安があっというまにどこかへ吹き飛んだ。
 だって想い人が同じ布団の中で寝ると言い出しているのだ。――男子ならば、そのことで頭の中がいっぱいになって当然じゃないか!

「いやしかしだな、それは道義的にだな、そのえっとだな」

 ――あくまでも真剣に守ろうとしてくれての行動なのに、変なことを考えてはいけない。けれども、本当は彼の中にもイチャイチャしたいという思いがあるのではないか? 自分はその期待に応えるべきではないか? いやいや、そんなわけはない!

 仏教ブディズムで言うところの煩悩というやつと、城ケ崎は必死に闘った。

「いいから、早く」
「わっ」

 寺嶋に手を引かれ、布団の上に倒れ込んだ。
 布団の上に並んで横になる形になった。彼は城ケ崎の手を握ったまま、放そうとしない。

「こうして俺がレイの手を握ったままでいれば、『手』はレイにちょっかいをかけられない……と思う」

「なるほど」

 彼の手を握れた喜びと、布団の中で互いの肌が触れ合っている背徳感とで、心臓がばくばくと打っている。
 もっと触れたいという欲と、手を握っているだけで我慢しろという理性が猛烈な勢いで戦争を繰り広げている。

 「俺の力でも無理なら、霊験あらたかな護符とかが必要なレベルだ」

「ゴフ? そういうアイテムがあるのか」

 城ケ崎は平静を装って返事する。

「まあ、いくつかな」

「なるほど……」

 手が汗ばんでいないだろうか。城ケ崎は気が気でなかった。

「とにかく、今晩は俺がいるから。もう怖くないぞ」

「ソウ……」

 ふと、汗ばんでいるのは彼の手の方ではないかと感じた。
 そう感じると、「もう怖くない」という言葉も、寺嶋が自分自身に言い聞かせているようにも聞こえたのだった。

「……うん、そうだな。もう怖くない」

 城ケ崎は静かに繰り返し、目をつむった。
 目をつむっても手の平に彼の体温を感じられて、本当に恐怖はなかった。
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